◇ 朝は生きている限り、必ずやってくる。閉じた瞼の裏に明るい光が差し込み、春菊は目を開けた。 すると、縁側に続く真っ白い障子に、部屋を隔てるための麩(ふすま)が見えた。 十畳もあるここは、ひとりで生活するには広すぎる。 この部屋は、春菊が大好きなあの人に身請けされて二週間、ずっと見続けている景色だった。 ただひとりきりで……。 いつもの日常であるならば、春菊はひとりで迎える朝を寂しいと思うはずだ。 それなのに、今日はどこか気持ちが清々しい。これはいったいどういう了見だろうか。 春菊は考えるものの、それでもその気持ちに思い当たるような節もなく、気のせいだと思った。 だって、病弱な春菊の立場はなんら変わらない……。 今朝方、春菊はとても幸せな夢を見た。ずっと想い続けていた、匡也に抱かれ、愛を告げられるという夢を――……。 しかし、あれは現実ではなく、ただの夢にすぎない。妙に現実味を帯びたように感じたのもただの気のせいだ。 そう思うのは、隣に彼がいなかったし、それに服や寝具だって、乱れた形跡はなかったからだ。 それに、病弱で、娼妓であるはずの自分は、唯一得意とされる夜伽さえも何も知らないのだ。そんな役立たずの娼妓に、いったい誰が、『好き』や『愛』を告げてくれるだろう。 あれは夢で、ただの仮想だ。 そう言い聞かせるのに、なぜかそれを受け入れることができない自分がいた。 昨日の昼間、匡也の母親に告げられたこと――。 『さる立派なお屋敷のお抱え医師になるお声がけ』があるのならば、絶対に縁談の話をすすめるはずだ。彼はそうしていい奥さんを迎え、幸せな家庭を築く。 色子を囲っていると世間に知られれば、匡也の立場は悪くなる一方だ。 彼に身請けされたまま、ここに残れば、自分は必ず邪魔になる。 一刻も早くここから出ていかなければ、と、そう思った深夜――。こっそり抜け出して、川で命を落とそうと考えた。 だが、結局は匡也の屋敷で朝を迎えている。 ――ということは、昨夜はきっとあまりのショックで泣き疲れて寝てしまったんだろう。 だから深夜、春菊が川に行ったと思ったのは、きっと夢の中のものなのだ。 春菊は、期待してはいけないと、匡也と夜を共にしたあの出来事が夢だと自分に言い聞かせる。 自分が匡也に抱かれることは有り得ない。 だって自分は、両親の借金の過多に売られた子だ。 同情されこそすれ、恋愛感情なんて持たれるわけがない。 けっして……。 それなのに、夢の中の出来事が本当にあったことだと勘違いしてしまいそうな自分がいる。 なんて愚かだろうか。天地がひっくり返ったってそんなこと、起こりはしないのに……。 「っく……っふぅ……」 勘違いするなと自分にそう言い聞かせれば、その分だけ、春菊の胸が締め付けられ、痛んだ。 穏やかな朝の光が、春菊の貧弱な身体を包み込むのに、それでも全く清々しい気持ちにはなれず、目からは涙が溢れてくる。 春菊はとうとう耐えられなくなり、泣き声を殺して泣いた。 シミがつくからいけないと思いつつ、それでも、大好きな彼を想うと、涙が止まらない。 「うっ、ふぅっ……匡也さん……。匡也さん……」 何回、彼の名を呼んでも、けっして姿を現さないのは知っている。 彼はとても腕が立つことで有名な医師で、しかも近々お嫁さんをもらって身を固める。こんな子供を相手にしている暇はない。 それに、ここは広い屋敷の中だ。こんな小さな声で彼の名を呼んでも、けっして春菊の声は聞こえない。 なにせ、この部屋から匡也の部屋に行こうとするならば、麩(ふすま)を三つも開けなければいけないのだから……。 「春菊様、お外はとてもいい天気ですよ?」 擦るような音と共に、障子がゆっくりと開くと、少女らしい明るい声がそこから聞こえる。 彼女は春菊の世話をするためだけに雇われた、侍女のハルだ。 ハルは、細身で色白なのに、とても働き者だった。 後ろに束ねられた漆黒の髪がくりっとした目を強調させて、小さな顔に小鼻がちょこんと乗り、とても可愛らしい娘だ。 