transend darkness-

第四章





chapter:動き出す闇W




 W



 イジドア・ダルグリッシュは、目の前で自ら開くしなやかな肢体に酔いしれていた。

 自分よりも小振りな陰茎を口に含めば、麝香(じゃこう)が鼻を突く。

 舌先を使って彼の陰茎をなぞり、愛でてやれば、やがて蜜が溢れ出し、真紅の唇からは甘い嬌声が聞こえはじめる。


 後ろにある秘められた蕾に舌を這わせると、彼は歓喜満ちた声を放ち、弓なりに身体を反らしてイジドアの愛撫を受ける。

 そして潤んだアイスブルーの瞳が彼を写し、男根を欲するのだ。


 魅力的な行為にイジドアはすっかり虜になっていた。

 我慢できなくなったイジドアは男根を彼の蕾に打ち付けるため、指を挿し込み、やわやわと肉壁を解す。するといったいどうしたことだろう。いつもなら、この行為を彼はとても気に入り、華奢な腰を揺らしていたのに、今はどういうわけか、赤い唇は突然唸りはじめ、苦しみを訴える。

 イジドアが慌てて彼との距離を置けば、彼の寝室だった景色は一変して古びた洋館に変わった。


 そしてさらに、イジドアは驚いた。

 それというのも、得体の知れない二人の登場人物まで現れたからだ。

 ひとりは眼鏡をかけた細身の枯れ枝のような男で、もうひとりは……。


 奴は悪魔だ。大きな半月の鎌を持ち、漆黒のローブに身を包んでいる。最終形態の悪魔、リーパーだった。

 リーパーは大鎌を薙ぎ、ノアの身体を頭上へと押し上げ、壁に叩き付ける。

 すると今度は仲間の男が細い首を片方の手だけで固定した。

 ノアは首を絞められ、宙づりのまま足掻く。

 抵抗を見せるノアだが、しかし男は楽しそうに笑うばかりだ。

 そして、大きく開いた口の両端から鋭い犬歯を覗かせた。

 細い首筋に、彼の牙が貫く。


 ああ、なんということだ!!


 イジドアは目の前の出来事に頭打ちをくらった。

 一見すると人間の姿をした男は、実はヴァンパイアだったのだ。そしてノアは、悪魔と結託しているヴァンパイアに羽交い締めされている。

 そう理解した時、彼の鉛のように重たい身体が動いた。

 彼が目を開けば、分厚いカーテンは陽の光こそ通さないが、明るい光が見える。

 時刻はおそらく、正午あたりだろう。日が翳(かげ)る様子は見受けられない。


 だとするならば、今はヴァンパイアが動く時間ではない。では、先ほどのあれはただの夢だったのだろうか。

 そう思うものの、しかしイジドアの胸はどうにも落ち着かない。

 そこで彼は、ノアを探すことにした。



 ――おかしい。


 イジドアがそう思ったのは、不安定な足取りで二階にある部屋のそこらじゅうと一階のキッチンホールやシャワールームといった、屋敷中を手当たり次第動き回り、ノアを探した後だ。

 彼が探したことごとくに、ノアの姿が見えない。

 そして朦朧(もうろう)とする意識の中でノアの気配を探っても何も感じないからだ。



「イジドア様、このようなお時間にいったい如何なさいましたか?」

 まるで廃人のように屋敷中を徘徊する主の姿に驚いたサイモンが、イジドアに近づいてきた。


「ノアはどこへ行った?」

 今はサイモンにかまっていられない。イジドアは開口一番に有能な執事に訊(たず)ねた。



「ノアでしたら、お出かけになられると言って、一時間前に外出されましたが、それがなにか?」

 サイモンは当たり前のようにそう言って、首を傾げる。

 たしかに、イジドアとは違ってノアは正常な人間だ。日が出ている今の時間でも苦しまずに動き回ることができる。それに彼はイジドアの従者でもなければ僕(しもべ)でもない。当然、外に出ることも誰に許可を得なくてもかまわない。

 だが、今のイジドアはそれを悔やんでいた。

 いっそのこと、ノアも自分と同じヴァンパイアにでもしてしまえば良かったと考えてしまう。


 そうなれば明るい昼間に外出することもなかったし、イジドアがおかしな夢をみることもなかった。


 これがただの思い過ごしなら良い。しかし、違っていたなら?


 目を閉ざせば、耳を劈(つんざ)くノアの悲鳴が耳に残る。

 もし、本当に今、現実で彼が本当に悪魔とヴァンパイアに襲われていたとしたら……。

 目的はおそらく、彼のエクソシストとしての恐ろしい力だ。

 ノアがヴァンパイアに殺されることはない。イジドアがノアを抱き、彼に手を付けている。だからノアの力を手に入れようとするならまず、自分を殺さなければ目的は果たせない。


 だが、ノアの身体はずたずたに引き裂かれてしまうかもしれない。

 命を奪われることはないが、その寸前で痛めつけられることは十分に有り得る。


 何もなければそれだけのこと。だが、もしもノアの身に何かあれば……。

 それを考えた時、イジドアの身が引き裂かれるような痛みを訴えた。

 この強烈な感情は何だろう。

 これは、『ノアを守る代わりに血液をもらう』というサイモンとの契約が反故されてしまうからだろうか。

 いや、それとはまた違う恐怖心だ。

 今まで味わったことのない感情――それがイジドアを責め苛む。


 いやそうではない。長すぎる年月を生きてきた中で一度だけ、似たような感情に見舞われた時があった。父、ジークフリードが死んだ時だ。

 だが、それよりも遙かに今の方が焦燥感(しょうそうかん)が強い。

 血の繋がった実の父を失うよりも、他人のノアの方がずっと強い。これはいったいどういうことだろう。

 彼は戸惑いを隠せない。

 けれども今はそんなことを考えている場合ではない。ノアの身に危険が迫っている。

 一刻も早く彼を救出せねばならない。

 彼一人では、リーパーとヴァンパイアを同時に葬り去ることができない。

 このままではノアが危険だ。


「ノア……。くそっ! サイモン、お前はモンタギューに今から言う場所を伝えて、ありったけのエクソシストを寄越してくれるよう説得しろ。ここから北の方角にある工場地帯だ。急げ!」

 イジドアは自分に悪態をつきながら、サイモンに説明をはじめる。



 ノアはイジドアの所有物になった。それはすなわち、ノアの居場所は主であるイジドアが手に取るようにわかる。イジドアはここから北の方角にある街外れの工業地帯にノアがいることを察知し、それをサイモンに教えた。


 イジドアは足早に自室へ戻り、明るい日中でも日に焼けないよう、フード付きの分厚いコートと手袋を身に着け、できるだけの武器を着ているコートと腰のホルダーに仕込んで部屋を出た。



「イジドア様?」

「俺に何かあった時はノアを頼む」


 そう言い残し、イジドアは明るい日差しの下へと駆ける。

 澄み渡った秋の空は思いのほか高い。紫外線は強く、いくら日に焼かれないよう厳重に装ったところで、少しずつ体力は奪われていった。


 それでもイジドアは、最速をもってノアのいる館へと急ぐ。





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