ヴェントゥスは、予想通り怒っていた。
初めはどうしたらよいか考えていたフィリアだったが、いつの間にか、激しい決勝戦の様子に意識が奪われてしまっていた。
「ほとんど互角だ……」
ヴェントゥスの呟きに、頷いて同意する。ヘラクレスたちの実力は拮抗していて、どちらも譲らぬ攻防が延々と続けられていた。こんな戦いの風景を、以前にも見たことがある。旅が始まったあの日──テラとアクアの模擬試合だ。
「大変だーっ!!」
突然響いたフィルの声で、緊迫していた会場の空気が壊れた。試合中の二人をはじめ、全ての人がフィルを見る。フィルは全身汗だくで、よほど急いで走ってきたのだということが伺われた。
「町でモンスターが暴れているそうだ! こっちにきたら試合どころじゃない!」
「モンスターか……」
「放っとけないな」
ザックスとヘラクレスが顔を見合わせた。しかし、これは二人にとって大事な試合──。
隣にいたヴェントゥスが、いち早く駆け出した。
「モンスターは俺に任せろ! 二人は試合を続けてくれ!」
「私もっ」
ヴェントゥスに少し遅れてそれに続く。
本気で走るヴェントゥスの背は、追いつくどころかあっという間に小さくなってしまった。それだけではない。後ろからやってきたヘラクレスに軽々先を追い越され、ザックスにも抜かされた。
「みんな、足速い……じゃなくてっ」
ヘラクレスもザックスも、試合はどうしたのだろう。思っているうちにロビーを抜けて入口広場へ辿りつく。すでに三人の姿はなかった。テーベの町の方向から、恐怖と混乱の入り混ぜた悲鳴が聞こえてくる。
「私も急がないと──わっ!?」
「よう、お嬢ちゃん」
「ハデス、さん!」
いきなり目の前に現れたハデスは、値定めるようにこちらを見て頷いた。
「ふむ……あながち、チケットは無駄にならなかったみたいだな」
青く長い指が、同じく長い顎を撫でる。
「闇の力まで、あともう一押しっていうところか」
そうだ。闇の力を手に入れたいと、彼に願って──。
横目でテーベの町を見た。所々、黒煙が昇り始めている。
「ハデスさん。私、今急いでいるんです」
「なぁに、それほど手間はとらせないさ。お嬢ちゃん次第だがな」
パチッ、とハデスの指が鳴る。それを合図にテーベの町への道とコロシアムのロビーへの入り口が光の壁で塞がれて、気温が急激に下がり始めた。
「何を!?──きゃっ」
咎めようとしたとき、大きく地面が揺らめいて、コロシアムの側壁に大きな手が現れる。指だけで自分の身長の数倍はある、とても大きな氷の手だ。続けて顔を覗かせたのは、同じく氷の角と牙を持つ怪物だった。
「ゼウスに封印されし、タイタン族のひとり。氷の巨人アイスタイタン!──のニセモノ。俺様お手製・アイスコロッソスだ」
ハデスは両腕を上げて、ニヤリと笑う。
「お嬢ちゃんには、これからあいつと戦ってもらう。嫌なら逃げてもいいぞ。代わりにあの町が氷付けになっちまうかもしれないけどな」
「あっ、待って……!」
呼び止めるも、ハデスは前と同じように煙となって消えてしまった。先ほどよりも大きく地が揺れる。アイスコロッソスが入口広場に足を下ろし、テーベの町の方を見ていた。
ただでさえ、今、町には魔物が跋扈(ばっこ)している。そこに、こんな怪物までもが暴れだしたら──。
「──炎よ!」
狙い定めたファイガがアイスコロッソスの顔で爆発した。もうもうと白い湯気をあげて、アイスコロッソスがうめき声を上げる。煙の隙間から覗く殺気溢れるその瞳に、全身がぶるりと戦慄いた。
「わ、私が相手です!」
アイスコロッソスが咆哮が、入り口広場に響き渡った。