テーベの町じゅうに現れていたのは、シェイドジェリーと呼ばれるアンヴァースたちだった。一定の高さに漂うそれらを、ヴェントゥスは片っ端からキーブレードで斬りつけてゆく。
「どうして、こんなにアンヴァースが──」
数匹を消しながら疑問を口にする。
シェイドジェリー自体はそれほど恐ろしいアンヴァースではないが、稀に毒ガスを撒き散らすし、こう桁違いな数は脅威を感じる。一種類のアンヴァースだけがこれほど発生した原因はさっぱり分からないが、とにかく、全て倒すしかない。
「フィリアは……?」
キーブレードを持ち直したとき、やっとフィリアがいないことに気付いた。速さを合わせてあげる余裕がなかったため、はぐれてしまったのだろう。
「…………」
怪我はしていないだろうか。試合の疲れもあるはずだ。簡単に負けてしまうとは思えないが、たまにドジというか、抜けているところもあるし、だから自分が──。
「あ」
そこまで考えて、突然視界が開けたような気がした。自然に乾いた笑いが零れてくる。どうして、今までこのことに気付かなかったのだろう。
「……そっか……」
あの言葉の理由、違和感の理由が分かった気がする。
キーブレードをくるりを回し、背後から襲ってきていた一匹を振り向きざまに切り捨てた。
──フィリアのことは、今は無事を祈るしかない。アンヴァースを倒して行くうちに、きっと合流できるはず。
近くで布が引きちぎられ、壷が割れる音がする。逃げ惑う人たちに、泣き喚く小さな子ども。急がないと、被害と混乱は増すばかりだ。
ヴェントゥスは、新たな悲鳴の聞こえる方へ走り出した。
★ ★ ★
アイスコロッソスが放ってきたアイススピアーを、フィリアはリフレクを張って防いでいた。魔法の維持のため突っ張っている両手のすぐ側で、鋭利に尖った氷が次々、割れ砕けてゆく。
「このまま、じゃ……」
張りなおす度に、リフレクの精度が落ちてきているのがわかる。
アイスコロッソスは、まるで息をするようにアイススピアーを作り出していた。対してこちらの魔力には限界があり、このまま長引けば確実に負ける。魔力に余裕があるうちに、決着をつけなければ。
アイスコロッソスが新たなアイススピアーを作ろうとした僅かなタイミングを見計らって、リフレクを解除し走り出した。準備しているたのはトリプルファイガ。ファイガを三回連続して放つだけのシンプルな魔法だが、制御はとても難しい。
「──炎よ!」
ファイガはそれぞれアイスコロッソスの額、頬、胸に当たった。苦痛の叫び、氷が融ける音、立ち昇る蒸気に確かな手ごたえを感じる。
「──燃えろ!」
慎重に、もう一度トリプルファイガ。
急激な消耗に足元がふらついた。魔力の残りもあと僅か。アイスコロッソスはまだしっかり立っている。
「これで最後っ!」
残りの魔力の全てを籠め、ファイガとエアロガを織り交ぜてクラッカーファイガを放った。ファイガより速度は遅いが、ちゃんと直撃し爆発を巻き起こす。
今度こそ魔力の消耗と疲労に身を任せ、アイスコロッソスの悲鳴を聞きながらその場にへたりこんだ。アイスコロッソスから登る煙霧は、その巨大な角をすっぽり覆うほどの規模になっている。このまま倒れてほしい──願いながらアイスコロッソスの様子を窺っていた。
「……これは」
その時、近くの土の表面に音を立てて氷が走る。冷気が強くなり、アイスコロッソスの霧もどんどん晴れてゆく。
「まさか、そんな……」
霧がなくなったとき、出合った時のまま、傷ひとつないアイスコロッソスがこちらを見下ろしていた。アイスコロッソスのあげていた白い霧は、ただ氷が融けたものじゃなく、その口から吐いたアイスブレスで融けた箇所を復元していたようだ。
「あ……」
アイスコロッソスがゆっくり片腕を振り上げた。叩き潰す気だ。魔力は尽き、体に力が入らない。振り下ろされようとする巨大な氷の手を見つめながら、“消滅”の予感を肌に感じていた。
こんな状況でも頭の一部は冷静で、自業自得なのだと思った。今までだってマスター・エラクゥスの言いつけに逆らうことは何度かしたけれど、闇は──闇に頼ることだけは、絶対にしてはならなかったんだ。
両手を祈るように握りしめる。
テラ。アクア。マスター・エラクゥス。ここで諦めたら、二度と会えない。伝えてない言葉があるし、心配をかけたままだ。
それに、まだ仲直りだって──。
「……ごめんなさい……」
フィリアは、そっと目を閉じた。
★ ★ ★
コロシアムの屋根の上から、ハデスはアイスコロッソスの戦いぶりに満足していた。さすがに能力は本物に劣るし知能はないが、思った程、悪くない。
「どうする?」
地に座ったまま動かない少女に、ハデスは届かぬ問いかけを投げる。
「消えたくないのなら、闇の力に頼るしかないぞ?」
怒り、悲しみ、憎しみ、恨み、嫉妬、恐怖、孤独に自己嫌悪。それらすべて混ぜ合わせて、解き放てばアラ不思議。闇の住人の出来上がりだ。光は一片たりとも残してはならない。己の全てを捨ててでも、力を求める意思が要る。
──さぁ、己の無力に絶望し闇を求めろ。
ハデスは結果を期待の眼差しで見守った。