(一) 縁側から見える四季折々の緑や花が、どこから吹く風に揺れる。 お天道様から長い日差しが座敷まで届く。穏やかな昼下がり。今日は公儀からの仕事もなく、藤次郎は銀之助と久しぶりにのんびりと過ごしていた。 時折、子供たちがはしゃぐ声が聞こえてくる。 静かな日だ。藤次郎を膝枕にして、目を閉じている彼の口元が緩んだ。藤次郎はそれを見逃さない。 「何か可笑しいことでもあったの?」 「ああ、お前と出会った当時を思い出していた」 藤次郎が訊(たず)ねると、銀之助が答えた。 藤次郎は慌てた。できることなら過去のことは忘れたい。藤次郎の過去は思い出したくもない辛く、悲しい日々だった。そして、過去を思い出すたび、自分が如何に愚かで浅はかだったのかを知らされるのだ。しかし、あの過去がなければ銀之助には出会えなかったのも事実。だからけっして悪いものだったというわけでもないのだ。 しかし、好いた人に自分の愚かしい過去を思い出されるのは恥ずかしい。 「……忘れてよ。恥ずかしい」 消え入りそうな声で、藤次郎が告げる。 「いいや。柄にもなく子供を助けるその様は見ていて胸がすっとした。俺はますますお前を気に入っているんだ」 太くてたくましい腕が藤次郎へと伸びる。その指が、藤次郎の赤い唇をなぞった。