山頂から城の途中、川の流れる山道で、アクアが一人で石の椅子に座っていた。その手元には一冊の本。どうやら読書をしていたようだ。
「アクア!」
「あら、二人も山に来ていたのね」
こちらの呼びかけに気付いたアクアが本を閉じる。私たちは急いでアクアの側へ駆け寄った。
「アクア。私たち、大変なの!」
「何かあったの?」
「俺たち、心が入れ替わったんだ!」
「……えぇ?」
「ヴェントゥスの体にフィリアの心、フィリアの体にヴェントゥスの心……」
難しい顔をしながら、アクアが私たちの説明を繰り返した。当人である私たちでさえ信じられないことだから、他人には尚更だろう。
「本当に、本当なのね?」
「本当だよ。ほら」
光を放ちながら、私の体がヴェントゥスのキーブレードを呼び出した。キーブレードは心の武器。ヴェントゥスの体になろうが、私には使えなかった。
「そう……大変だったわね」
キーブレードを見て、アクアはやっと信じてくれた。労わるように、私とヴェントゥスの頭を撫でる。
「二人でいろいろ試してみたんだけれど、このままで……もう、どうしたらいいのかわからないの」
「アクア。俺たちが元に戻れる方法、何か知らない?」
「入れ替わった心を、元に戻す方法か……」
アクアはしばらく口元に手を当てて考えた後、先ほど読んでいた本を手に取った。
「本当に戻れるかはわからないけれど……この本に『電気ショック療法』が載っているわ」
「それって、どんなの?」
訊ねると、美しくアクアが微笑んだ。
「言葉通り、電気ショックで治療する方法よ。試してみる?」
訊きながら、アクアが本のページを捲る。
不安だけれど、それで元に戻れるかもしれないのなら。私はヴェントゥスと顔を見合わせ、一緒に首を縦に振った。
「二人とも、リラックスして」
手を繋いで並ぶ私たちに、アクアが優しく声をかけた。本を置き、キーブレードをその手に構える。
「いくわ」
真剣な声を合図に、キーブレードに雷の魔法が宿された。しかし、それはすぐに放たれず……離れて立つ私たちの肌にピリピリと感じられるほど、強力に魔力を籠められてゆく。
「ア、アクア……それ、本当に治療なの?」
「ええ、そうよ。少し痛いかもしれないけれど……」
それはとても優しい声音だったが、キーブレードに満ちる魔力はそう言っていない。
「ヴェン。あのね、私やっぱり……!」
「ああ。俺も、これはちょっと……!」
「――雷よ!」
「うわああぁっ!」
アクアが魔法を唱えた瞬間、私とヴェントゥスはその場から逃げ出した。すぐに激しい雷が落ち、地面が深く抉られて、辺りに黒い煙が立ち込める。
サンダガのあまりの威力に閉口していると、アクアが「もう」と声をあげた。
「二人とも、避けたら治療にならないわ」
「いくらなんでも、これは避けるよ!」
「元に戻れても、生きていないよ!」
ヴェントゥスと一緒に訴えると、アクアが少し首を傾げる。
「少し力んじゃったかしら。次は、もっと――」
「も、もういいよ、ありがとう!」
ヴェントゥスがアクアの言葉を遮り、私の手を引いて走り出す。
「あっ、フィリア、ヴェン!?」
「アクア、ごめん。別の方法を探してみる!」
私も決して足を止めず、アクアに手を振りながらそう叫んだ。
アクアから逃げて山道を降り、城の前庭にたどり着いた。そこでは、テラが一人で自主トレーニングを行っていた。
「テラ!」
「フィリアとヴェンか。どうしたんだ?」
流れる汗を拭いながら、テラがこちらに笑いかける。テラは、何か知っているだろうか? 早速、ヴェントゥスがテラに話しかけた。
「テラ、俺たち、心が入れ替わっちゃったんだ」
「フィリア。その口調は、ヴェントゥスの真似か?」
「違うよテラ、本当なの」
「ヴェンは、フィリアの口調の真似か……新しい遊びか?」
テラが少し顔を顰める。
「二人とも、そういう遊びは関心しないな」
「遊びじゃないって、ほら!」
証拠として、ヴェントゥスがキーブレードをテラに見せた。私の姿でキーブレードを握るヴェントゥスに、テラは持っていたタオルを地面に落とす。
「フィリアが、キーブレードを……!?」
テラは落としたタオルも拾わないまま、私であるヴェントゥスの肩に両手を置いた。その目は、少し潤んでいる。
「フィリア、今まで辛かったな」
「……は?」
ヴェントゥスがポカンと口を開けた。その隣で、私も同じような顔をしていたと思う。
「キーブレード使いになったからには、もっと筋力をつけないとな」
爽やかにテラが微笑む。
……どうやら、テラは私がキーブレードを持った姿に、思い切り勘違いをしたようだ。ヴェントゥスとお互い横目で目くばせをする。これは、信じてもらうだけでかなり時間がかかるだろう。
「早速、俺とトレーニングしよう。まずは軽めに、腕立て伏せをを500回だ」
「テラ! わた、俺たち、これからマスターに用あって」
「そ、そうそう。だから、トレーニングはまた今度頼む、じゃなくて、お願い!」
「そうか。わかった、行ってこい」
すぐに快諾してくれたテラに、苦し紛れな笑みを返しながら――私たちは城の大きな扉に向かった。