chapter:なぜこうなる? 「ヒナちゃん、ゆっくりしていってちょうだいね?」 ローテーブルを挟んで向かい合う俺をそっちのけで、母さんと会話している。 「は〜い、ありがとうございます」 彼女――もとい、彼の返事に安心した母さんは、もう一度手を振ると、俺の部屋を後にした。 「…………」 なんでこうなったんだ? 何をどこで、どう間違えた? すっかり母さんと打ち解け、ひらひらと手を振っている美少女? な陽向(ひなた)を恨みがましく睨みつければ、陽向はにこにこと笑う明るいヒナちゃんではなく、口角を上げ、俺を見つめる、年頃の青年の表情へと変わった。 「なんで許可無く俺の部屋に上がるの?」 「言ったでしょう? あんたが気にいったって」 「俺は男だ。男同士でイチャつく趣味はねぇ!!」 きっぱりと言ってやれば、だけど陽向は引き下がらない。 「『同性』とかじゃなくって、俺を見てよ、誠二(せいじ)さん」 「見てって言われても……困るものは困る」 そりゃね? 男同士の恋愛については俺も別に偏見はないよ? だが、俺は男に惚れる趣味はない。 無言で首を横に振れば、さっきまで俺を見つめていた視線はテーブルへと移動している。 「俺だって……好きで同性を好きになったんじゃない。相手が誠二さんだから……だから俺は……」 顔を俯け、そう言う陽向は、さっきまでの自信溢れる物言いではなく、今にも崩れてしまいそうなくらい、苦しそうな声をしていた。 鼻をすする音が聞こえる。 まさか、泣いているのか? 俺が泣かしたのか? 「ちょ、まてっ!」 なんでそこで泣くんだよ!! さっきまでの強気はどこに行った? まさか泣き出すとは思ってもいなかったから、慌てて腰を上げる。その時だ。無様にもローテーブルの脚に躓いてしまった。 「うわっ!」 「えっ?」 ガタタンと大きな音を立て、俺の体が陽向の方へと倒れ込む。 「美味しいケーキはいかが……あら、お邪魔だったかしら……ごめんなさいね?」 何というタイミングだろうか。俺が倒れたのを見計らったかのようにして、母さんが部屋のドアを開けた。 俺を見た瞬間、母さんは頬を赤く染めて、ケーキをふたつテーブルの上に置くと、すぐさま部屋を出て行く。 静かな空間にドアが閉まる音ばかりが響いた。 「えっ、ちょっと、まてよ母さん!!」 慌てたのは俺だ。だって陽向を押し倒している図が出来上がっている。 一生の不覚だ。 「……完全に誤解されたな」 「お前が言うなよ……」 がっくりと首を項垂れる俺。 「隙あり……」 俺の真下にいた陽向が動く。 チュッというリップ音と共に、何か柔らかいものが俺の唇に当たった。それが陽向の唇だと気づいた時には、もう彼は俺から離れている。 「さて、おばさんからのケーキを貰おうかな。手、洗わせて貰うね」 彼はそう言うと、立ち上がり、部屋を出て行った。 残された俺は、というと……。 両手は床に付けたままだ。 なんだよ、もう!! くっそ、陽向の奴……。 顔が熱いのは何故だろう。 陽向の唇の柔らかな感触が脳裏に焼き付いて離れない。 「俺のファーストキス……」 俺は唇を腕で押さえ、しばらくの間、放心してしまった。 **END ?** |