「あっ」
突然ヴェントゥスが上げた声で、フィリアもそれに気が付いた。ヘラクレスの背後から、彼を狙って、アンヴァースが物凄い速さで近づいてきていたのだ。
手を引くのも、押し退けるのも間に合わないと思った、その時。上から落ちてきた銀色──剣の音と共に、アンヴァースが真っ二つになって消える。ザックスだった。
「なんだ、もう倒しちゃったのか?」
「君も来たのか?」
「俺も英雄の卵だからな。まぁ、ほんのちょっと遅れちゃったみたいだけど」
ヘラクレスの問いに頷きながら、ザックスの剣が背にしまわれる。ヴェントゥスが、きょとんと目を丸くした。
「二人とも試合を投げだしてきたのか? じゃあ、結果は?」
「僕が先に飛び出したから──」
「待てよ。ほとんど同時だったじゃないか」
ザックスが言うも、ヘラクレスは下を向いた。
「でも──」
「誰が勝った方をコーチすると言った?俺は“試合を見る”としか言ってないぞ」
フィルの声が響いてくる。いっせいに広場の入口を見ると、フィルがこちらへ歩きながら続けた。
「英雄には、ただ強いだけではなく、人を思いやる心も大切だ。その点では二人とも合格といえる──だが」
フィルが険しい表情をする。
「とっさの判断の遅れが、大事になってしまう事もある」
「それじゃあ──」
ヴェントゥスがヘラクレスを見る。先に飛び出し、ヴェントゥスを助けたヘラクレスを選ぶということ。
「待ってください。ザックスだって──」
「あーっ!! タッチの差かよー!」
抗議しようとすると、ザックスの大きな声に遮られた。驚いてザックスの方を見れば、いたずらっぽく笑み返される。
「……ま、しゃーねーか」
あっけらかんと呟いて、ザックスは兜を脱ぎ、ヘラクレスに手を差し出した。
「まだ名前を言ってなかったな。ザックスだ。おめでとうヘラクレス」
「ありがとうザックス」
「喜ぶのはまだ早いぞ。英雄になれるかどうかはこれからだ」
握手しあう二人に、すかさずフィルが釘をさす。
「そうだな。俺もまだ英雄になる夢をあきらめちゃいないからな」
言って、スクワットを始めるザックスにゆっくりと近寄った。
「ザックス」
「んー?」
「……初めから、わかっていたの?」
「なんのこと?」
くすくす笑うザックスを見て、確信する。──ダメでもともとのつもりだったらしい。
「それより、そっちは仲直りできたのか?」
「うん、おかげさまで。あ……そうだ、お礼のことなんだけどね」
「あぁ、どうかした?」
思い出すと、顔が熱くなってくる。ザックスがスクワットをやめてこちらを見てくるのでますます気恥ずかしくなり、せわしなく彼とヴェントゥス、交互に視線を移しながら言った。
「私、その約束には先約があって……それに、ザックスにはもっと素敵な人がお似合いだと思うし……だから、別のことがいいなって……」
「ふ〜ん?」
ザックスが、ヴェントゥスを一瞥し、肩をすくめる。
「アイツ以外とデートしたくないってなら、仕方ないなぁ」
「やっ、ま、そんな大きな声で……!」
慌てるも、響いた言葉は取り戻せるはずもなく。フィルと話していたヴェントゥスからの不思議そうな視線が恥ずかしかった。
「ザックス。あんまりからかっちゃかわいそうだよ」
「それもそうだな」
やんわり諌めるヘラクレスに、ザックスが面白そうに頷いて、思いついたようにこちらを向いた。
「んじゃあ、俺が英雄になったら、フィリアは俺のファンクラブにはいること! これでどう?」
「それなら。……ふぁんくらぶ、あるの?」
「なかったときは、フィリアが設立してくれ」
「わかった」
しかし、“ふぁんくらぶ”とはいったい何で、どんなことをするものなのだろう?
考えていると、フィルと会話を終えたヴェントゥスが歩いてきた。
「フィリア、そろそろ行こう」
「あ──うん」
「もう、行くのか?」
ヘラクレスがそっと訊ねてくる。声音から、別れを惜しんでくれているのがわかった。
「うん。まだ旅の途中だからね」
「また会えるかい?」
「きっと、またすぐに会いに来るから。ね?」
ヴェントゥスに確認すると、頷いてもらえた。
「ハークが英雄になった姿を見にくるよ」
「俺が英雄になった姿もな」
付け加えるように、再びスクワットを始めたザックスが言う。すると、ヴェントゥスがくすっと笑った。
「えー。それっていつの事だよ?」
「なんだと!」
言うやいなや、ザックスがヴェントゥスの首に腕を回し、軽く締める。笑いあい、ふざけあう男の子同士ならではの友情表現。──少しだけ、羨ましいと思った。