chapter:悲戦W W サイモンはひとり、『メイヴィン、クラリッサ、ここに眠る』と彫られている墓の前にいた。 この丘からは蒼い海がよく見える。 太陽に照らされた水面は乱反射して輝いている。 深い呼吸をすると、風が運んでくる潮の香りが鼻孔から入ってくる。 彼女を死に至らしめた根源は根絶やしにできたことで、彼の心は今、穏やかだった。 目的は達成した。 すべては娘の命を奪ったその者に復讐するため、彼は同じヴァンパイアであるイジドアの屋敷に潜り込んだ。 そして自分の復讐相手を知ることこそ、サイモンの強い意志だった。 そのためなら、自分はヴァンパイアという化け物になってもかまわない。 すべてを覚悟してイジドアの元へ住むようになったというのに――そこで大きな誤算が生じた。 イジドアはとても人間くさい一面を持っていたのだ。サイモンを同族にすることを極端に嫌い、以前のように自由にさせてくれていた。 おかげでサイモンは当初の目的とは違った動きをしてしまう。 そして極め付けは、ノアという青年が彼の屋敷にやって来たことだ。 ノアはどこかクラリッサに似ている。それは姿形ではない。話し方や雰囲気そのものだ。 彼と話していると、クラリッサと一緒にいるような感覚になるのだ。 サイモンは、最終的には娘の仇を彼の手で討てたものの、しかし、彼がランバートに一撃を与た理由は復讐などではなく、イジドアとノアを助けたいと心から願ったからだ。 娘を失った当初のあの悲しみといったら、言葉に言い表せないほど、酷く辛いものだった。これ以上、大切な人を失い、同じ想いをするのはたくさんだと、サイモンはあの一瞬で思ったのだ。 妻のメイヴィンには病に先立たれ、後を追うようにして、娘のクラリッサも残虐非道なヴァンパイアに殺された。何もかもを失ってしまった自分を待ち受けているのは死だけだと思っていた。 だが、どうやら自分はまだ生かされたらしい。 なにせ、サイモンの主人は花嫁を迎え入れた。 しかし主人はどうも自分の想いを伝えるのが苦手なようだ。イジドアにとって、かけがえのない大切な嫁なのに、彼を不安にさせている。 最近のサイモンの任務は――というと、花嫁の気持ちを宥(なだ)めてやることだ。 娘と似ている彼を見守る余生もなかなか楽しい。 サイモンは次の目標を見いだしていた。 「やれやれ、私は困った主人を持ったものだ……」 彼は墓前で苦笑を漏らした。 ふと視線を落とせば、足下には百合の花が手向けられている。 どうやらすでに先客がいたようだ。 その者はおそらく、ドミニク・ダルグリッシュだろう。 正直、彼の行動は今も許せない。彼は自分の欲望のために何人もの命を奪ったのだ。許せる筈(はず)もない。 しかし、もし、サイモンが彼の立場であるならばどうしただろうか。 ランバートに出会い、娘や妻を生き返らせることができると甘い言葉を囁かれれば、もしかすると自分も彼のように手を汚したかもしれない。 そう考えると、真の敵はやはりランバートだと思える。 ドミニクはイジドア同様、礼節をわきまえたヴァンパイアだ。 彼は今、自分の犯した罪を償うため、イジドアと同じようにエクソシストと結託してヴァンパイアハンターを担っている。 サイモンは静かに手を合わせ、娘の幸福を祈る。 穏やかな日差しの中、ただ一心に目を閉ざした。 ―第七章・完― |