◆ 冷たい川の水を吸い込んだ衣服を取り除かれ、あらわになる白い柔肌を見下ろす匡也は、ほうっと静かなため息をついた。その熱を帯びた、ため息は春菊の頬を撫でる。 春菊は愛おしい匡也にすべてを見られ、羞恥に見舞われた。身体を隠すように腕を巻きつけ、朱に染まった顔を伏せる。 匡也はそんな初々しい春菊に心奪われ、自分も濡れた反物を素早く脱ぎ捨てた。 「春菊、俺が君を奪わなかったのは君の身体を思っていたからだよ?」 匡也は愛おしそうにそう言うと、骨張った指で長い黒髪を梳(す)く。 胸が締め付けられ、何も言い返せない春菊はただただ唇を閉ざし、匡也から受ける熱い視線をどうにかしようと逸(そ)らす。 口を開ければ――。 彼を見れば――。 ただそれだけで喘いでしまいそうだ。 それなのに、春菊の髪を梳いていた長い指は肌を伝い、落ちていく……。 「っふ……」 そろりと流れるようにうなじに触れられた瞬間、春菊の身体が大きく震えた。 「部屋を共にしなかったのは、身体を労(いたわ)ろうとして見受けしたのに、それでもこの美しい柔肌を抱きたくてたまらなくなったからだ……。 ここで君を抱いてしまっては、廓で水揚げをするのと変わらないじゃないか……」 「それでもっ!! それでも、俺は匡也さんに抱かれたかっ……あっ!!」 腕で覆い隠しているはずの春菊の身体は、けれど腕の隙間に潜り込んだ匡也の指が両胸にある頂きに触れた。 おかげで、匡也に『抱かれたかった』という言葉はかき消されてしまう。 本来はあまり感じられない部分であっても、匡也に触れられればどこでも熱を感じてしまう。 春菊は喘いでしまった声を塞ぐため、身体に巻きつけていた腕を外して両手で口を覆った。 ふっ、と笑う彼の吐息が頬をかすめる。 「もっと可愛らしい君の声が聞きたいな……」 耳元で告げられたら、もうどうにもできやしない。恥ずかしすぎて何度も首を振る。 (身体が熱い……) 春菊はみぞおちに熱が灯るのを感じて太腿を擦り合わせると、大きく膨れている自身に気がついた。 (胸に触れられたり、唇を重ねただけなのに感じるなんて……) 「んぅ……」 羞恥が羞恥を呼び、さらに喘いでしまいそうになる。春菊は、そんな初心な仕草が匡也を捕らえていることも知らない。 今日の午後、匡也が家に帰るなり侍女から母親がやって来たと知らされた時は血の気が引くほどの恐怖を感じた。 母が家に来たということは、春菊を見られる可能性があったからだ。そして常識や世間体を重んじる母はおそらく春菊を頭ごなしに怒鳴り散らすだろう。 そうなれば、控えめな春菊は何一つ反論せずすべてを受け入れてしまう可能性が非常に高かった。 春菊は向けられた攻撃を受け止め、自分を殺す方へと意識が向く。 『自殺』という単語も頭に過ぎったのは、あながちハズレでもなかった。 それを侍女から聞かされた時は焦ったが、幸い春菊はきちんと部屋にいて、微量ながら食事もしてくれた。 ほっとする反面、追い詰められた春菊がいつ行動を起こすだろうかと目を光らせていた矢先、春菊が動いたのは寝静まった深夜だったということは言うまでもない。 いつからこれほどまで春菊を想うようになったのだろうか……。 はじめは弟が出来たように接していたはずが、いつの間にか慕情へと変化していた。それを知ったのは、春菊が海を見たいと願っていたその時だ。 熱を持つ彼の頬が蒸気し、短い吐息が赤い唇から放たれるたびに胸が高鳴った。うっすらと滲んだ汗が首筋を流れ、胸を伝ったのを見た時は抱きたいという欲望さえ芽生えた。 彼は自分が知らないうちに美しい色子へと変化していたのだ。 ――そして止めは楼主のあの言葉。 ガマガエルのようなあの顔で、まだ健康ではない身体のまま水揚げをしようとそう言うではないか。冗談ではない。他の男に水揚げされ、しかもそれでまた身体を壊したら……。 それを考えるだけでも虫唾(むしず)が走る。 (春菊は誰にも渡さない) 匡也はふたたび決意すると、胸の頂きを摘み上げ、やがてツンと尖ってくる突起に、指の腹で左右上下に動かしてやる。 「っふ、ん……」 「昨日、母が来たそうだね?」 喘ぐまいと口元を必死に覆う春菊に訊(たず)ねると、彼の身体が小さく震えた。 「春菊?」 「俺は……捨てられるの? 貴方に……こうやって抱かれた後、俺を捨てる? 