心にかかった鍵

合鍵をもらったとき、簡単に家の鍵を渡してくるからびっくりしてしまった。
だって付き合って一週間でだよ?どれだけ俺のこと信用、てか好きなんだって思ったら気持ちがぶわーってなっちゃって、順序をすっとばしてお付き合いを開始してしまったからせめてこういうのは丁寧に!と思ったけれど、なまえくんに普通が通じるわけもなく。受け取らない選択肢もあるわけない。

そこから実際に鍵を使いだすまでが大変だった。
家の前まで来たのに本当に俺なんかが使っていいのか葛藤してインターホン鳴らしちゃったり、会う約束を取りつけた日に限って屯所の前までお迎えに来てくれてたり、こうなったらいっそ常にポケットにいれてお守り代わりにしてやる勢いだった。
そんなことしてるからなまえくんが「どうして鍵を使ってくれないの」と泣き出してしまって詳しく聞いたら、家に来た時にインターホンを鳴らしてほしくなかったらしい。鍵があるんだからって、当然だよな。
あとおじゃましますじゃなくてただいまって言ってほしい。夜中でも朝でもいつでももっと家に来てほしいっていろいろ追加されたけど。
なまえくんが先回りしてあれこれやってくれることが本当はどんなに勇気がいることか、与えられることに甘えてばかりで気持ちを酌んでやれなかった俺が悪いのに。
それでもわがまま言ってごめんなさいって謝ってくるから、不器用だけど嘘をつかないでまっすぐ思いを伝えてくれる姿が好きだと思った。
まあ、人生で初めて合鍵をもらってうかれて鍵が刺せなかった話は流石に恥ずかしくて内緒にしちゃったけど。

そんな出来事を、鍵につけられたアサガオ柄のリボンを見るたびに思い出す。
男が持つにしては可愛すぎるけれど、なまえくんがお気に入りだというから外さずにそのまま。
そのリボンを揺らしてドアを開ければなまえくんのにおいがする。いつのまにか俺はこの瞬間が大好きだった。
未だに部屋のなかが自分の写真だらけなのは慣れないけれど、今じゃ不思議と居心地の良さを感じているほど好きな空間だ。
そしてバタバタと駆け寄ってくる姿…は今日は無い。ただいまと言ってみても返事はない。
中に進むと電気は点いたまま。でもリビングにはいないとなると、やっぱりベッドだろう。
案の定そこで見つけたなまえくんは寝ているようで、痛々しいほど赤くなった目元に心が痛む。

今日だってすぐに君の元へ駆け寄っていればそれですんだかもしれない。でもそれができなかった。
俺以外の手を取ってそれに縋るなまえくんを見てしまったら、嫉妬とか悔しさとか気持ちが入り混じって自分でもよくわからないんだ。
あれだけいつも俺のことを好きだって態度で示してくれてるのに。家の中に入ってこんなにも無防備な姿だって俺は見れるのに。それでも信じきれなくて不安になる。
でもいつもみたいに一番好きだよって言ってもらえたらきっと安心できるから、ちゃんと本当のことを話すから、なまえくんにも本当のことを話して欲しい。



「あ、起こしちゃった?」
「さがる、くん…来てたの…おはよぉ」
「もう夜だよ。ねぼすけさん」

まだぼんやりした頭で見つめてくるから、その目元に手を伸ばしてゆるゆると動かしてやる。

「目、はれちゃってる」
「んー……っと、こわいゆめ、見ちゃったからかな」
「本当に?それって俺のせいじゃ…」
「っねえ、もうご飯食べた?僕おなかすいちゃった」

普段のなまえくんならはぐらかさないはずだ。
外で俺が知らない人といるところを見たら絶対に拗ねてたくさん好きを伝えないと機嫌なんて直らない。
それを面倒だなんて思ったことはないけれど、そんなに俺のこと好きでいてくれるのがまた愛しくて嬉しくて。
だからこそ想像と違う反応に不思議に思いながらも、キッチンに向かってしまった彼を追いかけた。
何を作ろうか考えるその姿を、後ろから腰に手を回して抱きつけば、びっくりした顔で振り返る。

「どうしたの?すぐ作るから座ってていいよ」
「俺がこうしてたいの。邪魔しないからいいでしょ」

今日の退くん甘えんぼで嬉しい、と笑う顔は本心だろうか。
話したくないほどに君を傷つけてしまったんだろうか。本当は愛想をつかされてないだろうか。
いつも通りに振る舞おうとする姿が不安でたまらなくて、頭を擦り付けるとなまえくんのかおりがして心が少しだけ落ち着く。俺の好きなにおいだ。

「昼間はごめん。いやなとこ見せちゃったよね」
「ひ、昼間?…僕、体調悪くて寝ちゃってたんだぁ」
「嘘つかないでいいよ。俺が女の人といたの見たでしょ」
「っ…………」

その沈黙が答えだろう。くっついた体が強張るのを感じた。
やっぱり思った通りだ。君に気を使わせて、ひとりでたくさん泣かせてごめん。

「あの人とはなんでもないから。ただの知り合いだよ」
「今日は外出てないから何の事かわかんないよ」
「沖田隊長と喫茶店にいるとこ見たんだ。というか実は今日ずっとなまえくんの後つけてた。だから本当は全部知ってる」
「えっ、今日僕のことみてたの!で、でもっ総悟くんとはちがうよ?ちょっと用事があってね、それで…」
「隊長のこと名前で呼んでたっけ」

嬉しそうに振り向いたはずのなまえくんは、俺の言葉を聞いて見る見るうちに表情が変わっていく。
君が今日誰とあって何をしてたかまで全部知ってるのに、隊長のことを名前で呼んでるなんて聞いてない。
ずっと俺に内緒してたんだ。

「もしかして路地で隊長に抱きついてたのって…」
「ちがう…それはっ」
「しかも喫茶店で手も触ってたっけ。ああ、そういうこと」
「誤解だよ、そんなつもりじゃ…!」
「まさか浮気してた、とか?」

ひとつひとつ並べられた言い訳は目を黒く濁らせていく。
外に出てないなんてわかりきった嘘ついてたのも、いつもと態度が違うのもやましいことがあるからじゃないの。
そんなの認めたくない。そんなことするわけがない。わかっているはずなのにその可能性を考えてしまう自分が嫌だ。

「……僕が、そんなことすると思うんだ」
「だってこんなの不安にならないはずないだろ」
「退くんしか見てないのに」

呟いた言葉はあまりにも小さく、聞き返そうにも突然変わった温度が邪魔をする。

「僕だけを選んでくれなかったのは退くんなのに。何もかも捨ててふたりだけでいたら不安なんて無くなるよ」

なまえくんが何よりも大切に決まってる。
だけど仕事だって、仲間だって、同じくらい大切にしたいものが俺にはある。
欲しい言葉をあげられないことが情けなくて、それでも嘘をつきたくないから答えを躊躇ってしまう。

「………ごめん」
「っ…どうして、僕を愛してくれないの?」

震える声で呟かれた言葉は、俺にとって重くのしかかった。

 
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はじめ