◆ 『好きです』 気がつけば、秘めていた想いは口からすべり出ていた。 目を見開く雅さんの、グレーの瞳がオレを映す。 ――きっと、とてもびっくりしただろう。 まさか同性の相手から告白されるとは思ってもみなかっただろうし、ましてや弟みたいに思っていたオレからの告白だから……。 「サクラくん?」 眉間に眉根を寄せて、何を言っているのかわからないって顔してる。 ……そうだね、それが普通。 それでも伝えたかった。 雅さんを想うオレがココに居るってことを知ってほしかった。 掬っても掬っても、手のひらの熱ですぐ消えてしまうこの雪のように掬いきれないこの想いを……。 舞い落ちる白い雪みたいに純粋なオレの気持ちを……。 「ずっと見てました。雅さんのこと……。泣き虫なオレに優しくしてくれる雅さんを……。同性としてじゃなくて、異性として……」 たとえ、断られることになっても、それでもいいと、そう思えるのは、こっそり居なくなったオレを追いかけて来てくれたから……。 だから……だからね……もう、終わりにしよう。 この初雪に想いを乗せて、終わりにしよう。 「今まで、ありがとうございました。いただいたマフラー、お返しします。こんな気持ち悪いことを思っていたオレにあげたなんて、悪い思い出にしかならないから……」 包まれた腕からそっと抜け出し、雅さんの胸板にマフラーを押し付けて微笑んでみる。 「……っつぅ……」 だけど涙が流れるのは仕方ない。 雅さんとはもう会えないし、嫌われたから……。 「さようならっ……」 雅さんから一歩離れて後ろを向いて走り出すため一歩、大きく踏み出した。 ハズ……だった。 なのに――。 トスン。 「っつ!!」 なのにオレは今、後ろから雅さんに包まれていた。 「離してどうするの? やっと手に入れることができるというのに……」 ぽつり。熱い吐息と一緒に放たれた言葉はオレの耳に直接入った。 ――え? だけど雅さんの言葉を理解できないオレは、瞬きすることしかできない。 雅さんは、さっきなんて言ったの? パチパチ、パチパチ。 瞬きするごとに、こぼれ落ちる涙は雅さんの袖を濡らす。 「好きだよ、俺も君が……」 すき? だれが? だれをすき? 「……っつ!!」 少し間を置いてから、やっと雅さんの言葉を理解したオレ。 だけど、でも……!! 「雅さんには恋人さんがいるでしょう?」 いい加減なことを言わないでほしい。 オレは体をくねらせて雅さんの腕から抜け出した。 雅さんからの思いもよらない言葉に信じられなくて問えば、苦笑を浮かべていた。 「それは杏子(きょうこ)のことだね」 他に誰が居るって言うんだろうか。 ふざけるのもいい加減にしてほしい。 「雅さん!! オレのこと馬鹿にしてる? 同性を好きなのおかしいと思ってるんでしょ!」 馬鹿にするのは、だって世間一般では考えられないことだ。それは当然だと思う。 でも、でもさ……オレの真剣な気持ちを受け流すなんてひどい!! この想いは、いつだって本気なのに!! 「ひどいよ……」 さっき止まった涙が、また頬を伝いはじめる。 こうやって好きだと告げてもオレの恋心を認めてくれない雅さんを前にして泣くのも惨めだ。 今すぐ、ココから消えてしまいたい。 この、地面に落ちた淡雪みたいに消えたい!! 「サクラ、よく聞いて、俺は……」 いやだ。 聞きたくない。 オレの、この想いを馬鹿にした言葉なんて誰が聞くもんか!! ブンブンと頭を降るオレ。 そんなオレの両肩を掴まれ、引き寄せられたすぐ後――……。 「っんうぅ!!」 口から吐き出される悲しい気持ちで荒くなった息は、唇ごと塞がれてしまった。 びっくりして目を大きく見開くと、大粒の涙が一粒こぼれ落ちて頬を伝う。 雅さんの言葉を拒絶した唇は、『ちゅっ』というリップ音と一緒に解放される。 「聞いて、サクラ……」 さっき、オレの唇を塞いだ薄い唇が、オレの名前を告げた。 ……キス、されたんだ。 突然の出来事で何も言えなくなって押し黙ると、その隙を狙って、雅さんは話していく。 「杏子とは付き合ってない」 ――え? 雅さんは何を言ってるの? 杏子さんと付き合ってない? そんなハズはない。 だって、道端で雅さんに寄り添う杏子さんの姿をオレは見たんだ。 あれは間違いじゃない。 しかも、オレがシチューを届けに行った時、雅さんの家に彼女は居た。 付き合ってないなんて、いったいどの口が言うんだろう。 口を大きく開けて抗議しようとすれば、人差し指が伸びてきて、オレの唇に当たる。 