★†★ 「時は来た。このガルト国はもはや我がものと化す」 男の低い声が静寂を破った。 彼は闇の王。すべてを混沌へと導く者である。 名は、ルーファス。 腰まで流れる艶やかな髪は漆黒。強者であることを示す鷹のような鋭い紫の目。高い鼻梁に薄い唇。角張った顎。 永遠の若さを持つ彼の、老いることもない千をも超えるその御身には余分な筋肉ひとつなく、鋼のような引き締まった肉体を保ち、百九十はある長身の彼は闇色の鎧に身を包んでいる。 ――雷鳴轟く闇の世界。ここはかつて平和に満ちた場所であった。 真っ青な空に浮かぶ力強い太陽は輝き、大地を覆う緑を照らす。その地を潤すは天からの恩恵。 真っ青な空を写すのはどこまでも澄んだ生命のよりどころ、海。 人びとは笑い合い、戦など知らぬ平和な国、ガルト。 しかし今はかつての姿はなく、闇が広がるばかりだった。 その闇が生まれ出(いずる)のは北の方にある、ノースウェル。彼はその国の絶対的力を持つ闇の王であった。 小さな闇は広がり、かつては光が満ちていたその場所はすでに消え失せる。 闇の王の力は日に日に強大になり、この地、ガルト国を支配していった。 彼は玉座で笑みを浮かべ、配下の者たちを見下ろす。 しかし、その笑みは長くは続かなかった。突如として南の方に天空を貫く一閃の眩い光が現れたのだ。 闇の王の僕たちはざわめき、何事かと目を細める。 「現れたか」 彼はひとたび薄い唇を動かしそう言うと、片手を上げ、周囲のざわめきを制した。 ふたたび静寂が流れる。 沈黙を宿したその中で、彼は玉座から御腰を上げた。 "混沌たる闇が世界を覆い尽くすとき、外界より出でし救い主が差し伸べられん。 その者、容姿たるや光を御身にまといし者也。 ひとたび彼の者の姿を見た者はたれであろうとも足下に跪く。 そして混沌に染まりしこの世界を、ふたたび光へと導くであろう。" たしかそういう言い伝えがあったことを彼は思い出した。 闇色に染まるゆったりとした外套(がいとう)をひるがえすと、そのまま何も語ることなく歩を進める。 彼に続くのは闇の鋭兵たちだ。 目指すは南の方、ガルト国城の要塞、ヘルム。 斯(か)くして、闇の王は僕を引き連れ、行進をはじめるのだった。 ★†混沌の魔王・完†★