サイクスの視線を得られるような、大人の女になる。そう目標を定めた私は、早速、行動を開始した。
 大人の女性の象徴といえば何か。そんなもの数え切れないほどあるけれど、一番に思い浮かんだものは化粧≠セった。特に、長い睫毛と赤い唇。なけなしの小遣いを握りしめて、トワイライトタウンの店に突撃した。
 ――でも。

「……高い……」

 口紅たった1本で、ポーションが10本以上買えてしまう。仕方なくマスカラは諦め、口紅も色付きのリップに妥協した。それでも鏡を見ながらリップを付けると、唇が色付いたおかげで顔色が明るくなったような感じがする。他にも髪もより念入りに梳かすようにしたり、身なりも姿勢もしぐさも気をつけるようにした。
 まだまだほんの少しの変化だけれど、サイクスは気づいてくれるだろうか。似合うって褒めてくれるだろうか。

「おはよう」

 どきどきしながらロビーに入る。今日は音楽が流れていた。デミックスのシタールだ。その横ではザルディンが筋肉質な腕を組んで座っている。
 いつものように何気なくを装いながら、緊張してサイクスの前に立った。

「今日はシオンとトワイライトタウンへ行け」

 資料を眺めたまま……こっちを見ようともしてくれない。

「シオンはどこ?」
「まだ来ていない」

 見ない。

「トワイライトタウンで何をすればいいの?」
「ハートの回収だ」

 見ない。

「ほ……他には?」
「……」

 あ、やっと見てくれた!
 と思ったら、サイクスは無言で眺めていた紙をこちらへ向けた。昨日、私が提出した報告書だ。

「もっと詳細な報告書を書け。おまえの報告内容はいつも薄い」
「………………ハイ」

 ガクーッとテンションが下がってゆくのがわかる。
 あっけなく撃沈した私は、デミックスたちの方へすごすごと引き下がった。

「お。フィリアじゃん」

 デミックスがシタールを弾く手を止める。私は挨拶する気力もなく、手で返事をしながらソファーに座った。

「ようやく新しい曲が完成したんだ。聞いてくれよ」
「……ごめん。今は、そんな気分じゃないの」
「えぇー? すげーイイ曲なのに」

 ノリ悪ぃ、と拗ねる彼に、ザルディンが唸るような声で言う。

「やかましい。いい加減、静かにしろ」
「なんだよ、いいじゃん。ちょっとくらい」

 ぽろろん、とシタールの弦が鳴る。手袋をしたままで、よくちゃんと弾けるよなぁと思う。

「ん、ん?――んんんんん?」
「……なに?」

 突然、デミックスが顔を覗きこんできたので身構えた。デミックスは細かい文字を読むような顔をして、私をまじまじと見つめてくる。

「フィリア、なんかいつもと違くない……?」
「えっ」
「どこが違うというのだ」

 驚く間もなく、次はザルディンまでこちらを見てくる。

「上手く言えないけど、雰囲気っつーの? ちょっと変わった気がする」
「うぅむ……気配は全く変わりないが……」

 普段、サイクスから報告書について叱られ仲間であるデミックスは、ワールドの詳細にはいい加減な分、こういう方面ではマメなのだな、と感心した。
 それにしても、デミックスはより顔を近づけてくるし、ザルディンは厳つい顔を更に怖くして覗き込んでくるものだから居心地が悪い。逃げるための口実を探していると、やっと待っていた人が来た。

「おはよう!」
「シオン!」
「あ、フィリア。おはよ――
「今日は一緒に任務だよ! 行こう!」
「え? あ、うん……!」

 デミックスたちの間をすり抜けて、シオンに駆け寄りその手を引いた。眼前に闇の回廊を開き、その中へ突入してゆく。

「今日の任務はどこ?」
「トワイライトタウンで、ハートの回収!」

 シオンを振り向きながら説明していると、闇の回廊が閉まる寸前の空間が見えた。シオンの後ろに立っていたサイクスが、横目でこちらを見てくれていた。





「フィリア、今日は、いつもより張り切ってるね」
「そう〜?」

 えへえへと笑うことを止められない。ただ、騒がしかったせいかもしれない。けど、勝手に頬が緩んでしまう。ハートレス退治は好調で、ノルマのハートも思ったより早く溜まった。
 駄菓子屋へ向かう途中、またあの店前で足が止まる。真っ黒なコートを着ているので、どんなにおしゃれな服を着ても見てもらえないが――髪留めやイヤリングならいいかもしれない。ルクソードやザルディンがしているピアスを見て「いいなぁ」って思っていたし。

「かわいいね」

 シオンが隣りに立って、一緒に中を覗いて言った。さすが女の子は話が分かる。ロクサスはアイスしか見てなかったもの。

「シオンは髪が黒いから、どの色でも映えそうだね」
「そうかな? あっ、フィリアにはアレが似合いそう」
「本当? 大人っぽく見えるかな……」

 あれこれガラスの向こう側を指差しながら、その装飾を着けた自分を想像する。買えない現実にちょっぴり切なくなるけれど、それでも楽しい。
 しばらくそんな会話に花を咲かせていたが、時計台からの音で終了した。

「フィリア、そろそろ時計台に行こう」
「ん〜……ごめん。今日はやめとく」
「えっ?」

 シオンが悲しい顔になってゆき、私も同じく悲しくなる。ごめんねシオン。そういう顔をさせたいわけではないのに。

「ちょっと、お金を貯めようと思って」
「どうして?」
「欲しいものがたくさんあるの」

 必要なアイテムがたくさんあって、どれも非常に高価なのだ。ひとつずつ集めていかなくちゃならない。それと、コーヒーをブラックで飲む練習と、レポートの書き方も工夫しなくては――

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