chapter:epilog 薄い唇が、尾てい骨をなぞる。ノアはいっそう身体を弓なりに反らし、彼の唇の感触を全身で味わっていた。 胸の突起は彼の骨張った指で弄られ続けている。 そこから痺れるような甘い疼きは広がり、快楽が彼を襲う。 真紅の唇は自分を組み敷く男の名を絶えず呼び続ける。 尾てい骨をなぞり、さらに下へと向かう薄い唇の行き先は、双丘に秘められた蕾だ。 骨張った指が胸の突起を手放し、双丘を広げた。 開かれる生々しい音がノアを羞恥へとかき立てる。 しかし、ノアを襲うのは何も羞恥だけではない。 快楽も襲う。 ノアは、やがて与えられる男根を待ち望み、呻いた。 滑った舌が蕾を侵入し、肉壁を擦る。 熱が下肢に集中し、やがて小振りな陰茎からは蜜が流れ落ちる。 男根が楔となって蕾を突き刺し、肉壁を分け入って侵入する。 ノアは喘ぎ、最奥へ彼を誘うために腰を振り続ける。 彼がノアの中で吐精すると、それにつられてノアも果てた。 ノアの手が、たくましい彼の身体を探し、宙を泳ぐ。 しかし、伸ばされたその手は探し求めている腕を掴むことはない。 そこでノアは起き上がる。 案の定、すっかり見慣れた寝室のそこには何もない。 (しまった、またやられた!!) ノアはベッドから飛び出した。 蕾からは彼が注いだ白濁が伝うが、今は無視を決め込み、衣服を素早く身にまとう。 それからノアはキッチンホールへ向かう。 ノアが急いで扉を開けると、礼服を見事に着こなすサイモンが今となっては自分ひとりになってしまった夕食の準備をしていた。 「サイモン、イジドアはまた悪魔退治に出たの?」 「おや、ノア。はい、イジドア様は先ほど出られました」 にこやかな笑みを浮かべ、サイモンはそう言った。 彼はイジドアを信じすぎるから困りものだ。 悪魔と対峙してもイジドアが勝つと信じ切っている。 ノアは急ぎ、イジドアの気配を探ると、容姿を霧に変え、彼を追った。 閑散とした闇が広がる中で、彼はひとり、佇んでいた。 ノアは広い背中を見つけ、安堵した。 どうやらもうすでに悪魔は片付けたようだ。その場所から瘴気はすっかり消え去っている。 忌々しいことに、ノアが十八になるまで駆使できなかった能力を、彼はものの見事に使いこなしていた。 それがまた、ノアの癪(しゃく)にさわる。 「イジドア! なぜ僕を置いていく!!」 「足手まといだ」 腰に手を当て、怒りをあらわにするノアを尻目に、イジドアは無表情のまま、そう答えた。 彼は相変わらず無口で、何を考えているのかさっぱりわからない。 彼はノアのことをいったいどういうふうに思っているのだろう。 ランバート戦の時、彼はたしかに、ノアに愛しているとそう言った。 瀕死の状態であっても、彼はノアの血液をすべて抜き取らず、恐ろしい食欲さえも押さえ込んだ。 その代わり、ノアはヴァンパイアのウイルスを体内に植え付けられ、それ以来、ノアはイジドアの寝室で昼夜を問わず共に過ごしている。 イジドアはノアを抱き、欲してはくれている。 だが、イジドアは過去にたった一度きり、愛を告げてくれただけで、それ以来は甘い言葉のひとつも口にしてくれない。 これではあまりにも以前と変わらない。 恋人同士になったと思ったのは自分の思い違いではないか。 「言っておくが、お前を助けたのはこの僕だぞ!!」 イジドアの感情を理解出来ないノアは苛立ち、睨む。 自分だけがイジドアを愛しているのだと思えば悲しくなる。 アイスブルーの瞳は美しい彼の姿を写し、揺れる。 「だいたいイジドアはっ!!」 『イジドアは僕のことをなんだと思っているの?』 そう問おうとした真紅の唇は、しかしそれ以降何も言えなくなってしまった。 薄い唇が塞いだからだ。 おかげでノアはそれ以上彼を罵ることができなくなってしまった。 代わりに発せられるのは、艶やかな甘い声ばかりだ。 彼の手が双丘を撫で、下着をくぐり抜ける。 二本の指が、蕾へと侵入した。 慣らされてもいない蕾は、しかし少し前まで彼を受け入れていた。骨張った指を意図も容易く飲み込む。 「イジドア!?」 この場でまさか蕾を触れらるとは思いもしなかったノアは驚き、口を塞ぐ薄い唇から離れた。 しかし、指は蕾を解放してくれない。肉壁を掻き分けると、水音を発して、やがてじんわりと蕾を濡らす。 「シャワーも浴びていないのか?」 イジドアの眉間に深い皺が刻まれる。 ノアの蕾はイジドアが抱いた証となる白濁で潤っていたことを、彼は暗に責めた。 そうなっては、もうノアは気持ちをはぐらかすことができない。 「イジドアが……心配で……」 不満げに唇を窄め、彼に伝える。 すると薄い唇からは獣のような唸り声が発せられた。 つま先が地面から浮く。 イジドアがノアを横抱きにしたのだ。 「イジドア!?」 これに驚いたノアは、拗ねることも忘れて彼を見上げる。 すると彼は眉根を寄せ、どこか困っている様子だった。 彼はいったい、何に困っているのだろう。 引き続き、ノアが彼の様子を窺(うかが)っていると、イジドアが唇を開いた。 「守りたくて屋敷に置いてきたというのに……君は今、どういう顔をしているのかわかっているのか?」 「えっ?」 「……頬を赤らめて、これでは他の奴らの的になるばかりだ。……まったく、君は俺をどうしたいんだ」 顔を上げれば、彼の顔にはますます困惑が深まっている。 幾度となくノアを貫いた男根がスキーニーパンツを押し上げ、ノアの腹部に当たる。密着している身体から、彼がノアを欲していることがわかる。 『守りたい』彼はたしかにそう言った。 イジドアの言葉が、ノアの胸に響く。 彼の、その数少ない言葉によって、ノアの恋心がさらに増す。 自分は心からイジドアに求められている。 そう思うと、ノアの心は一気に浮上する。 彼は広い背中に腕を回し、笑みを浮かべた。 「『愛してる』って言ってくれたら、何度だって貴方に抱かれてもいいよ」 ノアが彼の薄い唇に自らの唇を押し当てる。 すると彼はくぐもった声を上げた。 それからイジドアは、ノアの耳孔に唇を寄せ、待ち望んでいた言葉をそっと告げる。 ノアは、イジドアから与えられるその先の甘美な快楽を強請った。 ―完― |