僕は久しぶりに相談所を訪れた。霊幻先生には前よりも良い手土産を、影山くん用にもいろいろなお菓子を持って、相談所の戸棚をいっぱいにした。ふたりは久しぶりに会っても変わらず接してくれて、僕が来なかった間の出来事や、グレードの下がったおやつ事情を切実に語る。

「芹沢もお前が来ないから寂しがってたんだぞ」
「あ、ちょ……霊幻さん!」
「なんだよ、本当のことだろ。一時期はメールチェックの度に聞いてきてたもんなー」
「ごめん、みょうじくん。恥ずかしいから聞かないふりしてくれないかな」

勘違いしちゃうからそんなこと言わないで欲しいって、じくじく痛む胸がまた距離を欲しがった。



前よりも相談所へ向かう頻度を減らした分、今度は芹沢さんからのメールが増えた。それに何と返したらいいのか頭を悩ませて、文字を打っては消してを繰り返す。ようやく送ったメールの返事が返ってくる度、高鳴る気持ちと負の感情が戦う。僕のことなんか知ってもつまらないんじゃないかなって。

−今日霊幻さんとラーメンを食べに行ったよ
−映画って見に行ったことある?
−学校の授業で何が得意だった?

夜は学校の合間で返してくれているのか、1時間ごとに来るかどうか期待して、時計の針に落ち着かない自分がいた。学校が終われば「お疲れ様」と遠い距離にいるのに今を感じて、夜遅くまで続けば「また明日ね」なんて約束をくれる。そうやって明日を重ねて毎日が芹沢さんでいっぱいになっていく。僕はやっぱり芹沢さんのことが好きで、諦められない。



−今週の夜枠が空いてるから来ませんか?

霊幻先生がそう言っていたらしい。つまりはおやつ救援。いっそそうやって求められた方が心地よいくらいだ。拗らせた気持ちを甘い香りでごまかして、僕は空いてる日に予約を入れて貰った。でも相談所の戸棚は思ったより埋まっていて、溢れたお菓子を袋ごとすみっこに置いておいた。違うことで呼んだのかな、そんなまさかね。

「お、このあとの依頼がキャンセルになった」

帰ろうとした手前で、告げられた言葉。

「今日は終わりにするか。んーなんか腹減ったな」
「どこか食べに行きますか?せっかくだしみょうじくんもどうかな」
「僕もいいんですか?」
「もちろんだよ。いいですよね、霊幻さん」
「あー俺は用事が…………うっ」

ふたりっきりなんて心臓が持たない。夏祭りの時みたいにうっかり口をすべらせたら今度こそ取り返しがつかなくなる。困った顔で霊幻先生を見つめれば「わかったよ」としぶしぶ了承して貰えた。



慣れた足取りのふたりについて行くと、相談所近くにある中華料理屋だった。テーブルに案内されるとふたりは向かい合って座った。これ僕はどっちに座ったらいいんだろう。芹沢さんとはいつも向かい合って顔が見れない。でも隣なんてもっと心臓が持たない。悩んだ末に霊幻先生の隣に座ろうとしたら、指で運命を突きつけられる。

「お前はそっちな」
「えっ」
「ごめん、霊幻さんがよかったよね。俺の隣なんかでごめんね」
「そうじゃなくて!あの、違うんです……っその……」

霊幻先生はニヤニヤと笑ってるだけで助けてくれない。しょんぼりした芹沢さんに何か言わなきゃと思って、焦って口から出たのは素直な気持ち。

「芹沢さんの隣は……どきどき、しちゃうから……」

赤くなった顔を両手で隠して、体が勝手にぷるぷる震える。霊幻先生は「よかったな」と意味深につぶやいて、芹沢さんを見上げればなぜか僕と同じように赤い顔をしていた。

霊幻先生は話題を振ってくれるのが上手で、次から次へと場を回してくれる。芹沢さんがアニメの最後に流れるじゃんけんに初めて勝ったこと、キャベツとレタスの見分けがようやくついたこと、なんてかわいい芹沢さん情報ばかり。そのおかげで少し緊張が溶けたころ、料理がきたから僕はボックスを開けてお箸を取り出す。まずは霊幻先生に渡して、次は芹沢さんに。その時うっかり手が触れてしまって、大袈裟なほど体が跳ねた。

「あ……っごめん、なさい」
「おいおい大丈夫かよ。てかそんなん謝るほどじゃねーぞ。なぁ芹沢」

芹沢さんは僕の手を見つめていた。なんて言ったらいいかわからなくて困っていれば、頼りになるあの人は助けてくれる。

「芹沢?おーい、芹沢ってば」
「ひゃい!」
「みょうじの手、そんなによかったのか?」
「俺の手と全然違うからびっくりして……みょうじくんの手、やわらかくて気持ちいいね」
「え、っあ……うう………はずかしい」

ニコニコしながらとんでもないことを言う芹沢さんを、満足そうに笑って霊幻先生はお箸を割った。僕は芹沢さんの太い指と、少しカサついた感触が忘れられなくて、今日もご飯の味がわからないのに。ふたりともずるいや。