春菊は思う。きっと匡也は、こんな女性が好きなんだろうと……。 そうして彼は、自分にはない、可愛らしい女性と所帯を持つのだ。 そう思うと、春菊の目から、また新たな涙が込み上げてくる。 「どうかなさったんですか!?」 褥の上でうずくまり、泣いている春菊をすぐさま見つけた彼女は、大きな目をいっそう大きくさせ、自分を見下ろしていた。 「旦那様!! 旦那様!!」 そして、小さな唇を開けた彼女は、細い身体のどこでそんな声が出せるのかというくらいの大きい声を出し、この屋敷の主人である匡也を呼ぶ。 春菊は慌てた。だって今、匡也を呼ばれれば、ただでさえ彼には迷惑をかけ通しなのに、余計、迷惑がかかってしまう。 そうなれば、優しい彼のことだ。大切な仕事にも行くことが難しくなるかもしれない。運が悪ければ、お抱え医師の話もなくなってしまう。 春菊は乱暴に目を擦り、涙を拭った。 「ハル? どうしました? 春菊、何かあった?」 春菊が涙を拭ったと同時に、タイミング良く、新たな人物がやって来た。 長身で肩幅が広く、涼やかな相貌をした粋(いき)な男性は言わずとしれた、ここの屋敷の主。 春菊の想い人である匡也だ。 春菊の前に現れた匡也は、普段とても冷静なのに、今はなんとなく慌てているようにも見えた。 それはきっと、仕事に行く支度をしていたのに呼び出されたからに違いない。 「なんでもない。ちょっと怖い夢、見ちゃって……」 匡也に心配をかけてはいけない。 そう思い、春菊は眉毛を下げて口元に笑みを作る。 これでなんとか笑っているように見えるはずだ。そう自分に言い聞かせ、匡也とハルに笑顔を向けた。 ……それなのに、匡也の表情はますます曇っていくばかりだ。 どうやら、安心してもらおうと意図した春菊の微笑みは、見事に失敗したらしい。 微笑みさえも上手くできないなど、お客の接待をしなければならない色子として失格だ。 自分はどこまでも役立たずな人間なのだと、春菊は自分自身を戒めた。 「おハル、ここはいいから食事の用意をお願いするよ」 匡也がそう言うと、ハルは素直に頷き返した。 それでもハルは春菊を気遣い、目配せをしたあと、彼女はこの場を去っていった。 残されたのは春菊と匡也だけ――。 ふたりきりになるのが久しぶりで、正直何をどうすればいいのか戸惑ってしまう。 いや、それだけではない。匡也には仕事がある。 彼は、こんな役立たずな自分のことで時間を潰すような気楽な身分ではないのだ。 「なんでもないよ? ハルが早とちりしただけなんだ、ほんとだよ? 早くお仕事に行く準備をしなきゃ!!」 春菊は、匡也に心配をかけまいと、わざと明るい声を出し、元気だということをアピールするため、寝間から腰を上げた。 立ち上がったその途端、春菊のほっそりとした腰の辺りが痛みを訴えた。 同時に、身体が揺れる。 「春菊!!」 春菊は転げ落ちそうになったものの、しかし、全身にやってくるだろう痛みは感じなかった。 なぜだろうと、不思議に思い、見上げると、そこには整った匡也の顔があった。 「昨日の今日だ。下手に動くのはよくない」 眉尻を下げた匡也が、そう言った。 (昨日の今日?) 対する春菊は、彼が口にしたその言葉の意味を理解できずにいた。 (……昨日、俺……。何かしたっけ?) 春菊は、自分に思い当たる節がないかどうか、思考を働かせ、考える。 匡也のその言葉はまるで、春菊が重労働をしたかのような口ぶりだった。 しかし、昨日は匡也のお母上に会っただけで、別段、何をするわけでもない。ましてや、春菊は身体が弱い。腰に負担がかかる運動など出来るはずもないのだ。 意味が分からず、ぽかんと口を開けた、間の抜けた顔をしている春菊を見下ろし、匡也はいまだ眉尻を下げ、心配そうにしていた。 「何かあった? 夢の中のことでもいいから言ってごらん? 少しは楽になるから」 それはとても優しい声音だった。 その声に、言葉に、仕草に……思わず寄りかかりたくなってしまう。 