★†★ 姫乃 万里は驚きを隠せなかった。 たしか自分はつい先ほど、陽光(ようこう)高校に向かう途中だった。それなのに、今はどうだろう。年は大学生くらいだろうか、二十歳前後の、王子らしきコスプレをした男が自分の上に乗り、どこぞのお城の中ですか調の、天蓋(てんがい)の付いたベッドで組み敷かれているではないか。 「あのっ!!」 万里が戸惑う間にも、陽光高校の制服であるブレザーのボタンが外され、ネクタイを解かれていく……。 「救世主よ、我が妻として迎えてやろう。有り難く思え」 冗談ではない。 たしかに、十六にもなる年なのに自分の身長は百六十そこそこしかない。そこいらにいる男子よりも華奢(きゃしゃ)だし、運動も苦手で、筋肉すらも付いていない骨ばかりが目立つ容姿をしている。 それに加えて、幼くして父親は、競馬や宝くじといったギャンブルにのめり込み、その結果、借金だらけになって母親は家を出た。挙げ句の果てには父親が蒸発。 養護施設に引き取られ、過ごすことになった万里はそういうこともあり、家事手伝いはもちろんのこと、料理や裁縫といった、主に女子が好むものが趣味になってしまった。 しかし、である。 それでも自分は歴(れっき)とした男で、しかもこんな男に抱かれるのはまっぴらごめんだ。 しかも、自分を組み敷く男の顔はのっぺりとしており、はっきり言ってハンサムからかけ離れた容姿をしている。それに加えて、分厚い唇から吐き出されるねっとりとした吐息といったら、生理的に受け付けない。 万里の心に恐怖が宿る。 「いやっ、やだっ! 放して!!」 「無礼な奴め! これは王子の命令だぞ! いくら救世主とはいえ、たかが一般人だ。身分ある者に従うは当然であろう!!」 王子のコスプレをした男はそう言うと、万里の両腕を頭上に固定した。 ねっとりとした唇が万里の首筋に触れた。 「いやっ」 万里はなんとか腕を伸ばし、コスプレ男から逃れようと華奢な身体を捩(よじ)る。 (誰か、助けてっ!!) 万里は声にならない声を上げ、心の底から助けを求めた。まさにその時だった。 天蓋付きベッドの部屋にノックもなく、金色の鎧のコスプレをした一人の青年が現れた。 「王子、大変でございます! うわあっ!!」 鎧を身にまとう男はそう言うと、後ろからやって来た新たな侵入者によって突き飛ばされ、床に転がった。 「見つけたぞ、救世主」 身長は自分よりも頭二つ分はあるだろうか、漆黒のマントと鎧を身にまとっている。象牙色の肌に高い鼻梁。長い睫毛に薄い唇。そして、腰まである艶やかな長い黒髪。今、万里を組み敷いている王子のコスプレ男とは比べようにもならないほど、とても美形だ。 「貴様! ルーファス!! おのれ、この要塞にまで手を伸ばしてきたか!! だが、残念だな。俺には救世主がいる。さあ、救世主。俺の国――じゃなかった。この世界を混沌から救い、我が妻となれ!!」 コスプレ男は何やら矛盾ばかりしかない言葉を言い放つと、万里から身体を離した。 さて、ようやく自由の身になった万里は、というと――。 「……っつ、うええええんっ!!」 万里は闇色に染まった男に抱きついたのだった。 ★†大変です! 異世界に飛ばされました!・完†★