chapter:キアランの戸惑い (九) 『無防備でいるな』 なぜ、自分はフィンレイを女性を説き伏せるようにして壁際まで追い込み、あのような言葉を口にしたのか。 たしかに銀の髪は流れるようだし、肌は雪のように白く、紅を差さずとも赤い唇は印象的だ。腕だって他の男たちよりずっと細い。 しかし彼は自分と同性で、大小の国の違いはあるものの、それでも彼は王子に変わりない。 果たしてあの言葉は自分と同等の相手に告げていいものであっただろうか。 グレアムに彼を値踏みされ、押し寄せてきたこの抑えきれない感情はいったい何なのか。 そして彼の細い腕を捉えた手が、今もなお熱を持っているのはなぜなのか。 キアランが談合の間を出て城の外へ通じる長い回廊を抜ける先々で出会う兵士たちが皆彼を敬い、頭を下げる。その中を、彼はただ悶々と考えていた。 「浮かない顔だな。何かグレアムに難問でも突きつけられたのか? 皆が心配している」 進み行くキアランの姿を見つけたジュリウスは、すれ違うメイドたちに愛想良く手を振りながら、彼の背後にぴったりくっつき、そう言った。 「グレアムは進軍を提案したが、相手の出方を窺ってからということで話は治まった」 薄い唇を開き、ジュリウスの質問に答えたキアランは、はたと足を止めた。それというのもジュリウスがグレアムが難問を突きつけた、と言ったからだ。 彼もまた、グレアムの存在に何かを感じているらしい。 「ジュリウス、何か勘づいているのか?」 眉を潜めて訊ねるキアランに、ジュリウスは肩を窄めてみせた。 「いや、あれはかなりの曲者だろう? フィンレイ王子に色目を使う所なんて特に――まさか彼の思惑に気づかない奴はいないさ」 ジュリウスは大袈裟に耳元まで両手を挙げ、困り顔を作ってそう言ってのけた。 「同性だぞ?」 ふたたび訊ねるキアランに、ジュリウスはメイドたちから視線をようやく主へ移し終えると、彼はまた首を窄める。 「中にはそういうのを好む奴はいるし、フィンレイ王子は女性にも見紛うほどのあの容姿だ。それも有りだろう。それに何より、キアラン王子、貴方もまた同性からそういう眼差しを受けることはあるだろう? それと同じ具合さ。それで? どうするんだ? フィンレイ殿を容易くあのいけ好かない男に渡すのか?」 「滅多なことは口にするな。あれには多くの従者がいる」 現に、地底に眠っていた闇の兵士へと作られたかつての同胞たちが同盟国よりも上回る数を成して伏兵として姿を現した時、グレアム率いるあの漆黒の鎧を身にまとった兵士がいたからこそ、大差ない戦ができたのだ。主人を悪評するのは避けるべきだ。 この回廊に姿なくとも、彼の兵士はどこで聞き耳を立てているのかわからない。 キアランはジュリウスを制した。 「話を逸(そ)らすのか?」 「逸らしてなどいない」 唇をひん曲げ、楽しそうに笑うジュリウスにキアランは直ぐさま返事をした。 「まあ、そういうことにしておいてやろうかな」 背後で呟くジュリウスの鋭い視線がキアランを射貫く。 キアランは居心地が悪くてしょうがなかった。 ―第一章・完― |