chapter:卒業~Graduation side:先生 ◆ 「ただいま〜」 五階建てマンションの三階。一番端の部屋。 高校の新年生を迎え、一年生の担任になった俺は、学校の入学式を無事に終え、帰宅した。 鍵を回してドアを開ければ、あれ? 開かない。 もう一度、鍵を回し、ドアノブを回した。 どうやら鍵は、もともと開いていたようだ。 空き巣だろうかと、少しひやっとしたものの、玄関の足場には見慣れない靴が一足あった。 そういえば、今日、彼も大学のオリエンテーションだとか言っていたな。 俺の脳裏に、ふと、卒業式の日、このマンションの鍵を渡したある人物の姿が過ぎる。 自分の部屋に向かえば、そこには、細身の、髪を茶色に染めた、ひとりの青年が、俺のベッドで寝転んでいた。 彼は、学校では、かなりの暴れん坊で、曲がったことが大嫌い。気に入らないことがあれば、先生にさえも噛みつく。 そういう性格もあってか、気がつけば、何時も人の中心にいる。 面倒くさがり屋で、授業を抜け出すことも少なくない。 だが、その実は、寂しがり屋でもある。 彼の両親は共働きで、何時も一人きりで食事をすることが多いという。 授業を抜け出すのも、悪戯をするのも、すべてはかまってほしいから。 そう考えると、なかなかに可愛い。 そういえば卒業式の日も、泣き顔が可愛かったな。 近づき、寝顔をそっと覗き込めば、弧を描く薄い唇が真っ先に見える。 大きな目は長いまつげに閉ざされ、とても心地よさそうだ。 何時もは賑やかな山本が、今は気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てている。 「こうしていると、天使のようなんだがな……」 普段、辛辣(しんらつ)な関西弁を話す彼が、こうしてたまに見せる可愛らしい姿。 こういうギャップに惹かれたのも事実だ。 好いている人が自分のベッドで眠っている。 これはいったい、なんの我慢大会だろうか。 「無防備すぎるぞ〜」 俺は眠っている彼に、ぼそっと囁いた。 **END** |