◆ 一本道をもう少し進んだところ――そこは広場。 真ん中で主役を飾っているツリーを囲むようにして、複数のカップルがうっとり眺めていた。 オレはというと――……。 「う、わぁ……」 あれからショップを見つけた雅さんに買ってもらった、ブルーのマフラーを首に巻いて、中央に、『でんっ』と飾られているツリーのイルミネーションを囲んで観覧しているカップル達と同じように立ち、大口を開けていたりする。 本来なら薄暗闇になるはずのそこは、まるで夢の中みたいに幻想的だった。 ツリーのおかげで周囲は白く光り輝き、薄ぼんやりとした霧のような空間が広がる。 その場の空間に興奮しているオレは、繋いでいる雅さんの手のことも忘れ、ブンブン振った。 後ろからクスリと笑う声が聞こえて我に返った時はもう遅い。 振り返れば、繋いだ手とは反対側の手を、拳をつくって顎にあてている雅さんの姿があった。 それは、オレが興奮していた姿をちゃっかりきっちり雅さんに見られていたということを表しているんだ。 うっわ、もうすぐ高校生になるのに、子供みたいにはしゃいで……オレ、すっげ恥ずかしい。 熱くなった顔を地面に向けると、雅さんがオレの隣に立つ。 チラッと横目で盗み見すれば……。 ライトアップされているツリーを見つめる雅さんの顔がなんだかとても儚い感じがしたのは、雅さんがすごくカッコいいからと、きっとこの淡い光のせいだ。 まるで雅さんが発光しているように見えるんだ。 「このツリーにはね、ジンクスがあるんだって」 「ジンクス?」 雅さんに見惚れていたオレは、彼の言葉で我に返った。 「そ、ジンクス。『想いあった恋人同士がこのツリーを前にして永遠の愛を誓えば、必ずそのカップルは幸せになる』そう言われているんだって」 『少し少女趣味かな』 雅さんはそう言って、フッと微笑んだ。 その微笑もとても綺麗で、オレはまた見惚れてしまうんだ。 だけどね、雅さん。 どうして今、そういう話をするの? だって、今そのツリーを前にしているのは雅さんとオレなんだよ? 雅さんもオレを想っているんだって勘違いしちゃうよ? ねぇ、雅さんはオレのこと、どう思ってる? 雅さんは誰を想ってそれを言っているの? ギクシャクしている彼女さんを想って? それとも、隣にいるオレを考えて? 雅さんの気持ちが知りたい。 いっそのこと、言ってしまおうか。 オレの想いを雅さんに……。 なぜだろう、このツリーの前なら、想いを告げても悪い結果にならない気がした。 ドクン、ドクン。 オレは無言で雅さんと向き合い、寒さで乾燥した唇を舌で濡らす。 「雅さん……あの……」 トクン、トクン。 周囲はカップルが多くてざわめいているにも関わらず、今はオレの心音しか聞こえない。 それだけ、緊張しているんだ。 頭の中は真っ白で、ただ、『好き』という二文字しか出てこない。 雅さんに告白したい。 弟のような存在じゃなくって、ひとりの雅さんを想うひとりの人間としてオレを見てほしい。 雅さんの綺麗な顔を真正面から見つめれば、雅さんもオレを見つめ返してくれる。 トクン、トクン。 うるさい心臓が、さらにまた、早鐘を打つ。 緊張して、繋いでいる手のひらに汗をかいてしまう。 オレは知らないうちに、雅さんの手を強く握ってしまっていた。 「あの……オレ……雅さんのこと……」 『好きです』 そう言おうと口を開けた時だった。 「あっれぇ? 雅じゃん!!」 後ろから、女の人数人の声が……聞こえたんだ。 それとほぼ同時に、雅さんと繋いでいた手を、自分から離してしまった。 五、六人いるその人達はたぶん、雅さんの学校の知り合いなんだろう。 彼女たちは雅さんを囲んだ。 「どうしたの? 今日は杏子(きょうこ)と一緒じゃないんだ。アレ? この子は?」 肩まである、ゆるく巻いた金髪をクルクルと指に巻き付けながら、気怠そうに尋ねるひとりの女の人は、雅さんの隣にいる不似合いなオレを見て、そう言った。 「この子は俺の近所に住む子なんだ。この近隣に美術館ができたって聞いて、彼に付き添いをお願いしたんだ」 「なるほど、たしかに。それじゃあ、杏子じゃ役不足かもね。