裏切りは艶麗な側近への狂詩曲-ラプソディー-

第一章





chapter:談合




 (八)



 魔族との戦で見事防衛を果たした数時間後の正午。フェイニアと同盟を結んだフィンレイ。そしてキアランはジェライド王から呼び出され、先の戦で王の配下になったグレアムと共に今後についての談合を開いていた。


 談合の間として使ったのは他のへやよりもやや小さめで、主に密談で使用する間だった。両開きの扉以外他に出入り口はなく、窓もない。その間には長机と足下に赤い絨毯が敷いてあるだけだ。

 扉の奥に位置するのはジェライド王と、その息子キアラン。彼らと向かい合うようにフィンレイとグレアムが座していた。


「ダークナーが我らから尻尾を巻いて逃げていった今が好機。今度はこちらから攻撃を仕掛けましょう」

 グレアムは長机に握った拳を勢いよく当てると、深い沈黙を破った。

「しかし敵の引き際がどうもあっさりしすぎている。私には矛盾を感じる。ここは様子を見るべきではないか?」

 いきり立ち、大声で話すグレアムはどうあっても自分が主導権を握りたいらしい。目を見開き、ジェライド王に進言する。

 対するキアランは冷静だった。彼は薄い唇を開くと静かに意見した。


「王子! そのように悠長なことを言っている暇はございません! 我々の国は奴らによって滅ぼされました。貴方様はこの国が滅ぼされても良いとおっしゃるのですか!?」

 グレアムは今にもキアランに掴みかからんばかりの勢いで椅子から腰を上げ、身を乗り出した。

「魔族にグレアム殿の国を滅ぼされたことは痛ましいことなれど、だが、駒を進めるにはそれ相応の証拠が必要になるかと……。敵はどうも俺たちを引きつけ、手招いているようにしか見えぬ。これは罠ということも考えられる」

「戦というものはタイミングも必要でございますれば! 敵は尻尾を巻いて逃げて行きました。失礼ですが、キアラン王子。貴殿の目は節穴でございまするか?」

「グレアム殿、口が過ぎます!」

 いきり立つグレアムをフィンレイが止める。彼の言葉に我に返ったグレアムはそこでやっと厚みのある唇を閉ざした。



「ふむ、しばし検討しよう」

 ジェライド王のその言葉はすなわち、今回は動かないとそういう意味合いが含まれている。しかしグレアムは黙っていない。

「いいえ、考えている時間などございませんぞ、ジェライド王。我が君。今すぐにでも軍を動かし、魔族を根絶やしにするのが筋というものでございましょう」

 彼は尚も噛みついた。


「事を性急に構えすぎても良い方向には進まない」

 唇を噛みしめるグレアムをキアランが咎(とが)める。

 ジェライド王は、平行線を辿るばかりでもはや無意味と悟ったこの談合を片手で制し、終わりを告げると腰を上げた。

 さて、グレアムは何を思っているのか。顔を歪め、キアランと対峙した。そうした後、ジェライド王に続いて談合の間を抜ける。だが、グレアムは大人しく負けを認めなかった。キアランとすれ違い様に彼が唇を開く。


「王子、フィンレイ殿はたいへん美しゅうございますね」

 キアランの耳元で彼が囁いた。視線は銀髪の王子、フィンレイにある。

 品定めをするように言う彼のその言葉が気に入らない。キアランはグレアムを睨(にら)みつけた。


「そのように睨まないで下さい。あの繊細な容姿だ。あの方をひと目見た誰もがそう思いますでしょう?」



「あの、キアラン? 大丈夫ですか?」

 くつくつと笑い声を上げ、去っていくグレアムに異様な不気味さを感じたキアランは、グレアムに何を言われたのかと心配そうに見つめるフィンレイに詰め寄った。


「フィンレイ殿、あまり無防備でいるな。どこに敵が潜んでいるのかわからないのだぞ?」

 キアランがフィンレイの出口を塞ぎ、壁際に追い込む。

 背後で扉が閉じる音が、この狭い談合の間に響いた。


「隙なんて見せておりません」

 キアランの忠告にフィンレイが反論した。

 自分は隙を見せていないと言い張るフィンレイになぜかどうしようもない憤(いきどお)りを感じる。これはいったいどういうことなのか。

 キアラン自身も今まで感じたことのない感情に戸惑う。

 そんな中でもキアランは押し寄せてくる憤りを抑えきれず、フィンレイの細い腕を掴むと、華奢な身体をそのまま勢いよく、背後にある壁に彼を押しつけた。太腿の間に自らの足をねじ込み、組み敷く。

「えっ? あ、やっ……」

 キアランの突然の行動で、彼の身体が強張る。その声は押しつけられた身体と同じで、小刻みに震えていた。

「キアラン王子……?」

 フィンレイはキアランに殺されるとでも思ったのだろうか。短い呼吸を繰り返している。

 フィンレイは、何も攻撃を仕掛けてこない相手に自分が手を挙げる傲慢(ごうまん)で冷酷な人物に見えるのか。

 怯えを見せるその反応さえも苛立つ。


「ならばこうも易々(やすやす)と捕らわれるな」


 キアランはそう言い放ち、すぐにフィンレイを解放した。背を向け、談合の間から出る彼の背後では、緊張感を漂わせたフィンレイから息を飲むその音が聞こえてくるような気がした。


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