でも、それはできない。いったい誰がどのツラを下げて、『匡也さんに好きだと言われた夢を見た』などと言うことができるだろうか。 身分違いも甚(はなは)だしい。 だから春菊は首を振り、なんでもないと、そう答えた。 「春菊……?」 だが、やはり匡也は春菊の言葉を信用しない。 眉尻は依然として下がったままだった。 「ほんとう、なんでもないんだよ。ホラ、お仕事行かなきゃ!! ね?」 このまま自分の傍にいれば、優しい匡也に甘えたくなってしまう。 それに、いつまでも身体が接近していると、今朝方、見た夢のことをまた連想してしまいそうになる。浅はかな夢を現実にしたいと思ってしまう――……。 このまま、こうしていてはいけない。 優しい彼を、春菊のおかしな考えで汚してしまう。 だって彼が自分を身請けしたのは、身体が弱っているにもかかわらず、無理矢理水揚げをさせられようとしたからなのだ。 相手が誰であれ、優しい彼は、誰でも簡単に身請けするだろう。 だったら、これ以上浅はかな望みを抱く前に、すぐにこの屋敷から出て行かなければならない。 (――今日、匡也さんがお仕事にでかけたら……ハルが洗濯に行った隙を狙ってココを出よう) それがいい。 そうするしか、自分に定められた道はない――。 春菊は、そう心に決めて、ふたたび笑みを浮かべた。 「春菊……また何かおかしなことを考えているね……?」 それなのに、匡也は春菊が今、どういう心境でいるのかをすべて見透かしている。 彼はぽつりと呟くと、腕から抜け出そうと、分厚い胸板を押す春菊の細い肩に腕をまわした。 そして……。 「んぅ!?」 突然息苦しくなった春菊は、目をこじ開けた。 何事かと思い、目を瞬かせ、そうして今、置かれている自分の状況に驚いた。 それは、近くにあった薄い唇が、春菊の口を塞いだからだ……。 「んん、んんぅ……きょっ、あっ!!」 なぜ、こうなっているのだろうか。 春菊が匡也の名前を呼ぼうと口を開けると、生ぬるい感触が口内に滑り込んできた。 「んぅ……ぅぅぁっ」 (どうして? どうしてこうなっているの?) 突然の出来事に、春菊の頭が真っ白になってしまう。 おかげで春菊の口は閉じることができない。 驚く春菊を尻目に、しかし匡也は重ねた唇を離そうとはしなかった。 それよりも、重ねた唇はよりいっそう、深くなる。 彼の熱い舌が春菊の歯列をくぐり、口内を我が物顔で蹂躙する……。 「ん、ん、んっ」 クチュクチュと、卑猥な水音が、春菊の耳を犯していく……。 「んぅっ」 (匡也さんっ!!) 春菊は、狂おしいほどの熱を感じて、反射的に匡也の反物を掴んだ。 「……んっ」 ややあって、俺の口を塞いだ匡也の唇が離れた。 その後を追うように、一筋の糸が繋がっている。 頭がぼうっとなり、もはや春菊の思考回路は停止してしまった。 あるのは、熱をもちはじめた身体のみだ。 「今日はどこにも行かないよ。仕事先にはそう伝えてある。君の身体が心配だからね」 春菊には、彼の言葉が理解できなかった。 だって、春菊の身体は匡也と、侍女のハルのおかげで、もうすっかり健康になったし、これといって特に病気を患っているわけでもないのだ。 それなのに、彼は春菊の身体を強く抱きしめる。 こんなふうにされると、春菊は匡也に、そういう対象として見られているのだと勘違いしてしまいそうになる。 違う……。 そんなことはない……。 きっと彼は、自分の夢見心地が悪いから、だから慰めてくれているだけだ。 結局のところ、この深い口づけにも彼にとっては意味を成さないものなのだ。 だって、彼を想っているのは自分だけで、彼は自分を情けで囲ってくれているだけなのだから……。 そう考えると、春菊の小さな胸が張り裂けそうに痛み出す。 今、抱きしめられているのも、さっきの口づけも全部、彼なりの慰め方なんだと思えば、とてもではないが、この痛む胸に耐えることができなかった。 せっかく止めた涙が、じんわりと、また溢れてくる。 「春菊?」 