未定だった未来
退さんと会わなくなった。朝のゴミ捨ても、家を出て帰る時間も近所のコンビニですら会わなくなった。あんなに被ってたのが嘘みたいで、さすがに避けられてることがどんくさい僕でもわかる。でも貰った鍵を使うことはできないし、連絡をとる勇気もない。

静かな部屋の中、壁を耳に当ててみるとたまに音がして、それがより切なくなる。こんなに近くにいるのにどうして隣にいれないんだろう。僕だけが楽しかったのかな。退さんは本当は迷惑だったのかな。

気持ちに比例するように生活水準は下がっていき、ぴかぴか光っていた台所は洗い物がたまっている。キチンと食べていたご飯すら菓子パンですませちゃうし、たまり始めた洗濯物も、別に誰に見せる訳でもない。もう頑張る必要もないかと諦めてしまった。退さんと出会う前はこれが普通だったのに、今もぐすぐすと布団の中で泣くだけで何にもできない。



そして寂しい気持ちを埋めるように、総悟くんとの時間が増えた。

「まだあいつのお荷物してんのかィ?」
「最近は全然会ってないよ」
「フーン」
「……だからずっと総悟くんといるんだけど」

授業終わりに荷物を整えながら交えた雑談。自分から聞いたのに興味無さそう。もっと話聞いてよ。大丈夫って慰めてよ。気づけば総悟くんは目を丸くしていて、全部口に出してたみたい。

「慰めてやろーか」
「そんなこと言ったら、今日は朝まで飲んじゃうよ?」
「おう、俺が忘れさせてやるよ」
「んふふ、じゃあ総悟くん家に行こ!」

僕は嬉しくなって、そのまま買い物に行こうと急かした。総悟くんは仕方なさそうにしているけど、本当はかまってくれる優しい人だって知ってるもん。



おじゃまします、と呟いて家の中に入った瞬間、総悟くんは僕に抱きついてきた。いつものスキンシップよりも力が強かったけど、今はそれに安心すら覚える。くっついたままの総悟くんを引きずるようにして、部屋の中に入ってシンプルな光景が広がる。僕と違ってキチンとしてておしゃれな部屋だ。

「お酒、冷蔵庫に入れるから離して?」
「ヤダ」
「あっ胸揉まないの!女の子じゃないんだよ」
「知ってらぁ」
「総悟く……っあ」

数歩先にあったベッドに向かって押されたと思ったら、あっという間に押し倒されていた。ふかふかのベッドの上で転がったお酒を眺める。無理やり目線を変えるように、ほっぺを掴まれて総悟くんと目が合った。

「俺のこと、好きだよな」

それは熱のこもった目で、直感で本気だと感じた。いつもみたいに好きだよって言えなくて、僕は口を噤む。

「……っ」
「好きって言えよ」

唇が触れそうになって顔を背けた。それが気に食わなかったようで、僕のさらけ出された首筋をヂュウと吸われてしまう。

「何避けてんでィ」
「ッ……いた、っ」
「俺のモンって証な」
「えっ、どこ、触って……!んんっ」

総悟くんの手が僕のシャツのなかに入って、肌の感触を確かめるようにやわやわと触れる。その手を掴もうとすれば、今度は首すじを舐めたり、痛く吸われたりされるがまま。乳首をつねられたのにびっくりして、身をよじったら硬いものを感じた。

「あーあ、勃っちまった。なまえのせいだな」
「僕のせいじゃ…」
「慰めて欲しいんだろ?酒なんかより体で忘れさせてやるよ」
「ひ、っあ……、そこ、だめ……っ」

太ももをゆるゆると撫でられて、変な気分になってくる。熱が上がって涙が滲む僕に、総悟くんの顔が近づいて、唇が触れそうになった。

「なまえ」
「あ、っやだ、さがるさ……っ!」

無意識に出た名前に、総悟くんの顔が歪んだ。総悟くんはいつも本気だったんだと思う。勝手に冗談だって勘違いして、やさしさに甘えてばかりでごめん。気まずい雰囲気のまま、僕は謝ることしかできなくて体が離れていく。僕はそれを追いかけるように体を起こした。

「総悟くん、ごめんね……僕……」
「悪ィと思ってんなら、しゃぶるくらいしろよ」
「しゃぶる?」
「ちんこ舐めろってんだよ」
「ばかばか!総悟くんのえっち!」
「男同士でも付き合ったらそういうことすんぞ」

もし僕と退さんが付き合ったらそういうことするってこと?それって……一気に顔が熱くなって、えっちな想像を消すように頭を振った。それを鼻で笑われて、えへへと笑い返す。それがいつもの僕たちに戻ったみたいで、でもなんか胸がきゅっとして、素直な気持ちを話すことにした。

「僕は総悟くんのことも大切だよ」
「今言うことかよ」
「だってびっくりしたけど、総悟くんが一番の友達だなって思うし、これからも遊んだりしたいなって」
「付き合ったらもっといろんなことしてやるぜ」
「そこは友達のままでお願いします」
「チッ、いっそ調教してやろうか」
「痛いのはやだよぉ」

僕はけらけらと笑いながら、床に転がった缶を拾った。総悟くんごめんね。僕はやっと気づいたんだ。
 

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はじめ