(七) 藤次郎の身元が知れたその後、男は旅装束に身を包んだ阿片の密売人と関所前の食事処で待ち合わせた。 「目をつけられたってのは本当か?」 「ああ、間違いねぇ。俺たちがお縄になるのも時間の問題だ。だが、証拠がない。だからほとぼりが冷めた頃にまた落ち合えば、がっぽり儲けることができる。お前はこれから旅に出ろ。これは餞別(せんべつ)だ」 男は懐から風呂敷に包まれた金子を渡した。 「ああ、ありがてぇ、恩にきる」 旅装束の男はそう言うと腰を上げた。 (やれやれ、これでひと安心だ) 男は大きなため息をついた。 残るは最後の一仕事、藤次郎をどうするか、だ。 裏切りがあったことを思い返しただけでもはらわたが煮えくりかえる。 男が宿屋に戻ると、座敷には藤次郎が何食わぬ顔で座していた。 「藤次郎」 男は藤次郎の傍まで行くと彼の腕を引っ張り、懐に閉じ込めた。 「いったいどうなすったんですかい?」 どの面下げて尋ねてくるのだろうか。 様子を窺うこれも密偵の仕事であるとすれば、実に腹立たしい。 男の苛立ちは募っていく一方だ。 「藤次郎、どうやら俺はお前を買いかぶりすぎていたようだ」 「何のことですかい?」 男の言葉に、藤次郎は眉を潜めた。 「お前は俺に何か秘密にしていることがあるだろう?」 「何もありやせんぜ?」 静かに告げた藤次郎の声はいつもの調子だ。 だが、彼の表情に焦りの色が浮かんだのを男は見逃さなかった。 男はますます確信を持ちはじめる。 「藤次郎! 言えっ! お前は公儀の隠密なのか!?」 「何をおっしゃるんです? 俺はあんたと同じ穴の狢(むじな)ですぜ?」 実際、藤次郎は過去に人殺しという大罪を犯している。 密偵に成ったのは、銀之助と出会ってからだ。それまでは人斬りとして生きてきた。 藤次郎の父親は人殺しの罪人で、母親は父に見切りをたてて家を出た。 自分は父と同じ人殺しの血が通っている。 血を好み、狩りを愉しむ残忍な者だと思っていた。 だがそれは違った。 銀之助と出会い、接しているうちになぜだろう。人としての思いやりや心を知ることができた。 自分はこれまで人の命を奪ってきた罪を償わなければならない。 たとえ、死を以(もっ)てしても――。 「藤次郎、貴様……殺してやる。抱き殺してやる!!」 男は素早い手つきで藤次郎の男帯を外すと身動きできないよう、両腕を固定した。 それから、袂(たもと)から帯紐を取り出し、藤次郎の根元を縛る。 自らの雄を彼の後孔目掛けて勢いよく穿った。 深い抽挿が繰り返される。 「何をっ! っあっ」 肉壁を掻き分け、藤次郎の前立腺を男の雄が擦り上げる。 男を知っている藤次郎の身体は過敏に反応し、腰を揺らした。 前立腺を刺激されるおかげで射精感が彼を襲う。 しかし、根元を縛られている紐が邪魔だ。精を吐き出したいのに吐き出すことを許されず、藤次郎の視界が揺れる。 「っひ、ああっ!!」 男の白濁がだくだくと最奥へと注がれる。 だが、男はそれで満足しなかった。 「精力剤を手に入れてな。試しに飲んだんだ。俺の種が欲しいだろう? もっとやろう。もっと注ぐぞ?」 男は藤次郎の魅惑的な後孔から引っこ抜くと、美しい肢体に射精する。 そしてまた、彼の魅惑的な後孔を勢いよく穿たれた。 男が抽挿を繰り返す度に腰を打ち付ける音が藤次郎を打ちのめす。 「放せっ、誰か!!」 男の責め苦に初めて助けを求める藤次郎の唇は分厚い唇に塞がれ、声を掻き消された。 「っふ、うううう……」 口内を蹂躙する男の滑った舌が気持ち悪い。 藤次郎は顔を歪め、それでも抗うことができず、腰を振る。 (銀之助様……) このままでは本当に抱き殺されてしまう。 恐ろしい結末が藤次郎の頭を過ぎる。 せめて、せめて今一度だけでも、銀之助に会いたかったと藤次郎は思った。 けれども自分は所詮罪人で、真っ当に生きる彼とは釣り合う筈もない。 藤次郎は目を閉ざし、絶望に打ちひしがれた。 周囲には、自分を穿つ男が打ち付ける卑猥な音と、男が放つ白濁の水音が覆う。 藤次郎の意識が散漫になり、朦朧とする。 「藤次郎、俺は信じていたってぇのに!!」 接吻の合間に告げられる言葉。荒い息が藤次郎の顔に降りかかる。 「んっ、ふぅうう……」 強く握った拳は力を失い、ぐったりする。 その中で、障子が開く音と複数の足音が微かに聞こえた。 「ここはもうすでに包囲した! そこまでだ、弥兵衛(やへえ)!!」 座敷に入り込んだ同心数名が男の周りを囲む。 だが、男は往生際が悪かった。 「このままじゃ終われねぇ! こいつもあの世へ道連れだ!!」 「あっ……」 藤次郎と接合していた雄を引き抜くと、懐から小太刀を取り出した。 鋭い切っ先が藤次郎の喉元を貫かんと固定される。 「道を開けろ、こいつを殺す!!」 藤次郎を盾にして男は座敷を離れる。 「そうはさせん」 気配もなく背後からやって来た。藤次郎の首下に突きつけた刃物を持つ手が捕らえられた。 「ぎんのすけ、さま……」 男に捕らえられている藤次郎が、彼の名を愛おしげに呼んだ。 男は、新たに現れた伊達男に腕を後ろに回され、固定されると同心の縄に巻かれた。 「無事か、藤次郎」 解放された藤次郎の身体が力なく傾けば、力強い腕に抱き留められた。 「銀之助様」 「もう大丈夫だ」 銀之助のその言葉に藤次郎は張り詰めた息を解く。 「俺を捕らえても仲間の居場所はわからずじまいだぜ?」 最後の悪あがきだと、男は分厚い唇を歪ませ笑う。 しかしそれさえも銀之助は手を打っていた。 「果たしてそうかな? お前は上手く相方を逃がしたと思っただろうが、九つ時、お前は関所前にある茶屋で男と会っていたな?」 銀之助はそこまで言うと、男の勝ち誇った顔が真っ青になった。 でっぷりとした身体は力を無くし、床に膝をつく。 「阿片を密売している男は捕らえさせてもらった。弥兵衛、神妙にお縄を頂戴しろ!! 引っ立て!!」 同心の言葉に、一同は立ち上がり、斯くしてこの一件は終わりを告げた。 「藤次郎、辛い目にあわせたな」 後に残ったのは銀之助と藤次郎のみだ。 銀之助は、涙で濡れた藤次郎の頬を撫でてやる。 「いえ、俺はもう覚悟していたから……」 「あとはお奉行がなんとかしてくださるだろう。藤次郎、宿屋へ行こう」 熱を持つ身体が宙に浮く。 藤次郎を横抱きにすると、銀之助は隣の宿屋へと向かった。 ―悲鳴・完―