涙を流す春菊の頭上から、自分を気遣う優しい声が落ちてくる。 (やめて!! 心配そうな声で俺の名前を呼ばないで!!) 「いい……もう、いいんだ……俺、ココを出て行くから……」 匡也を想って溢れた涙は頬を伝い、一筋の線を作って流れていく。 その涙は、彼の反物を掴んでいる春菊の手の甲に落ちた。 「春菊? お前は何を言って……」 「いいんだもう。これ以上、傍にいちゃいけないことくらい、分かってるからっ!!」 募っていくばかりの想いを断ち切るため、春菊は匡也の言葉を遮った。 「怖い夢っていうのは、ほんとうは嘘だ。匡也さんに好きだと告げられた夢を見たんだ。抱きしめられて、さっきみたいな口づけをされて……。 そんなこと、ないのに……。だけどそれが現実だと思い込んでしまいそうになる!! 現実と夢の区別がつかなくなる前に、早くココから出たいんだ……」 (匡也さんの邪魔にならないうちに……) 春菊は、彼から離れるため、真実を告げた。 静かになった空間の中、春菊のシャクリだけが響く。 これで彼とはお別れなんだと、春菊は思った。 だって、彼には有望な未来がある。それに、自分は所詮男。彼と同性の自分が、いつまでも傍に居られるわけがないのだ。 そう自分に言い聞かせ、絶望に暮れる春菊だが、それはすぐに打ち消される。 ふいに、春菊の身体が浮いたのだ。 ――かと思えば、敷布団の上でうつ伏せの体勢へと変化した。 何事かと思った矢先、匡也の熱い吐息が、春菊の耳をかすめた。 あろうことか匡也は、春菊の後ろから被さってきたのだ。 「あ、あの、匡也さっ!!」 戸惑いを隠せない春菊をよそに、匡也の手は、華奢な腰に巻いてある帯を解いた。 「え? あのっ!?」 衣擦れの音が聞こえて、半ばパニックになりながら、顔を上げれば、着物の合わせ目へと手が伸びてくる。 手はそのまま春菊の柔肌をなぞりながら、そうして後ろへと進む――。 這わされたそこは、色事を求めてやって来たお客を迎える秘部だ。 「っはぁうっ!!」 後ろの窄まりに骨張った指が挿入された瞬間、春菊の身体に若干の痛みが走った。 「ココに痛みを感じるだろう? なぜだか分かるかい? 今朝方、俺をココで受け止めたからだよ。……そのことは夢じゃなく、本当にあったことだとしたら、君はどうする?」 (――えっ?) 「なにを言っ……ひぅっ!!」 春菊は彼が言った意味が分からず、訊(たず)ねようと口を開く。 しかし、秘部をまさぐる骨張った指は、春菊の言葉を遮った。 そのままさらに、中を進み続ける。 「ほら、ココは濡らしてもいないのに、難なく俺の指を咥えた。その理由は、俺が何度も貫いたからだ」 「え? あっ、なんっ」 後ろにいる匡也の顔を見るため、頭を少し傾ける。 すると、薄い唇が孤を描いているのが見えた。 「この先に、君が感じた部分があるよ? 擦ってみようか」 匡也は何かを企むかのように口角を上げると、秘部に充てがった指を二本に増やし、折り曲げたり伸ばしたりを繰り返す。 彼は、春菊の秘部にあるただ一点のみを執拗に擦り上げた。 「んぅっ、ひぃああっ!!」 骨張った指が動くたび、春菊の華奢な腰は褥の上を跳ねる。 見下ろせば、自身が大きく膨らみ、匡也を求めて熱をもちはじめた……。 しかし、春菊はどうしようもない狂おしいこの感覚を味わうのは、これが初めてではない。 ――それは夢の中で、匡也と身体を重ねた時にも感じたものだった。 「や、やぁんっ、ああっ!! ダメ、出るっ、出ちゃうっ!!」 匡也に中を擦られるたび、ビクン、ビクンと震えてしまう、淫らな身体は――大きく膨れ上がっている自身からも、雫を流していた。 このままでは布団を汚してしまう。 快楽から逃れようとする春菊とは反対に、匡也は口元に笑みを浮かべたまま、秘部の中で指を動かし続ける。 「いいよ、出しなさい。乱れる姿がもっと見たい……」 「っあ、やっ、やああっ……」 匡也の言葉を聞けない。春菊は、首を左右に振り、いやいやを繰り返す。 