あの子、どっちかっていうと賑やかな空間の方が好きだし?」 雅さんが苦笑しながら返事をしたら、また別の女の人がうんうんと相槌を打つ。 「ってことは、明日が杏子とクリスマスデート?」 「……っつ」 ズキン。 聞きたくない。 そんな話、聞きたくない。 オレが知らない人達と話す雅さんの彼女さんとの話なんて……。 ――今。 もしも、オレがこの場所から消えたとしても、誰も気づかないだろう。 たとえ、雅さんであっても……。 雅さんが好きなのは彼女さんで……ましてや男のオレじゃない。 雅さんにとってオレは、『興味があった美術展への付き添い人』にすぎないんだ……。 馬鹿だな。 そんなこと、わかってたハズなのに……。 悲しい気持ちを抱えているオレをよそに、雅さんとその人達は談笑をしている。 ――いやだ。 この場所に居たくない。 オレじゃない誰かを想っている雅さんの姿を見たくない。 ズキン、ズキンと痛む胸を押さえて、輪の中から外れてしまったオレは、一歩後ろへ下がった。 「……っつ」 だけど、雅さんは後ろを向いているし、雅さんの知り合いさん達は雅さんに夢中だ。 誰も、何も気づかない。 オレは、滲(にじ)んでいく視界のまま、踵(きびす)を返して、元来た道を走った。 ――知っていた。 知ってるハズだった。 雅さんは、オレじゃない人を好きで、付き合っていること……。 しかもオレは雅さんと同性。 雅さんがオレの気持ちに応えてくれるはずなんてないのに――。 おかしな期待をして告白しようとするなんて……。 「ばかだ……」 ものすごく馬鹿だ……。 恥ずかしい。 オレはなんて、滑稽(こっけい)な生き物だろう。 息を切らしながら走る、さっき雅さんと通った一本道は、夕食時だからか、誰もいない。 チカチカとイルミネーションだけが光っている。 それが余計に寂しくさせる。 ――余計に、孤独を感じさせる。 走るオレの足は、あまりの悲しみのせいで速度を失い……止まった。 「っく……」 必死に泣くまいと押し止めた一粒の涙が流れ、ポタリ、ポタリと地面にシミをつくっていく。 悔しくて、苦しい胸を抑えるために屈めば、買ってもらったブルーのマフラーが目に入った。 「雅さん……っふ……」 腰をかがめてマフラーに顔を埋める。 「雅さん……」 今頃、本人は大学の友達と彼女さんのことで盛り上がっているから、オレがいることも忘れているだろう。 それなのに、雅さんが恋しくて、恋しくて……。 彼の名前を呼んでしまう。 ――その時だった。 するり……。 藍色の空から、白く舞い落ちる何かが視界の片隅に映ったのが見えたんだ。 それは……。 真っ白い雪。 『初雪が降った時、雅さんが隣にいれば、告白しよう――……』 けっして叶うはずのないこの恋に願掛けをしたことを思い出す。 ――ああ、でも雅さんはいない。 いまさら雪が降っても仕方がない。 それはけっして叶わない恋だと、サンタさんからも決定づけられた気がした。 「雅さん……」 好きなのに。 こんなに、こんなに好きなのに……。 引っ越したって想うのは、あなたのこと――……。 いつも、いつも、ずっと……。 「ふっ……雅さん……雅さん……雅さん……」 ずっとずっと好きです。 きっと、忘れることなんてできない。 この想いはずっと、オレの中で消えることなく、永遠に降り積もっていくだろう。 オレは、ギュッと握りしめるブルーのマフラーに、顔を埋めてしゃがみ込む。 「サクラくん」 悲しくて、悲しくて……。 呼ばれた声に気づかなくて、悲しみに囚われたまま、声を殺して泣いていた。 そうしたら……。 オレの体が宙に浮いたと思ったら、突然、力強い腕に包まれた。 驚いてグスンと鼻をすすって泣き止めば、オレを抱きしめる腕はもっと強くなる。 そっと、顔を上げて見てみると――そこには、雅さんがいたんだ。 薄い唇からは白い息が短く吐き出され、耳元にある心臓はドクドクと鼓動している。 雅さん、オレが居なくなったことに気が付いたの? 探してくれたの? 息を切らして? 悲しみに染まった心が、熱を持ちはじめる。 そしてオレの口は勝手に開き、言葉を放つ。 「好きです……」 と――……。