それのせいで、オレはまた、押し黙ってしまう。 オレの体なのに、雅さんの言うことを聞くなんて……。 それだけ雅さんのことを好きなんだと思い知らされれば、この想いを汲み取ってくれないどころか、杏子さんは彼女じゃないと言い訳をはじめる雅さんに腹が立つ。 「杏子とは履修科目が同じでね、以前、告白をされたことがあったんだ。当然、俺にはサクラくんという好きな人がいたから、彼女の告白を断った。だが、彼女はなかなか諦めてくれなくてね、ある日、サクラくんを好きだということを杏子に見抜かれたんだ……。この想いをサクラくん本人に言われたくなければ自分と付き合えと、強制されて付き合うことになった。自分でも情けないと思う。だが、同性のサクラくんを好きだなんて誰が言える? サクラくんを好きだと知られれば、避けられると思った。君に嫌われたくなかった……」 ――えっ? オレとおんなじ? 雅さんもオレに嫌われたくないって思っていたの? 雅さんの思ってもみなかった言葉に放心状態になるオレは、もう瞬きしかできない。 だけど、そんなハズはない。 「だって、だって……彼女さんに廊下で叩かれていた時、悲しそうにしてた……」 これは夢だ。有り得ないことだ。 両想いになったと浮き立つ気持ちのまま目を覚ましたら、実は夢の中でした。――なんてことになったら、もう立ち直れない。 だから、この現状を否定するため、ぽつりと言葉を吐き出す。 それなのに、雅さんは首を左右に振って否定する。 「それは杏子が、サクラくんに俺の想いを告げ口されると思ったからだ。言っただろう? 君に嫌われたくはないと……」 クスリと笑う唇は、近づいてくる。 だけど……。 まって、待って待って!! まだ訊かないといけないことがある!! オレは近づいてくる雅さんの顔を遠ざけるため胸板を押して、また言葉を吐き出す。 「いつから? いつからオレを好きになってくれてたの?」 雅さんは眉根を寄せて、困ったように話しはじめる。 「小さい頃、君は同じ年頃の子にいつも名前のことで揶揄(やゆ)されていたでしょう? その度、俺に縋ってくる君がどうしようもなく可愛くて、放って置けなくなった。この純粋な褐色の瞳の中に、いつか自分だけを入れて微笑んでほしいと、いつの間にかそう思うようになっていたんだ。それが恋だと気づいたのは、俺が高校に入ってからだろうか」 こぼれ落ちた涙を、親指の腹で掬い取ってくれる。雅さんの真摯(しんし)な眼差しが、オレを映し出す。 告白したのはオレの方――。 困るのは雅さんの方――。 だったハズなのに……逆にオレの方がまごついてしまった。 戸惑いを隠せないオレの口が、何度も開閉を繰り返す。 そんなオレをよそに、雅さんはさらに追い込んでくる。 「でも、まさかサクラくんも俺を好いてくれていたなんてね。もしかしたらと薄々気が付いてはいたんだが、やはり嫌われると思うと怖くて、一歩を踏み出すことができなかった。――以前、サクラくんが言っていた、『気になっていた人に振られた』と泣いていた人物は俺のことだったんだね? 強制的に杏子と付き合ったことは悔やまれるけれど、こうしてサクラくんから嬉しい告白まで聞けたわけだ。これもこれでいいのかもしれない――」 そう言うと、雅さんの手にあったマフラーをオレの首にかけてくれる。 あたたかくなるオレの体と心。 「あの、あの!!」 「うん?」 で、けっきょく、どういうこと? やっぱり雅さんの言っている意味がわからなくて、訊ねると……。 「つまりはね、杏子に何を言われようとも是が非でも別れてもらって、サクラくんと付き合う。そういうことだよ」 クイッ。 親指でオレの顎を掬った雅さんは、ゆっくりと顔を近づけてくる――。 「ん……」 そっと重なった雪解けのような唇。 体はもう冷たくない。 あるのは、優しくてあたたかな……。 大好きな人との口づけ。 『好きです』 ゆっくり余韻をもって離れていく唇にそっと告げれば、真っ白な歯を見せて笑う彼。 それは今まで見たことがない、綺麗な笑顔だった。 開いた目に写るのは、木々に飾られ、キラキラと輝くイルミネーションと、純白の……天使の羽のように舞い降りる淡雪。 そして、ふんわりと笑う、オレの大好きな人の顔。 「好きだよ、サクラ――」 告げられた言葉は、ケーキよりも甘い、オレのサンタさんからのプレゼント。 雅さん、大好き。 オレは雅さんの首に両手を巻きつけ、ふたたび瞼(まぶた)を閉ざし、キスをねだった。 ☆*::*:☆MerryXmas☆:*::*☆