もう止めてとそう言った春菊に、しかし匡也はそれを拒絶する。 春菊は布団を汚したくなくて、下腹部へと両手を伸ばし、自身の付け根を押さえた……。 「ぃ、ああっ!!」 これで汚さずにすむ。春菊は、自分の先走りで褥が汚れることを恐れ、吐精を防いだ。 だが、そのおかげで狂おしい強烈な吐精感が春菊を襲う。 「春菊!?」 これに驚いたのは匡也だ。 まさか彼がこういう行動に出るとは思わなかった。 激しい吐精感に苛まれた春菊は首を左右に振り、涙を流す。 そのたびに、目の端では大粒の涙が飛び散る。 「くるしっ、ああっ!! 匡也さっ!!」 「バカ、手を離しなさい!!」 匡也はそう言うものの、これ以上、自分のせいで何かを汚してはいけないと、自分を戒める春菊は匡也の言うとおりにはできなかった。 「っひぃああっ!!」 春菊はただひたすらやって来る射精感を抑え込み、必死に首を振り続ける。 「春菊……君という子は……」 匡也の薄い唇が孤を描く。 苦笑する吐息が、春菊の頬をかすめた。 春菊の身体が大きく弓なりに反れる。 「ぅああっ、ダメ、だめ、だめっ!!」 あろうことか、秘部を弄る手とは反対の手が、春菊自身に触れてきたではないか。 彼の大きな手が、春菊の両手を包み込み、その上からこね回される。 おかげで自慰でもしているような、そんな気分になってしまう。 「ん、っふ、やぁっ、これやぁっ!!」 匡也の手が動くたび、春菊の手も動き、先端から溢れた雫がいやらしい水音を奏でる。 春菊は後ろと前を同時に弄られ、おかげで耐えられないほどの狂おしい熱が襲う。 快楽の波が春菊を覆い、身体が小刻みに震える。 「やぁだっ、ぬるぬるするっ、っふぇっ!!」 大好きな匡也の前で、自らが自身を握り、擦り上げる。 ――言い知れない羞恥。 それがさらなる快楽となり、春菊を喘がせる。 自身を直に触れているおかげで、もうこれ以上ないくらいに膨れ上がっているのが分かる。 今にも吐き出してしまいそうだ。 「なら、この手をのけなさい」 意識に埋もれてしまいそうになる中、優しい誘惑が春菊に囁く。 (でも……そんなこと……) 「だめっ!! 汚すからっ、できないっ!!」 甘い誘惑を拒絶する春菊。 すると、前と後ろを弄る手は、やわやわと動かすだけになった。 そうなると、次に生まれるのは、ほんの少しの考える余裕だ。 その時だった。匡也の低い声が、春菊の耳に直接入ってきた。 「春菊、君は汚れてはいないよ?」 みぞおちに、彼の声が響く。 「っつ!!」 それは春菊が常に思っていること――。 それを、匡也にぴしゃりと言い当てられ、春菊の身体が静止した。 ――そう、春菊は色子だ。 たとえ水揚げがまだだったとしても、彼のような綺麗な存在ではない。 それに、廓では、匡也を想い、自慰さえもしたことがある。 そんな自分が汚れていないと、いったい誰が言えるだろう。 春菊と彼との身分は、あまりにも違いすぎた。 それを知っているからこそ、春菊は自ら、彼との距離を置いた。 春菊は、いずれ、匡也が自分から離れていくだろうことを理解していた。 今はいい。だが、いつかはきっと、彼は彼が想う女性と所帯を持つはずだ。 そうなった時のため、春菊はいつでも匡也から離れられるようにしておかなければならない。 「愛している。君が達する姿を見たい……。綺麗だよ、春菊……」 「ん、っふぅっ」 しかし、春菊のそんな無謀とも思える意志は、匡也の甘い誘惑によって簡単にねじ伏せられる。 ねっとりとした何かが、春菊のうなじをなぞった。 それが匡也の舌だと理解した頃には、彼の薄い唇が春菊のうなじに吸い付いていた。 (匡也さん……) 大好きな人に綺麗だなどと告げられれば、もう何も言えなくなってしまう……。 春菊は、尚も攻め続ける匡也にとうとう観念し、自分自身を抑える枷という名の、手を外す。 そうして結局は彼に、触れられることを――吐精することを受け入れてしまう。 そうこうしている間にも、匡也の熱い口づけが春菊のあらゆる場所に落ちてくる。 