帰り道、所用で事務所に戻るという霊幻先生と別れた。お会計はいつも貰ってるおやつ分ってすませてくれてた。霊幻先生のやさしさに感謝しつつ、僕は芹沢さんとふたりっきりになってしまったことに心臓の音がうるさくなる。駅に向かう僕を送ってくれると言うから断る理由もなく、歩くペースの遅さに欲は反映されていた。

「あの、ご飯…美味しかったです」
「それならよかった。霊幻さんとたまに行くんだけど、どれも美味しいんだよ」
「へぇ、他のも食べてみたいなぁ」
「また今度一緒に行こうよ」

次があるんだ。僕は笑みをこぼしながらうなずいた。今度は味が分かるくらいには落ち着けるかな。

「芹沢さんと一緒なの、うれしいです」

芹沢さんは立ち止まってしまった。思わずこぼした本音を拾いに、振り返ると口をぎゅっと結んでいた。

「みょうじくん、今度俺と……い、一緒に出かけませんか?!」
「えっ」
「前に映画好きって言ってたから良かったら……」
「これは夢、ですか……?」
「ええっ?!現実だよ、ほら」

向かい合って、手を取って、あたたかさが心にじわじわと広がる。そしてつぶやく言葉は僕の気持ちを変えてしまう。

「そうか、俺みょうじくんと一緒がいいんだ…」

メールする度にもっと知りたくなった。また一緒に出かけられたらいいなって、それは僕が思っていただけで終わった言葉。だってまた相談所に通えるだけでよかった。メールまで毎日のようにやりとりしてくれて、ご飯だって連れて行ってくれて充分すぎる幸せだ。それなのに休みの日まで時間をもらえるなんて、僕なんかには贅沢すぎる。

「どきどきしちゃうから、やっぱり嫌?」
「……っ、芹沢さん!」
「みょうじくんがどきどきしてくれるの、なんか嬉しいなって思う」
「でも…また変なこと、言っちゃうかも……」
「変なことなんてないよ。俺はみょうじくんの素直な気持ちが知りたいから」

期待させるようなこと困るよ。僕は芹沢さんが好きで好きで仕方ないのに。優しくされるのも嬉しい。僕を知ってくれるのも嬉しい。芹沢さんが愛しくて、それを今すぐ伝えられたらどんなにいいか。芹沢さんが優しい言葉をくれる度、きっと届かないって諦めてしまうから伝えられない。僕はいくじなしだ。


***


あの日から今日まで記憶が無い。妄想が膨らみすぎて話したいこととかメモをまとめて、でもこれ以上は粗相しないようにって落ち込むこともあって、感情がジェットコースターのように上下左右にぐるぐる回る。いつの間にか迎えた当日。僕は何度も鏡を見て、いつもはつけない甘い香水をふりかけて、ミントタブレットを食べながら駅前に向かう。

「みょうじくん!」
「お、お待たせしました!遅くなってごめんなさい!」
「まだ15分前だよ?やっぱり早く来て正解だった」

僕の行動なんてとっくにバレてて眉毛が下がる。でもいつもと違う私服の芹沢さんもかっこいいなって気持ちのほうが膨らんで、そのまま言葉に出てしまった。すると照れた様子で「デートするのに相応しい服を選んでもらった」って。これってデートって呼んでもいいんだ。もしかして僕だけが浮かれてるんじゃないのかな、そんなまさかね。



ポップコーンの香りがいっぱいに広がったころ、芹沢さんは周りを見渡していて、この人にとって初めての映画館だと言うことを思い出す。カラフルに描かれた映画のパネルも、いつもなら食べきれないポップコーンも、チケットの半券すら特別なものに思えた。

「全体的に暗くて落ち着くなぁ。わ、あんなにスクリーン大きいんだ」
「始まる前から楽しそうですね」
「なんだか俺だけテンション高くて恥ずかしいなぁ」
「僕もわくわくしてますよ?あ、始まりますね」

暗くなると神経が研ぎ澄まされるような感覚がする。でも隣の熱を確かに感じて、まっくらやみの中でもふたりなら怖くないかもなって思った。

選んだ映画はよくある話で、なんとなく展開がよめそうなくらい。いつもだったらもう少し集中して見れるのに、今の僕は隣のことで頭がいっぱい。まさか手を握るなんてできっこないから、ただ大人しく流れる映像を見ながら、たまに横顔を覗く。あまりにも真面目な顔で映画を見ているからドキッとした。いつかその目で僕のことも見てくれたらいいのにな。



明るさに目をしぱしぱさせて、そのままカフェに向かう。あんまり覚えてない映画の感想をいくつか話して、頼んだコーヒーがぬるくなったころ、芹沢さんから提案をもらった。

「みょうじくん、どこか行きたい所とかってある?」
「行きたい所、ですか」
「その、良かったらまた一緒に出かけたいなって思って。もし嫌だったらごめん」
「嫌なんてそんな!むしろ僕でいいのかなって……」
「いいに決まってるよ!」

芹沢さんは大きい声を恥ずかしそうに目を泳がせる。そして眉毛を下げて僕の答えを待っていた。

「……遊園地に行きたいです」