奥さんを……迎えるの?」 みるみるうちに涙が溢れ、漆黒の美しい瞳が濡れていく……。 先ほど、匡也はたしかに春菊が好きだとそう伝えたはずなのに、彼は自分を捨てるのかと訊ねてくる。 (そんなこと、誰がするか) 匡也は胸の頂きを捏(こ)ねまわしながら話を続けた。 「母から縁談の話しを聞いたね? だが、その件はすでに断っていたんだ」 「ほんと、う?」 春菊は潤む瞳から雫を落とし、逸れた目線を重ねた。それは匡也の言ったそれが真実なのかを知るためだ。 「ああ、愛おしい君がいるのに、他の人間に手を出せるほど、俺は器用じゃない」 春菊を見つめる真っ直ぐな目は、医術を施す時と変わらなかった。 (嘘じゃないんだ……) そう実感すると、胸が高鳴り、悲しみを抱えた心臓はふたたび喜びで鼓動する。 「夢みたい……」 だって、まさか同じ想いだったとは考えられなかった。匡也は立派な医師で、しかもある立派な屋敷のお抱え医師になることも決まっていると聞かされた。 自分とは立場が違いすぎる彼。 それなのに、彼は春菊がいいと言ってくれる。 (天にも昇る気持ちって、きっとこういうことだ……) 「なら、夢ではないことを教えてやらないとな」 匡也の指が、突起を摘まみ上げる。 「あ、あんっ」 おかげで熱がこもった身体に火が付いた。身体の中で何かが這い上がってくるような狂おしい感覚が春菊を襲う。 「匡也さんっ、俺、だけどこういうこと初めてで……」 「安心なさい。君は何もしなくていい」 「あっんぅ……!」 再び匡也に唇を塞がれ、ゆっくり下へと移動しはじめる。 「ああっ」 肌を這う匡也の唇に、指に翻弄され、春菊は身体を反らす。喉仏に唇が移動すると、軽く食まれた。舌を器用に動かし、春菊を攻める。 「……ううっんっ」 「美しい……とても……君の初めてが俺だというのも嬉しいかぎりだ……」 指は胸の頂きから離れ、そうしてみぞおちに円を描くようなぞる。 「あ、ああっ」 どこに手を回せばいいのか分からない春菊は、ただ枕の端を持ち、握りしめていた。その間にも匡也はあらわになる肢体の中心に手を這わせ、彼自身を覆う。 「っひ、ぁああっ!! 匡也さん、匡也さんっ!!」 指を自身に滑らされ、鈴口をこすられれば熱を持つ春菊の先からは蜜が溢れ出す。先端から溢れる蜜を手全体で受け止められ、そのまま擦られれば、生まれでた水音が春菊の耳を襲う。 「やぁああっ!!」 自分でさえも触れたことがないその場所に、まさか他人の、しかも想い人である匡也に触れられるなどといったい誰が想像できただろうか。耐えられないほどの強い刺激に苛まれた春菊は勢いよく精を吐き出した。 「達したんだね、美しいよ春菊……」 「あ、はぁぅ……」 達したために荒い呼吸をする春菊の胸には、先ほど弄りまわしたため、ツンと尖った赤い蕾が乗っている。 膨らんだり萎んだりを繰り返す胸は匡也を虜にしてやまない。 短い口づけを春菊の赤い唇に落とし、彼を扱いていた指が今度は後ろへと這わされる。 「あ、ああっ!!」 これからどうなるのかは、色子としての業務を頭に叩き込まれたから知っている。けれどまさか、自分が匡也に抱かれるとは思わず、緊張のあまり身を固くしてしまった。匡也が双丘の中にある秘部へ指が侵入する前に拒まれた。 「春菊、大丈夫だから……」 身構えなくてもいいと優しく声をかけてくれるものの、それは到底無理な話だ。だって、想い焦がれたその人に身体を奪われるのだ。身構えてしまうのは仕方がないことである。 「っつぅ……」 春菊は頭を小さく振って無理だと答える。 けれど、身体は熱を放つばかりで、早く貫いて欲しいと言っている。 春菊自身が先ほど精を放ったというのに、また勃ちはじめているのがその証拠だ。 「春菊、痛くはしないから……」 どうやら匡也は痛い思いをすることが嫌なのだと思ったらしい。 (違うのに……) 春菊は、内壁を指で中を擦られ、そして匡也に貫かれることをただ恥ずかしいと思っているだけだ。 春菊はこの想いをどう伝えればいいのか分からず、ただ黙していると、匡也の眉尻が下がった。 「無理強いは野暮というものだね」 そう言って、身体が離れていく……。 (嫌だ) せっかく想っていた彼と繋がれる機会をもらったのに、それができないと思えば春菊の心に焦りが生じた。 