序章[2]
「しっかし、いつまで続くんだ、この話……」
僕たちが控室を出てからかなりの時間が過ぎたような気がするけれど、いまだに開会式はプログラム1番の「開会の言葉」――もとい、村長の演説だった。
うちの村の村長の話はだいたいいつも長い。学校の校長先生の話も教会の神父様の話も長いけれど、村長はさらに長い。その上、収穫祭の演説は一年の行事中でもずば抜けて長い。
セルローネ村は温暖な気候で有名らしく、雪の季節以外はぽかぽかとした晴れの日が続くのが普段はありがたい――ありがたい、が、こういうときは恨めしい。
尋常じゃなく暑い。
儀式のための衣装は動きやすいものの生地の性質として風通しが悪いから、もうこれは拷問か何かかと思うレヴェルの話だった。
「あの村長、絶対俺らを殺す気だろ」
「悪気はないのはわかるんだけどね……よくあれだけ途切れなく話せるよね」
「つーか、なんであの爺さん元気なの?」
うちの村の村長――名前をルジウス・アールネットというが今は置いておこう――は御年76にも関わらず毎年村の格闘技大会で優勝しているいろんな意味で凄い人だ。
ちなみに僕の横に居る筋肉は6位だった。ついでに言えばこいつは70越えの爺さんに負けたことをまだ根に持っている。
「まあ、あの村長あと10年は村長職辞めないっていつも話しているからね」
「うわっ、なんだよそれ……あと10回もこんな演説聞く羽目になんの?」
筋肉が心底嫌そうにため息を吐く。
僕だって嫌だ。だから、早いところ成人の儀を終えて、村から出ていこうと常々思っている。
本当ならすぐにでも、と言いたいところだけれどうちの村には成人するまでは保護者の許可なしで移住できないなんていう決まりがある。特に僕は数年前に母を亡くしたあとは保護者のいない子ども――つまり、村全体に保護されている子どもという扱いだったから、なおさら成人の儀を終えるまでは行動に制限がかかっていた。
「はー、まったくこの演説、いつまで続くんだよ……」
筋肉がさっきの僕と同じぼやきを漏らした。
プログラム2番に進むまで、あと30分か、1時間か、それともそれ以上か……考えるだけで気が遠くなってきた。
「呑気に天気の話とかしてやがるぜ、あいつ。絶対要らねえだろ」
一応は村長の話に耳を傾けていたらしい筋肉が僕を肘でつついた。
「今日は非常にいい天気で、昨日までの大雨が嘘のようです。これもきっと女神のご加護があったからに違いありません……だってよ。どうせ精霊になんとかさせたんだろ?あのジジイは」
と、筋肉は下手くそでわざとらしい村長の真似をして体をそらしながら彼の言葉を復唱し、それからちょっと声を潜めた。悪口を大声で言えない小心者だからだ。
とはいえ、僕も村長の演説中に大声で話せるほどの度胸は持ち合わせていないので声の大きさに注意しながら返す。
「ま、そうだよね……だって毎年この時期は雨ばっかりで、実際僕たちだって昨日は図書館でずっと本を読んでいたわけだし」
昨日だけじゃない、ここ1週間ぐらいずっとそうだった。ずっと朝から夜中まで分厚い灰色の雲が空を満たしていて、それが収穫祭の朝になって突然晴れたのだから不自然と言わざるを得ない。しかも毎年こうなのだから。
そして、村長にはおそらくその不自然な快晴を生み出すことが可能なのだ。
何故なら――彼が、精霊と魔術的な契約を結んでいるから。
人間世界に通常干渉ができない上、行動できる範囲が限られている精霊がその制限を無効化できる唯一の方法。精霊のように不思議な能力を使えない人間が唯一それを得ることができる方法。
それが、「精霊と人間の契約」だ。
学校でかじっただけの知識しかない僕には詳しい仕組みはわからないが、精霊と人間は契約を結ぶことでお互いがお互いに近い存在に変化するらしい。
つまり、精霊は人間のように動き回れるように、人間は精霊の能力を使えるようになるというわけだ。
僕が知る限り、村長は3人の精霊と契約している。夕日が半分ぐらい沈んだころに道々に明かりを灯す光の精霊、病気の作物が出た時にそれを治癒する大地の精霊、そして用水路の管理をしている水の精霊だ。
だから、水の精霊なら天候を変えることも可能なんじゃないかと筋肉は言っているわけだ。
「でも、まさか国王陛下からの使者とか中央神殿の大神官様からの使者たちが居る前でやるとは思わなかったけどね」
「バレたらやばいことになるんじゃねえの?これ……」
「いや、どうせバレてるでしょ……毎年のことだし。でもたぶん、黙認してくれているんだと思うよ」
確かに精霊と人間は契約することで強い力を得られるけれど、その力を積極的に使うことはあまりいいとはされていない。自然のままでいることが一番であり、女神の意思にも沿うと考えられている――というか、推奨されている。村長のように(一応)こっそりと使っている人は相当数いるだろうけれど、大っぴらに使うなんてふつうの人ならまず考えないだろう。ましてや、こういう大きな行事で。
「ま、確かにそうかもな。大雨の収穫祭とか、猛暑の収穫祭より嫌だ」
「天候変えるなら、もうちょっと穏やかな気候に……って文句は言いたいけどね」
それか、もっと前から晴れにするとか。昨日の夜まで雨だったせいで蒸し暑くなっているのはいただけない。
……なんて小声で騒いでいると、何故か周りがどよめきだした。次いで、大きく太鼓の音がなってパレードの音楽が流れ始める。
「嘘だろ?あの村長の話がこんなに早く終わるなんて」
僕と筋肉は驚いてステージを見た。
村長はまだ体をそらすあの独特の体制で話していて――パレードの音に気付いて、怒りもあらわにやめさせようとした。
ところが、音楽は鳴りやまない。どうやら、横からステージに上がってきた叫びながら二人の屈強な男たちに止められたらしい。たぶん使者の誰かが連れてきた護衛かなにかだろうけれど――とにかく、「時間が押しているので」と村長の話を切り上げさせようとするその人たちと村長はもめ、最終的に引きずりおろされていくのが見えた。
引きずりおろされながらも今にも血管が切れて倒れてしまうんじゃないかと思うくらいの大声を出し、目玉が飛び出すんじゃないかというぐらい目を見開いている。
「おい!ちょっと待て!私の話はまだ終わっていないぞ!これから一番良いところに差し掛かるところだったというのに!」
まだ半分だったのかよ、という衝撃の事実に僕はただひたすら心の中で止めてくれた人たちに感謝した。
「皆……疲れてたんだな」
呟くと、筋肉が同意する。
「あのジジイの面白くもなんとも無い自慢話聞いて、しかもこの炎天下の中これ以上待たされたくはないと判断したんだろ……多分次の選挙で落ちるぞ、あのジジイ。へへ、ザマアミロ」
10年続投説と格闘技大会での恨みからか、筋肉はこの上なく悪い顔でそんなことを言った。これが貴族のお坊ちゃんなんだから納得がいかない。優雅さは何処に落としてきた。
「何にせよ、これで僕たちは解放されるわけだ。儀式の前に倒れそうだからね、この暑さ」
村長が去ったあとのステージに彼の奥さんが上がって、早口でプログラム2番の来賓紹介と3番の出店紹介を終わらせた。パレードの音楽は前奏を繰り返しながら、演者たちが集まるのを待っている。役場前に集まっていた人々は各々解散し、その間をすり抜けてきらびやかな衣装をまとったパレードの演者たちが待機場所へと走っていく。
いよいよ祭りの始まりだ。
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