「あっ、きょうやさっ……」 そこにはもう、自分を戒める言葉もなかった。 あるのはただ、愛する匡也を感じている自分だけだ。 春菊は身体をひらき、匡也に溺れていく……。 それを感じ取った匡也は、秘部を弄る指を大きく動かした。――いや、それだけではない。 春菊の手という枷がなくなった自身を、匡也の手がすっぽりと覆い、上下に扱いたりと自由に這い回る。 そのたびに、奏でられる水音。 「ひぃああっ、匡也さんっ!!」 「今朝のあれは夢じゃない。春菊、本当に愛しているんだ。春菊、君しかいらない……」 肩口に唇を押し付けられ、愛おしい人にそう告げられると、春菊の胸が高鳴った。 これは夢だろうか。 告げられた言葉に、春菊は快楽に溺れながらも耳を疑った。 だが、その言葉に抗う力は、春菊にはもう残ってはいなかった。 彼への慕情が、あまりにも大きくなりすぎていたのだ。 「匡也さん……俺、俺もっ!!」 ――好き。 そう言った瞬間、身体が反転する。 また、寝間の上で仰向けにされた。 身体を包んでいた着物は、匡也に帯を抜き取られ、前がはだけている。 太陽の白い光が、見窄らしい色白の身体を包み隠さず照らした。 そんな春菊の目の前には、瞳孔が開ききった、雄を漂わせる彼がいる。 真っ直ぐに見下ろされる匡也の、獣じみた視線は熱を帯びていた。熱い視線が、春菊の身を焦がしていく。 匡也の指が、春菊の秘部から引き抜かれる。代わりに現れるのは、大きく反り上がった、彼自身だ。 (おおきい……) 自分とは違う健康的な彼の姿に、春菊は思わず大きく唾液を飲み込んだ。 「君といると、こうなるのは日常茶飯事だ。今まで、コレを隠すのに、どんなに苦労したか君は知らないだろう?」 苦笑まぎれにそう言われ、春菊の胸がまた高鳴る。 「匡也さん……隠さないで……もう、隠さないで……」 春菊がそっと手を伸ばせば、匡也は自分の手をとって、口づけを落とした。それはおそらく、自分を貫く彼なりの合図だろう――。 春菊は同意の印に大きく頷き、匡也の後頭部へと手を回す。 春菊のそれを同意と汲み取った匡也は、細い脚の間に身体を埋め込んだ。 匡也は低い唸り声を上げ、反り上がった自身を、春菊の秘部目がけて穿つ。 「っひぁああああっ!!」 狂おしい熱を帯びた、彼の太い楔が、春菊の内壁を掻き分け、最奥を目指して進む。 おかげで春菊の意識は何度も飛ばされそうになった。 「春菊……愛している。他の男に水揚げされると知らされた時、俺がどんな気持ちだったかわかるかい? 熱に浮かされた君の吐息を感じるたび、俺がどんなに君を奪いたかったか……」 「ああ、ああんっ、なにっ、わかんなっ、ああぅ!!」 とても大切なことを告げられているのに、やってくる快楽で何も聞こえない。聞こえるのは、自分が発する喘ぎ声と、そして匡也自身が内壁を擦る音だけだ。 春菊を求めて何度も繰り返される激しい抽挿に、意識ごと持って行かれそうになる。 「っひ、ああああああああっ!!」 やがて彼の雄が、最奥を貫いた。 春菊は、自分を貫く匡也によって、勢いよく白濁を流した。 褥が自分の白濁で汚れていく――。 背徳感が春菊の心を支配する中、けれど匡也は、とても優しい笑顔で自分を見下ろしていた。 その笑みを見ると、これでいいのかもしれないと、そう思ってしまう。 達したばかりの春菊は力尽き、それでも、にっこりと笑い返す。 すると、匡也は唇を噛み締め、春菊の最奥深くに熱い白濁を注いだ。 「っう、っふ……」 春菊は身体を大きく反らし、匡也のすべてを受け入れた。 思考が飛びそうになる少し前、春菊はこれからも匡也に組み敷かれる日々が続くのだと、そう理解した。 この行為は、顔から火が出るほど恥ずかしい。 しかしその反面、そんな甘い毎日に溺れたいとも思うのだ。 匡也の首に腕を回して甘えると、彼はあたたかな微笑みを浮かべ、抱きしめてくれる。 「好き……ずっと好き……」 春菊は幸福感を胸に抱き、力強い腕の中で意識を飛ばした。 *終幕*