春菊は枕の端を持っていた手を離し、離れていこうとする匡也の後頭部に腕をまわし――そして、自らの唇で彼の唇を塞いだ。 ほんの一瞬、匡也の呼吸が止まったが、春菊が先ほど匡也にされたようにおずおずと舌を口内へと差し出せば、すぐに匡也の熱い舌が絡む。 重なり合う唇と絡まり合う舌でチュクチュクと水音が生じる。その音が互いの気持ちをより高ぶらせた。 「ん、っふ……」 いっそう深くなる口づけで続きをしてもいいと悟った匡也は、秘部に触れていた指を静かに進ませた。 唇を重ねているおかげで春菊の意識が散漫になっているようだ。匡也の指はすんなりと秘部の中へと入っていく……。 痛みを伴わせないようにと、春菊の精をまとった指が第一関節まで中へ入ると、内壁を刺激するように上下に動かし、さらに先へ進ませる。 唇からも、そして秘部からも濡れた水音が放たれ、それを聞いている春菊は心も身体も大胆になっていく。ほっそりとした長い脚を匡也の腰に巻きつけた。 そうすると、秘部は広がり、指が入りやすくなる。 中にあるしこりが分かった匡也は、指で、そこを丹念に擦り上げる。 「ん、っふぁああっ」 中を擦られ、強い刺激を感じた春菊の唇は匡也から離れ、身体を反らした。 だが、匡也はそれがどこか物足りなくて、彼の唇を再び自分の唇で塞いだ。 「ん、ふうううっ」 熱が灯った春菊の姿がなんとも言えないほど美しく、妖艶だ。早く彼を貫きたいと、匡也の雄が強調しはじめている。 それでも春菊の快楽を引き出してやりたくて、自分のことは後回しにして執拗に秘部の一点を弄り倒す。春菊の身体は小刻みに震え、鈴口からはまた蜜が流れはじめる。 蜜は太腿の間に滑り込み、秘部へとたどり着くと匡也の指を伝って中へと入っていく……。 濡れた音がいっそう春菊と匡也の部屋に響いた。 「ん、っううっ、んっ、んっ」 永遠ともいえるほど、唇を貪っていると、匡也の後頭部にまわっている春菊の手に力が入った。 とうとう限界を感じた匡也は、指を引き抜き、代わりに大きく反り上がっている雄を秘部の入口に充てがった。 「ん、ああっ」 二人の重ねた唇が外れ、けれどもしっかりと匡也の身体に絡みつく春菊の手足は離れないと暗に告げていた。 「愛しているよ、春菊」 ひと言、匡也が思いの丈を伝えた後、潤っている秘部の最奥に向かって強く突いた。 「ひぃ、あああああっ!! 熱い、熱いっ!! 匡也さぁあああんっ!!」 本来ならば、無理矢理ねじ込まれた小さな窄まりは激痛を伴うばかりだ。だが、感じすぎている春菊にはこの刺激が心地よかった。 「春菊の中も熱いよ、俺を焼き尽くすみたいだ」 「ああっ、匡也さん、匡也さんっ」 春菊は狂おしい熱で身体を貫く彼の名を何度も呼ぶ。彼を咥える内壁は初めてということもあり、とても細い。 それはまだ、貫かれたことがないという、何よりの証拠でもある。 匡也の膨らみすぎている雄は痛いくらい締め付けられる。 「可愛い春菊、君は俺のものだ。誰にも渡さない」 言われて胸が高鳴ったと同時に最奥に突き刺した雄が激しい抽挿を繰り返す。 「あ、ああっ、あああっ!!」 これでもかというくらい春菊の中を幾度も貫いた後、匡也自身が限界を感じた。 春菊の腰が跳ねる。 春菊の鈴口からは二度目になる精を吐き出し、匡也もまた、熱い壁により強く締め付けられ、春菊の腹に向かって勢いよく白濁を注いだ。 互いに絡まりつく熱がいくらか冷めた頃、肌を晒したまま匡也の力強い腕の中にいる春菊は、うっすらと目を開けた。 「ね、もし、俺に飽きたら、捨ててくれてかまわないから……」 それは春菊の、匡也に幸せになってほしいという想いだ。 悲しいけれど、でも匡也が喜ぶならそれでいいと、春菊は思った。 けっして抱かれる対象ではないと自分に言い聞かせていた彼に抱かれたのだ。 その事実があれば、この先、苦しいことがあっても生きていけるとそう思った。 「春菊、俺は君以外何もいらない。二度とそのことは口にしないでくれ……愛しているよ」 同じように目を閉ざしていた彼も目を開けると、穏やかな視線が春菊を捉えてくれる。 「っつ……」 その言葉で、その表情だけで、春菊の胸が熱くなる。 大きな目にはあたたかい涙があふれ、筋を作って頬に流れる。 「はい……はい……俺も、俺も愛してます……」 春菊は匡也の広い胸に顔を沈め、熱い涙を流した。 *終幕*