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大御神の言葉の後、不意に別の声が響いた。

はっきりとした、明るく優しい女性の声。

「月読。お礼を言うわ。私に人の素晴らしさを教えてくれて有り難う。私はこれからも、人の住む大地を照らすわ」

「はい、姉上。有り難うございます。天上での事はお任せ致します。勝手をお許し下さい」

「でも、本当に良いの?月読の名が神話からほとんど消える事となっても。成した業が語られる事が無くても」

天照が確認するように言い、輝夜は静かに目を閉じた。

刹那でも鮮烈な記憶が、今も胸を支配する。

『俺の思う民の中にはお前も入っているのだぞ。帰って来なければ許さんからな』

『人だろうが神だろうが、お前は俺の民の一人、輝夜だ』

『無謀だと分かっている筈なのに、自分でも負ける気がしない。多分、お前がいてくれるからだな。だから……』

何を躊躇う事があるだろう。

何よりも大切なものは、もう見付けているのだから。

「構いません。大地の上で人として過ごし、一人の人に惹かれて恋に落ち、ささやかな幸福で彩られた日々こそ……。私にとっては永遠の時間よりも価値のあるものなのです」

だから、貴方の側へ還ろう。

あの日々が消え失せても、自分の居場所はもう他には考えられない。

恋を知り、夜の神は天上から消える。

貴方を好きになり、永遠から刹那へ変わる。

貴方が治める地上で、泡沫だからこそ激しく輝く生を。

生きる歓びと哀しみを新たに始める。

人として、大地に生きて行く。





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