★†★ 翌日、目を覚ましたルーファスの傍らには昨日拾ってきた救世主と思しき万里の姿がない。 慌てて広い城内を探し回った末に見つけたのは、あろうことか、ルーファスや兵士たちの身の回りの世話をしている屋敷の僕たちがいる厨房だった。 「美味しい?」 「美味い! こんなに美味いもんは生まれてはじめてだ!!」 「そっか……よかった。こっちの世界にも同じ具材があるんだね」 万里は食事を作り、彼らをねぎらっているではないか。 悪魔ともあろうものが、頬を緩めて楽しそうに会話しているとはなんと嘆(なげ)かわしいこどだろう。 人びとに恐れられている姿はそこに微塵(みじん)も感じない。 ルーファスは怒気を含んだ歩調で厨房に詰め寄れば、彼に気がついた万里が例のごとく、向日葵(ひまわり)のような満面の笑みを向けた。 「あ、ルーファス。おはよう」 「何をしている?」 「えっと、お料理。お世話になるから、これくらいのことはしなきゃと思って……ルーファスもどうぞ。口に合えばいいんだけど……」 席に着き、出された食事を頬張る僕たちを、ジト目で見下ろすルーファスに、万里は腹を減らしているのかと思ったのか、椅子をずらし、彼を座らせた。 「ポトフ、うまくできたの」 「美味いです。えっと、何が入っているんでしたっけ?」 「うんとね、キャベツでしょ? にんじんに玉ねぎ。じゃがいもと、お肉はベーコン。ローレルの葉っぱを入れてトマトと煮込むの」 「なるほど……臭みが消えていい感じですな」 万里の言葉に、使い魔はおろか、ルーファスの鋭兵――背には蝙蝠(こうもり)のような漆黒の翼を生やし、頭に二本の角を持つ邪悪な姿をした強力な魔力を持つデーモンさえもがスプーンを手にして大きく頷いている。 「食材はどうやって調達したのだ?」 まさか万里を連れて強奪などという危険な行動には出ないとはないとは思うが、万が一ということもある。なにせ自分たちは凶悪な悪魔なのだ。 万里と仲良く相づちをうつ彼らに尋ねるルーファスの眉間に深い皺が刻まれる。 「ああ、それですかい? 実はルーファス様に秘密で配給係がこっそり育てていたマーちゃん畑に野菜が育ちまして、そこから取りやした」 (……はあ?) 『マーちゃん畑』 『野菜を育てる』 デレデレと嬉しそうに話す僕に、ルーファスはもうどこから尋ねていいのやらわからない。 もしかすると、あのろくでもない王族たちよりも、自分の僕たちが一番人間らしいのではないかと思ってしまう。 万里の登場で僕たちの思わぬ趣味が露見(ろけん)した。 困惑するルーファスを余所に、彼の部下たちはそっちのけで万里と楽しそうに食事をしている。 「万里殿。まだポトフはありやすか?」 おそらくは大きな平皿にたっぷり盛られていただろうポトフを平らげたデーモンは大声でお代わりを強請(ねだ)った。 「うん、ちょっと待っててね?」 お前たち馴染(なじ)みすぎではないか? などと思うものの、デーモンを咎(とが)めることができない。 それはルーファスが、万里を連れてきたからに他ならないからだ。 そして彼自身が可愛いもの好きだからどうしようもできない。 「ルーファス様、あの子いいですね。和みます。ずっと居てもらいやしょうよ」 デーモンは頬を緩め、ルーファスに耳打ちをする。 「それがいいです。ずっといてもらいやしょう」 また別のデーモンが頷いた。 だがしかし、万里はおそらく救世主だ。自分とは相まみえぬ存在でしかない。 いつかは出て行ってもらわねばならないと思いつつ、しかし楽しそうな万里に出て行けとは言えない複雑な心境のルーファスだった。 ★†しもべ心をつかむなら胃袋をつかめ!!・完†★