消滅したと思ったのに、まだ消えていなかった。けれど、これから消えるのかもしれない。

「このままだと、君は消滅するだろう」

 低い声が聞こえて薄らと目を開くと、真っ先に銀髪の男の顔が見えた。褐色の肌に、金色の瞳。笑ってる。

「……ゼムナス、さま……?」

 体を起こそうとして、力が入らなくて叶わなかった。特に体の中心がひどく熱くて仕方がない。

「だが――助かる道もある」

 どうして今、私を見下ろしているのがロクサスでも、アクセルでも、ましてやサイクスでもなくゼムナスなのだろう。どうせ消滅するのなら、最期は友達かサイクスに会いたかった。

「私、助かるの?」
「君次第だ」

 大切な人たちにもう一度会いたい――会いたい! もう会えなくなってしまうのかと思うと、ますます恋しくなってたまらなかった。

「まだ消えたくない……消えたくないよ」
「ならば、   を受け入れるか」

 助かるのならなんだっていい。必死に首を動かすと、ゼムナスの笑みが更に深くなった。どうして、何が、そんなに嬉しいのだろう。
 次第に、どうしようもなく眠たくなって、目を閉じる。










 気づいたら、いつもの自分の部屋の、ベッドの上で寝ていた。ぼさぼさの頭で起き上がる。今、いったい何時だろう。窓の外を見ても時間はわからない。
 確か、重傷を負ったはず――思い出したように手を腹に当てると、コートは裂けていたが、肌には一切の痕跡がなかった。

「あれ……うそ?」

 夢、だったのだろうか? 急いで立ち上がって、姿見を覗き込む。背の方もコートだけ破れていたが、傷一つ見当たらない。

「どうして?……んん?」

 不思議がっていると、自分の顔に違和感があった。よくよく見ると目の色が違う。両方とも金色になっている。目の色が変わるなんて異常なことだが、私は不気味がるよりさきに喜んだ。

「サイクスと同じ色だ!」

 なんという幸運だろう。はしゃいでいると、鏡の端に黄金に輝くキングダムハーツが映っていることに気がついた。思わず、その存在に惹きつけられる。気分が、悪い。

「早く、アレを完成させないと――

 ――何を犠牲にしても。
 ふとこぼれたつぶやきに、はた、と気づく。私って、そこまでキングダムハーツを完成させたいと思っていたっけ?

「何をしている」
「あっ、きゃあっ! サイクス!?」

 考え込んでいたら、いつの間にか、部屋の入口にサイクスがいた。慌てて髪を手ぐしでなおそうと試みるも、なかなか思い通りに直らない。
 サイクスはいつものような無表情で、いつものように私を見ていた。女の子の部屋に無言で入ってくるし、自分に告白してきた女の子が破れた服を着ているっていうのに全く動揺してくれていないし、つまらない。

「ケガ人はまだ寝ていろ」

 ベッドに来るよう指示しながら、その側に置かれた椅子にサイクスが座る。

「やっぱり、私、ケガしたんだ」

 ベッドにぴょんと座りながら腹部をなでた。

「記憶がないのか?」
「あんまり。大きな傷だったはずのに、傷跡も、痛みもなくなってるし。ついでに目の色まで変わってるの」

 ほら見て、とサイクスに顔を向けると、真剣な顔で覗き込んでくるのでかなりドキドキした。私の目を確認した途端、サイクスが珍しく、とても驚いた表情になる。

「……それは……」
「サイクスとお揃いだね!」

 えへーと笑っていると、サイクスが無言のまま手を伸ばしてきた。そっと頬に触れ、そして――

「いっ、いひゃい、いひゃいっ!」

 きつ〜くつねりあげられる。「能天気な奴だ」って。よくわからないけれど、とても怒っているようだった。もしかしてお揃いが嫌だったのだろうか。私、嫌われている? ひとり想像し、勝手に傷つく。
 しぼんでいる私をよそに、サイクスは少し黙りこんだあと、静かに言った。  

「おまえが倒れたあと、アクセルがおまえを運んできた。ロクサスはひとりで残りの任務を完遂させた」
「そうだったんだ。二人には迷惑かけちゃったなぁ……今度、お礼しなくっちゃ」

 約束も兼ねて、アイス、たくさん奢ってあげよう。

「おまえは?」
「ん?」

 サイクスと目が合う。

「何か、欲しいものはあるか?」
「えっ、いいの?」
「傷は塞がっていても、その状態では――しばらくは頻繁に気分が悪くなるだろう。マシになるまで、面倒をみてやる」

 とても意外な申し出だった。そもそも彼が見舞いに来ていること自体、私にとっては大変な奇跡のようなものだけれど、こんなに親切にしてもらえるなんて。

「サイクスがずっと傍にいてくれれば、私、すぐに元気になれるよ」
「調子に乗るな」

 ため息と一緒に、指先で額を小突かれた。ちぇ、と唇を尖らせてみせたが顔を逸らされ無視される。

「できる限りはいてやるが、四六時中、共にいてやれるほどには暇ではない」
「知ってるよ。言ってみただけ」

 できる限りで充分。サイクスが私を気にかけて、一緒にいてくれるなんて。怪我するのもいいものだなぁ、なんて思ってしまう。

「他に希望はないのか」
「なら、サイクスの淹れてくれたコーヒーが飲みたいです!」
「眠れなくなるぞ」
「じゃあ、ミルクがたくさん入ったカフェオレ! これならいいでしょ?」
「大して変わらん。だが、子供にはそれでちょうどいいな」
「むっ、子どもじゃないもん!」

 ノーメイクの鳥の巣状態の頭では、説得力ないかもしれないけれど!
 「子どもだろうが」と言いながら立つ姿を見上げていると、きまりが悪そうに、サイクスが言った。

「しばらくは辛いと思うが、我慢できなくなったら呼べ」
「うん? ありがとう」

 プシュッと扉が横に閉じて、またひとりになった途端、顔がニヤケてしまって仕方なかった。あのサイクスがとっても優しくて、すごく嬉しい。もし「夜、ひとりは寂しくて辛いから眠れない」なんて言ったら、いったいどうしてくれるのだろう。あぁ、でも露骨な要求ばかりすると叱られてしまうだろうから、きちんと節度は保たないと。
 幸せな算段をしながら、私は枕を抱いてベッドの上を寝転がった。仰向けになったとき、再び心の光が視界に入る。

「早く完成させなくては」

 胸の奥から、自分と違う声がまた聞こえた。





2013.6.25


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