寝覚めはおはようのキスから
第一話 -保村 龍也の恋愛事情- 





chapter:◆それ、マジでヘコむわ〜◆




 ◆



「忘れもんない? 全教科は重くて無理やっても、せめて出された課題の教科書くらいは持って帰りや?」

 放課後、掃除も終わってがらんとした教室内で、一緒に下校する槇(まき)に言いながら、自分も教科書やらを鞄に詰め込んだ。

 教室内は俺と槇を含めて暇人野郎五人しかおらへん。しっかり者の女子や他の連中は習い事やら来年の受験のための塾やらで帰ってしもうた。

 夕日が室内に差し込んでオレンジ色に染まっている。ちょっと寂しい雰囲気が漂っている。


「保村(ほむら)、お前、ここまでくると、ほんまおかんやな」

 俺と槇のやり取りを見ていた、数少ないクラスの連中がぽつんと告げた。


 はいはい、ええですよ。知ってます。どうせ俺はおかんや。槇と一緒におられるんやったらおかんでもおとんでもなんでもなれるわ。

 半ば開き直って俺は適当に相づちを打つ。


「けどさあ、槇」

 そんな俺の返事を聞いた奴は口を開いた。今度は槇が標的や。なんか嫌な予感がする。

「槇、ほな帰ろうか」

 クラスの連中にちょっかいをかけられたくなくて槇を急かす。けど、対応が少し遅かった。


「あんまり保村に迷惑かけたらあかんのちゃう?」

「そうそう。知ってたか? 保村、好きな子おるんやで? ほんま、もったいないよな、こんなにモテて彼女おらへんなんてさ。お前にかまってばかりもおられへんやん」


 一人がそう言うと、もう一人もうんうんと頷いて槇に忠告してきた。

 好きな子いうんはもちろん槇のことや。以前、クラスの連中が恋バナしてた時に俺もちょっとふっかけられて言ったことがある。もちろん、槇やっていうことはナイショにしてるけどな。せやからコイツら、俺が好きな相手は女子やと思うとる。俺の好きな子が槇やって知ったら、コイツらどういう反応するんやろな。

 まあ、言うつもりはさらさらないけどな。


 だからええねん。俺が槇を好きになって勝手にしてることや。余計なお世話やし。槇の機嫌が悪なるからもうかまわんといて。

「槇、ほら、帰ろ」

 俺が細い腕を掴もうとした時や。

「別にっ! オレはかまってなんて頼んでへん! 朝もゆっくり寝たいのに起こしにく来るんや。こっちはいい迷惑やでっ!!」

 槇は大きい声を出して怒鳴るように言った。

「…………」


 オレンジ色に染まった室内は一気に沈黙が流れ、槇の怒鳴る甲高い声が妙に響いた気がした。

 気まずい雰囲気が周囲を包む。


 うわっ。言われると思っとったけど、やっぱヘコむわ。

 そりゃな、俺が勝手に槇を好きになったわけやし、槇にも感情がある。俺が槇を操ることはできへん。

 けど、やっぱヘコむもんはヘコむ。毎朝槇ん家に迎えに行ってるんや。少しは報われたい。そう思うんは、やっぱ勝手な話やろうか。

 ちょっとイラついて、半ば槇に八つ当たり気味になってしもうた。槇とはそれっきり何も口も利かんと無言のまま下校する。

 もともと閑散としている帰り道は、いつもよりずっと人通りが少ないように思える。



 ……潮時、なんやろうなきっと。

 槇よりも数歩後ろを歩きながら、俺は深いため息をついた。

 この想いは絶対報われへん。そう思ってたけど、いざこうして気づかされるとやっぱこたえるわ。





「保村、好きな子がおるんやな」

 居心地が悪い沈黙が続く中、ポツリと槇はそう言った。

「……ああ」


 その好きな子が槇やっていうことは言われへん。言ったら最後、この芽生えたばかりの友達という脆い関係は見事に崩れ去るやろう。

 ここまで心が押し潰されそうになっても保守的になる自分はほんまに阿呆丸出しや。滑稽(こっけい)すぎて笑えるわ。

 俺は自分のことを罵りながら、ふたつ返事してそのまま歩き続けていると、前を歩く槇が急に立ち止まった。


「槇?」

 どないしたんやろか。槇につられて俺も立ち止まる。

 そしたら槇は俯き加減で何かをぼそっと呟いた。

 あまりにも小さい声やったから何を言ったのかさっぱりわからへん。聞き耳を立てるみたいに槇との距離を縮めると、槇は突然顔を上げた。

 大きい目は潤んで、なんや悲しそうや。

「槇? どないしたん? どっか痛いんか?」

 訊(き)いてみるけど、俺の問いに対しての返事はない。

 その代わりに槇はまたわけがわからん何かをぼそっと呟いた。

「……の方が……きやのに」

「槇?」

 やっぱり槇が何言ってるのかわからへん。槇の名前を呼んでもう一回訊いてみる。

 そしたら槇は眉尻を上げて、睨むみたいにして俺を見てきた。


「オレの方がずっと好きやのに!!」

「へ?」

 槇はいったい何を言ってるんやろう? 急に大きい声出すから、よう理解できへんかった。

 ……槇はいったい何が好き言うたんやろうか。

 さっぱりわからん。

 半分口を開けて阿呆面になる。首傾げて槇が言いたいやろう言葉の続きを待っていると、槇はまた静かに唇を開いた。

「縁…オレ。保村のこと、好きやのに! なんで? オレ、保村の好きな子がおるってこと知らんかった。保村の好きな子って誰なん? オレの知ってる子? 知らん子? ……オレじゃあかんの? やっぱり男同士やったら好きっていうんはあかん? 男同士で恋愛感情持つのってやっぱおかしい?」

「槇? 何言って……」

 好き? 誰が? 誰を?

