枯れない花束
2月6日0:00、32歳。
たった今、なまえくんと出会った時と同じ年齢になった。

俺は何故か前世の記憶があって、物心ついてからすでにそのことをぼんやりと思い出していた。とはいえ家族とか外で話すことはなんとなく良くない気がして誰にも言っていない。
地味な学生生活が終わって、あっという間に社会人となったものの、少し経ってから土方さんが同じ部署に配属されていつの間にか上司になっていた。
同僚からは下に抜かされてと馬鹿にされたが、俺からしたらむしろこの位置に安心すら覚える。
うっかり副長と呼んでしまった時のあの顔、そりゃそうだよ。単純に変なやつと思われただろうね。
局長であった近藤勲をはじめ、沖田総悟や他のみんながどこにいるかはわからない。いたところで多分みんな前世の記憶はないんだけど。
でもそれが新しい人生なのだからと切り替える。

ただひとり、あの子をのぞいて。

この世界でも俺のことを待ってくれているだろうか。
君が俺より年老いていても、仮に小学生だとしても、愛する自信がある。でも既婚者だったらどうしようと前世を思い出した時から決まって考えるのだ。
いつ君と出会ってどんな風に同じ時を重ねられるだろうかと、その思いは年々強くなるばかりだ。
今日こそ、明日こそと積もる思いを抱えたまま、ここまで来てしまった。
ロマンチックな出会い方なんて求めてないから、早くなまえくんに会わせてくれ。


それなのに今日も残業。
金曜日の酒くさい電車に揺られて、とっくに日付が変わってる。なにがハッピーバースデーだ。なにがアラサー童貞恋人なしだ。くそぉ…これじゃあただの事故物件になってしまう…

いつものコンビニにはいれば気の抜けたいらっしゃいませ。これも聞きなれたもんだ。
いつものルートで、いつもの棚の物を取って、いつも通り会計をするつもりだった。
でも何となく可哀想な俺にケーキでも買おうかと違う通路に入った。

その瞬間、目に映った光景に心臓がどきりと音を立てる。
うそだ。そんなまさか。こんな所にいるはずがない。
ましてやコンビニの棚越し、この光景はいつも君が見ていた光景だ。そんなことってあるのか?
どうしよう、声をかけたい。いや何も接点がない。今声をかけたところで店内じゃ通報されるだろうし、外で下手に声かけても宗教勧誘やナンパだと思われるだけだ。こんな深夜じゃろくな奴だと思われない。
となれば、選択肢はひとつしかない。前世の君と同じ行動をするしかないだろう。

様子を伺いながら俺はさっさとお会計をすませて、外で待ち伏せした。後から彼が出てきたのをこっそり着いていくと行先は同じマンションだった。
さすがに同じエレベーターに乗るのは怪しまれてしまうような気もして、階数を確かめたあと階段を猛ダッシュ。
その階に着いたと同時に音が君のことを知らせる。エレベーターから降りた先、どこの部屋に入るのだろうかと階段の影から様子を伺えば。
それはあまりにも見覚えのある、いつもの階のいつもの通路。
なまえくんが俺の部屋の隣に住んでいる。



隣は少し前から空室だった。
どうせ引っ越してくんならなまえくん連れてこいよチクショーと思いながら今日の朝、マンションの前に止まっていたトラックに悪態をついてすみませんでした。
なまえくんの荷物を運んでくれた引越し業者も、ここを勧めてくれた不動産も、全ての人にありがとうを伝えたい。本当にありがとうございます。

あれ、引越しの挨拶っていつ来た?
ドアノブには何も無かった。ポストにも何も無い。
もし今日挨拶に来てくれてたらせっかくのチャンスを逃したってこと?!うっわ最悪会社よ滅べ。てことは明日間違いなく挨拶に来るはず。来なかったらあれ〜?引っ越して来たんですか〜?ってこっちからタイミング合わせて突撃してやろう。本当は今すぐ行きたいけど驚かせてしまっては元も子もない。
とりあえず壁に耳を当てて音が聞こえてこないか試したし、とりあえずベランダにも出てみたけどこれはただ寒かった。
でも隣になまえくんがいると思えばあたたかく感じるような気もする。引っ越したばっかだし足りない物とかなんなら家電でも買うから言ってね。と一方的な会話を脳内でしつつ、俺は眠れない夜を過ごした。だって隣になまえくんがいて眠れるわけがない。


いつの間にか明るくなった部屋で、外から鳥の鳴き声を聞いた。
なまえくんと出会ったらしたいことリストを眺めてたらこんな時間になっていた。
いつでも出れるように身だしなみを整えてから約6時間後、ようやくチャイムが鳴る。

「あ、あの……はじめまして。隣に引っ越して来たので挨拶に来ました」

夢じゃない。目の前になまえくんがいる。

「みょうじって言います。これ良かったらどうぞ」

この日をどんなに待ちわびたことか。俺は君と出会うために生まれてきて、やっぱり今世でも結ばれる運命なんだ。

「あの……?」
「あ、ありがとうございます……俺は山崎、山崎退って言います」
「山崎さんですね。よろしくお願いします」

その瞳はただ、日常を映している。
俺のこと覚えてる?とは聞けず、取り出した紙袋を受け取った。
でもこのまま終わってしまうのは嫌だ。少しでも今のなまえくんのことを知りたい。君を引き止めたい。

「この時期に引っ越しってことは学生さんですか?」
「そうです。この近くの大学に通ってるんですけど、前の家が取り壊しになっちゃったので慌てて…」
「それは大変でしたね。あ、回覧板とか回すことあるんですけど普段どの時間帯ならいます?」

思いつく限りの言葉を並べる。探りを入れるのが得意なのは前世から。
回覧板なんてドアにかけときゃいいのに、律儀に答えてくれる。若さゆえの素直さだろうか。あまりにもチョロくて一人暮らし、いや人付き合いに慣れてないんだろうな。
夜はだいたいいる、バイトはしてない、ほぼ学校と家の往復のみ、実家は少し遠い。
こんなに簡単に教えちゃって警戒心無いなぁ、もしかして俺だから?なんて。踏み込んだらこのまま連絡先も教えてくれそう。今はやめておくけど。

「すみません、長々と…」
「俺こそ引き止めちゃってすみません。何かあったら気軽に声かけてくださいね」
「山崎さんみたいな優しい人が隣で良かったです。改めてこれからよろしくお願いします」

扉が閉まって入り込んだ風が、なまえくんのにおいを運ぶ。
俺は愛しい気持ちが込み上げてきて、ただ泣いた。

 

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はじめ