【結】
「フィリア。なんだか元気ないけど、だいじょうぶか?」
闇の回廊の中、鬱々と歩いていると、子猫のような目をしたロクサスが覗き込んでくる。今日も、彼と一緒の任務。それと、もうひとり。
「ちゃんと前見て歩けよ」
アクセルもいた。機関の任務はペアが基本だ。トリオで向かうとなると、それほど危険な任務である可能性が高い。最近の機関の任務はハートレスの撃破数を増やそうとしているものばかりだったので、おそらく、シオンまでこちらに回す余裕はなかったのだろう。
「心配いらないよ。ちょっと寝不足なだけ」
「そうなら、いいけど……」
「任務に支障がありそうならすぐ言えよ」
「うん」
あのあと部屋に帰って、ベッドの上で毛布をかぶって考えた。サイクスは、私の気持ちが偽物だから相手にする気が起きないのか、私自身に全く興味がないからなのか、はたまたそのどっちもなのか。そもそも、ノーバディって何だろう。心を持たない偽物は、どうあがいても価値がないのか。本物じゃなくちゃだめなのか。私は、たとえ錯覚だったとしても、この気持ちに従うことに躊躇いなどないのに。
一晩中ぐるぐる思考を巡らせたが、結局、理解できたことは、サイクスに拒絶されたという事実だけ。
「今日の任務はトワイライトタウンか」
「でっけーハートレスが二体いるんだとよ。頼むぜ、ロクサス」
「ああ」
目の前を進む二人の背を眺めていると、その先に闇の回廊の終わりが見えてきた。それをくぐる前に、ロクサスが振り向く。
「フィリア。今日の任務が終わったらさ――また時計台に行かないか?」
「アイスを食べに?」
「おまえ、最近ずっと来てなかったろ。今日くらい付き合えよ」
どこか緊張している二人。サイクスのことばかり考えるようになってから、時計台に寄らなくなっていたから、ずいぶんと久しぶりの誘いだった。
申し訳ない気持ちと、嬉しいと思う気持ちが湧いた。想うことばかりで、想ってもらっていたことに気づこうともしていなかった。
「……そうだね。行こうかな」
答えるなりパッと笑顔になるロクサスと、ニヒルに笑うアクセル。きっと、シオンもいてくれたら可愛らしく笑ってくれたことだろう。受け入れてくれる人たちがいる。身勝手なことだが、それだけでズタズタな胸の中が癒されるような気持ちになった。
「よーし! 今日の任務、早く片付けよう!」
「ロクサス、ひとりで先に行くなって」
サイクスのことはとりあえず考えないようにして、ちゃんと任務に集中しよう。己に言い聞かせながら闇の回廊から抜け出した。
トワイライトタウン、誰も近寄らない古い屋敷の前に、一番目の目標のハートレスはいた。インビジブル――悪魔が具現したかのような姿をしていて、巨大な剣を持ち、コウモリのような羽で飛び回る。
「うまく避けろよ!」
アクセルのチャクラムが火を撒き散らしながらハートレスを襲う。火の粉をかぶらないよう気をつけながら、逃げ道を想定しムチをたわませた。ロクサスがきっちり止めをさせるよう、なんとか動きを止めなくてはならない。
腕いっぱいに伸ばして放ったムチが、狙い通り、ハートレスの足に巻き付く。ワイヤーが限界まで引きつった。
「ロクサス!」
逃れようと暴れるハートレス。私も逃すまいと踏ん張ろるのだが、力勝負はもともと得意でない上に、体調が万全じゃないことも手伝ってジリジリと引っ張られてゆく。
「これで終わりだ!」
キーブレードを両手で振り上げたロクサスが、飛び上がりながらハートレスを狙っていた。的は大きい。当たるはず――。
「うわわっ!?」
キーブレードが届こうとした瞬間、ハートレスは向きを反転させ、剣を構えて私に向かって突っ込んできた。いきなり力の抵抗がなくなって、私は前につんのめる。
あ、まずい。
「フィリア!」
ふたりが呼んできたけれど、だめだ、間に合わない。
ハートレスの剣が腹から背を貫通する。咳をするように血を吐いた。ハートレスが剣についた露を払うように薙いだので、剣が抜けたあと近くの壁に叩きつけられる。べちゃっと音をたてて崩れた私を中心に、赤い水たまりが広がってゆく。
視界がかすむ。指先や靴先が闇のように掠れはじめる。さすがに耐え切れない。消滅する……かも。
「フィリア、おいっ!」
アクセルが焦った顔で叫んでいる。だめだよ。アクセルがそんな顔したら、サイクスもそんな顔になっちゃうでしょ。そう言おうとしたけれど、口からこぽこぽ血が溢れただけだった。
私が消滅したら、サイクスはどんな顔をするだろう。心がなくても、少しは悲しんでくれるだろうか。
ロクサスが今度こそハートレスを倒したところを遠い場所で起きる出来事のように見届けたあと、意識が途切れた。