 俺は槇が好きや。女の子を想うみたいに槇を想ってる。

 せやけど槇はちゃうはずや。俺と同じ感情なわけあらへん。

 早口で言った槇の言葉に、俺の思考が上手いこと追いついて来うへん。


 なあ、槇、さっき何て言うたん?

 俺のこと好き言うた?

 聞き間違いやない?


 俺と槇は両想いなん?

 ――いや、ただの思い過ごしかもしれへん。

 槇の意味深な発言で期待と不安がごちゃ混ぜや。

 人気のない小道は静かで、ドキドキしてる俺の心音が槇にも聞こえてしまうんやないやろうかと思ってまう。


「オレ、いっつも寝る前に鍵開けて寝たんは保村が部屋に入って来やすいようにって思ってや……。寝る前、次の日の朝も会えるって思って、なかなか寝付けへんかった。前よりもずっと寝坊してるんはそのせいや。保村、そのこと何も知らへんやろ?」

 俺が返事をせえへんかったら、槇は続けて話した。



 ……寝坊。たしかに前よりもずっと長いこと寝てるとは思ってたけど、それは俺が迎えに来るのを見越して、安心してよう寝てるんかと思っとった。


 ちゃうんか?

 両想いになるんは有り得へん。

 俺が自分にそう言い聞かせていたことは間違いやった?


 俺はもしかして――とおかしな期待をしてしまう。もし、もしもやで? 俺と槇が両想いやったんやとしたら、どんなに嬉しいことやろう。

 違(ちご)うてたら悲しい。両想いやったら嬉しい。

 俺の心臓は、もうドキドキや。

 緊張して口の中がカラカラに乾いてしもうとる。

 俺はゴクンと喉を鳴らして口を開けた。


「なあ、槇は俺が好きなん?」

「っつ!!」


 聞き返せば、槇は俯いたまま唇を噛みしめた。それっきり何も言わへん。いつもならすぐ返ってくる返事はない。

 否定……せぇへんのか?

 ……なんちゅうこっちゃ。嘘やろ? もしかすると何かの冗談やろか。それともこれは俺の都合のいい夢なんやろか。

 もし、たとえそうやったとしても、もうええわ。


 俺は言うのが恐くて、嫌われるんが恐くて言われへんかったことを――言わんようにと鍵をかけて、禁じていた言葉を告げるため、ゆっくり唇を動かす。


「さっきの連中が言ってた『俺が好きな子』いうんは、槇のことやで?」

 槇の顔を覗き込みながら、俺は胸の内に仕舞い込んでいた想いを告白した。そしたら今まで出したことのない優しい声が俺の口から飛び出たんや。

 ほんま、心底槇に惚れてるんやなって実感する。


「好きな子いうんは槇のことや。槇がずっと好きやった」


 返事があらへんからもう一回。俺は槇の頬を滑り落ちる涙の雫を親指で拭い取りながら、そっと告白する。


「嘘やっ!!」

「嘘やない。なあ、槇。もう泣かんといて?」

 首を振る槇の目尻から、涙の粒が散る。

 俺を想ってくれての涙やって思うと、ダイヤモンドみたいに綺麗や。

 せやけど悲しげな槇の表情は見たない。


「槇、嘘ちゃう。ほんまやで? どうやったら槇は俺のもんになってくれる?」


「っふ、それがほんまやったら、オレはもう保村のもんや」

 ずびずびと鼻をすすりながら、槇は肩を上下に揺らした。

 目は、もう悲しそうやない。頬は紅色に染まってる。槇は睨んでるつもりらしいけど、俺との身長差があるから上目遣いになって甘えるみたいになってるし。

 もう何なん? 槇、可愛すぎるやろっ!!


 ああ、もうやっぱ可愛ええっ!!


 槇の身体を引き寄せ、背中に手を回すと、槇は俺の胸に頬を擦り寄せ、甘えてくれた。


 ああ、もう槇が可愛すぎるっ!!

「槇、なあ槇。キス、してもええ?」

 両想いになった今や。俺はここぞとばかりに予てからの念願やったことを訊いてみる。


「っつ、嫌や!」

 せやけど両想いになったとしても、やっぱり槇は槇やった。即、拒否してきよった。

 そない即答せんでもええやん。ほんまヘコむわ〜。

 傷ついた俺は肩の力をガクンと落とす。

 けど、槇にはまだ続きがあったらしい。

「外、人目があるから恥ずかしい……」

 ぼそっと小さな声が、俺の胸の辺りから聞こえてきた。


 それってそれって……。

「外やなかったらええん?」

 屋内やったら思う存分させてくれるんやろか。

 さっきのダメージを忘れて、一気に浮上した俺はまた訊いてみる。

「嫌や。保村がおるんやったらどこも一緒やっ!!」


 いやいや、俺がおらんかったら槇にキスできへんやん。そこ、おかしいし。

 なんて心の中で突っ込みを入れていると、槇の指が俺の指を掴んだ。

 槇の顔、真っ赤や。

 そう言えば、槇はあまりスキンシップはせえへんのやったっけ。

 槇にとって、キスどころやあらへんのかもしれへん。

 こうして俺に触ることがドキドキなんやろか。

 俺が槇にキスしたいって思うドキドキと、俺の指を掴む槇のドキドキが同じくらいやとしたら……。

 槇、ほんまに可愛ええっ!!


 ああ、どないしよ。ニヤついてまうわっ!





 ◆それ、マジでヘコむわ**END◆
 ―第一話・完―


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