気がつくと、小さな白い部屋の中にいた。目の前には扉が一枚。
ソラたちはどこだろう。
扉を開こうとして、ノブがガチャガチャ鳴って終わる。鍵がかかっている。
改めて扉を見ると、その上に紙が貼ってあった。

「キスしないと出られない部屋?」
「ばからしい部屋だと思わないか」

部屋に関しての感想を抱く前に、低い声が笑う。私が苦手とする人物のもの。おそるおそる振り向くと、部屋の壁際で過去から来たゼアノートが、唇を弧にして笑っていた。
頭の中でカチカチと組み上がるパズル。
なぜ彼と私だけしかいないのか、どこまで本当なのか分からないが、いま重要なのは、どうやら彼とキスしないと出られない部屋に閉じ込められているということ。さぁっと血の気がひいてゆく。

「これ、あなたの仕業なの?」
「いいや。俺も閉じこめられた」

本当だろうか。しかし、嘘をついているようにも思えない。

「キーブレードや、闇の回廊は使わないの?」
「わざわざ使わなくても、開くみたいだからな」

囁くような声音にひっ、と後ずさる。

「こんな条件、ばからしいって言ってたじゃない。キーブレードであけて」
「だめだ。つまらない」
「楽しんでる場合?」
「少なくても、俺には、な」

睨んだが、微笑みを返されるだけで、余裕ぶった態度で腕を組む過去のゼアノート。彼とキスなんて考えられない。他に何か方法があるはず……。
手始めに扉を魔法で壊そうとして、魔法が効かない素材で作られていると知る。

「たしか、アブーが針金で鍵を開けられるって言ってたっけ」

金属の棒を駆使して扉や手錠の鍵を開ける技。猿の彼にもできるなら私にもできるのでは。そこまで考えて凹む。この部屋には針金どころか埃ひとつ落ちていない。
私たちを閉じ込めた犯人がいるのなら、扉前で騒いでも人払いされているはず。あとはソラが見つけてくれるのを期待するしか……。
ハッとして立ち上がる。ただでさえ負担が大きいソラに、自分で解決できることを頼るなんて。
ゼアノートの前へ進む。こんなもの、皮膚と皮膚の接触に過ぎない……!
ゼアノートはこちらを見下ろして、クスッと笑った。

「するのか?」
「キスは、別に唇にしなくてもいいでしょう?」

体に触れればどこでもいい、触れればキスだ。ゼアノートの笑みが深くなる。

「更に苦しむことになると思うがな……好きにしろ」

床に座るゼアノート。えっ、と固まるこちらを見上げて

「おまえの望む場所にすればいい」

私からキスしろという!
ぐぬぬ、と呻きながら、出来るだけ心にダメージが少ない場所を探す。
靴は下僕っぽい。手は忠誠を誓う姿みたい。頬ーーいやだ。顔は、気持ちの距離が近すぎる。
うんうん悩んで、結局指先に決めた。遠慮なく手を取り、手袋の上から指先にキスする。扉から開く音はしない。

「し、したのに!」
「残念だったな。次はどこにする?」

王様のように座り込み、クスクス笑うゼアノート。こんな地獄がまだ続くのか。思わず頭を抱えた。



掠めると言った方が正しい速度で、ゼアノートの頬に唇をつけた。
ぜぃぜぃ肩で息をつく。主に精神的な疲労のためだ。

「開かないようだ」
「くぅぅ……!」

すでに服、膝、腕、肩、腹、髪、額、頬、と随分口づけさせられている。諦めて顔にするようになってからは、心の中で仲間たちに土下座していた。

「あきらめて、ここにするか?」

艶めく唇を指す余裕が憎い。

「どうして、こんなこと平気なの。私たち、敵同士なのに」
「おまえを敵だと思ったことはない」

まじまじとゼアノートを見つめると、手を伸ばしてきた。後ろへ下がろうとして、座っていた体制だったため、手袋の手が頬に触れるほうが早かった。

「おまえは俺のものだからな」
「なにを、ん!」

ぐいと引かれて言葉が出なくなる。キスされていた。目が飛び出るほど驚いて、離れようとしたら頬を抑えてるのと違う腕が背に回りぐっと締めてくる。

「ん!ん!……んん!ーーあッ」

腕で彼の胸板を押すも、背を押す力に負けている。つ、と彼の指の一本が背筋をなぞってきて、ぞわっとするあまり、思わず口を開けてしまう。すると今度は舌を入れてきたので流石に噛んだ。びくっとゼアノートの舌が引っ込み顔が離れる。
はぁはぁ息を切らせながら、ぐいっと口を拭った。情けないことに、体に強く力が入らない。

「離して」

腰に回ってる手を振りほどこうとした時、ふっと鼻で笑う声がしたと思ったら、視界が回って、頭をしたたかに打って「いたっ」と叫んでいた。

「いきなり、何……」

床に倒されていた。視界のほとんどを占めるゼアノートと、隙間から天井が見える。相変わらず楽しそうな微笑みを浮かべたゼアノートが、ペロリと己の唇を舐めた。

「抵抗は無駄だということが、まだ分からないようだ」

彼のコートのチャックが、ゆっくり下ろされてゆく。迫り来る更なる難関を前に、扉の鍵が開く音はとても遠くに感じられた。



H31.2.26

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