chapter:あなただけを見つめる オレ、綾部 桂太(あやべ けいた)には好きな人がいる。 その人は一個年上の先輩で、オレと同じサッカー部。名前は八坂 紫陽(やさか しゅう)。高校生にもなったっていうのに、いまだに中学生に間違われるチビで童顔なオレじゃなくって、鋭い一重の目が印象的な、背が高くてとてもクールな人だ。 でもって頭脳プレイがすごく得意で、サッカー部のキャプテンだってしている。 好きになったきっかけはない。初めは憧れだった。いつも欲しいと思った時にボールを繋げてくれて、格好いいなって思った。 だけどいつの間にか、グラウンドを駆け、ボールを追うと必ず先輩がそこにいて、気がつけば部活をしている以外の時でも先輩を目で追うようになっていた。 告白はしないのかって? 冗談。オレは八坂先輩と同性だ。告白なんてしたら最後。相手にされないどころか気持ち悪がられて終わりだ。 オレはまだ高校一年だ。あと一年もの間、大好きな人に気持ち悪がられて学生生活を過ごすなんて耐えられない。 だったら、先輩のことを陰でこっそり想うだけの方がいい。 この気持ちは絶対に叶うはずがないのだから……。 「お疲れ、今日もグラウンド中を走り回って疲れただろう?」 時間は夕方六時。たっぷりと汗をかいた頭をポンポンと軽く叩かれ、頭上を見上げると、そこには八坂先輩が目を細めて微笑んでいる。 ドッキン! 普段、先輩はクールだけど、笑った時だけは太陽のようなあたたかな笑顔になる。 その笑顔が、またオレの胸を熱くさせる。 八坂先輩の笑顔は効果抜群だ。 「そうそう、桂太くんはチビだからな」 そんなオレの状況を知らないサッカー部の先輩たちは、せっかく八坂先輩が撫でてくれた頭を、髪の毛をグシャグシャに掻き混ぜてくる。 どっと笑いが溢れる部室。 むうっ! 侮辱されたオレはちょっとムカついた。 「チビじゃねぇっ!! いつか抜かす!!」 「そうかそうか、楽しみにしてるよ」 先輩たちはまたもや笑いながら、オレの髪を掻き混ぜる。 くっそ、絶対ムリだって思ってやがる!! 見てろよ、絶対抜かしてやる!! オレの返事に先輩たちは、「はいはい」と軽く受け流し、部室から出て行った。 今日はオレが鍵当番だ。みんなが部室を出たのを確認すると、オレも部室を後にした。 職員室に鍵を返し終え、校門をくぐり抜ける。そこには誰が植えたのか、向日葵が一輪、咲いていた。 オレは今の時刻、しゃがんでここの向日葵を見るのがすごく好きだった。 好きな理由は、太陽が傾く今、向日葵と太陽が重なって見えるからだ。 太陽の光を求め咲く向日葵。それは今のオレと似ていると思ったから……。 太陽を先輩に、向日葵をオレに被せて見ているんだ。 けっして届くはずのないこの想い。だけどこの光景を見ていると、なんだか気持ちが届くような気がして、すごくあたたかになるんだ。 ジッと見つめていると、背後から陰が被さってきた。 びっくりして見上げると、そこにはすらりとした背の高い、八坂先輩がいて、オレを見下ろしている。 表情は、夕日が眩しくてよくわからない。だけど雰囲気はなんだか緊張感が漂っている気がする。 「先輩?」 訊(たず)ねると、手を掴まれ、同時にオレの腰が上がる。 先輩は無言のまま、掴んだオレの手に何かを握らせる。見下ろせば、そこには背の高い、元気いっぱいな向日葵の花。 「?」 「桂太、部活が終わるこの時間帯、いつもここで向日葵を見ていただろう? 園芸部に知り合いがいて、もらってきた」 しばらくの沈黙がまた宿る。 なんだか何時もの先輩らしくない。 「俺じゃ、ダメか? 他の奴らに桂太を取られるのが嫌だから、その……」 「?」 取られる? 何の話をしているんだろう? 頭が悪いオレは先輩が何を言いたいのかよくわからなくて、やっぱり首をひねって考えていると、薄い唇がまた開いた。 「私は貴方だけを見つめる」 「えっ?」 なに? 何のこと? 「向日葵の花言葉。桂太は誰を想っているんだ?」 先輩はそう言うと、また口を閉ざし、一拍あけて、また開く。 「桂太、好きだ」 まるで、オレの前にある向日葵と太陽が重なるかのようにして、先輩の陰がオレに被さってくる。 夢みたい。 絶対叶わないと思っていたのに……。 夢見心地なまま、オレも背伸びをして、先輩の袖に掴んだ。 「オレも、ずっと好きでした」 唇が触れるか触れないかのキスをした後、オレも自分の気持ちを言葉にする。 そしたら先輩、自分に嫉妬していたんだってオレが好きな太陽のような笑顔で恥ずかしげにそう言った。 **END** |