10.いつかひとつになってね


※高専嫌われ
※夏油×男主
※名前変換なし
※死ネタ/モブ女との性描写匂わせアリ



僕の好きな夏油くんはここにいるよ。
言葉にしてしまった好きは一度溢れたら止まらなかった。

だって本当に僕のことが嫌いなら最初から相手にしなかったはずだもの。僕がずっとだんまりを決め込んで、言われたままを受け入れて、どうしたらいいかわからないからいい子でいればいいと理由にした。そうすればいつか僕を見てくれると思ったから。その結果として夏油くんは僕のことを避け始めた。もとから話すこともこちらを向くこともない。唯一の繋がりだった身体を使われることもなくなった。

「いい子でいたら、好きになってくれると思ったのに」

ずっとこの気持ちを抱えて生きていくのだろうか。夏油くんがいない未来なんて想像がつかない。いい子でいる必要が無いなら自分から可能性を作れないだろうか。ふらりと廊下を歩いて少し先の扉をノックする。ずっと見たかった光景をあっさりと叶えたのは、自分から切り開こうとしなかっただけだった。

「急に部屋まで来て何の用?」
「僕のこと抱いてください」
「は……、何言ってるんだ」
「だって僕、夏油くんの物だもん」
「それは責任とれって言ってる?」

僕を見てほしいから、夏油くんが好きだからいい子はやめるよ。それが僕の出した答えだった。

「こないだだって散々泣いて嫌がってたじゃないか」
「もう嫌って言わない」
「ひどくされるのがそんなにいいの?」
「それでも夏油くんのそばにいたいの。夏油くんが好きだから諦められないよ」

夏油くんはため息をはいた。

「君が一度でも嫌がったら終わりにする。どうせ言葉じゃわからないだろう」

夏油くんがしたいならなんだって我慢する。それは今までと変わらないけど、僕はもう受け入れるだけじゃない。

「夏油くんになら何されてもいいよ」
「そんなこと言ってるのも今だけさ」

きっとこれが最後だから僕はしつこく縋った。行為の度に好きを伝えて、呪いのようにどんなに突き放されても止めなかった。何をしても聞かない僕に苛立った夏油くんは、身体にわからせるように行為がエスカレートしていった。女の子と比べられることもあった。時には痛くされることもあった。どこまでできるのかを試されて脆い橋を渡っているようだった。僕が折れるか、夏油くんが折れるか。そんなのわかりきった答えだったと思う。

その日は任務の終わりで駐車場から高専に戻る所だった。ふと見上げると建物のすみに夏油くんを見つけた。多分補助監督といて遠目からでもふたりの距離の近さを不自然に思った。指が輪郭をなぞって影が重なる。そこで僕は逃げ出した。

「キス、してた……」

部屋に戻った僕はそのまま座り込んだ。夏油くんの笑った顔も、やさしい手付きも、ましてやキスなんて僕は何ひとつ貰えない。夏油くんと何度身体を重ねたってキスだけはしてくれなかったから、深く知ったはずの行為が一番浅い関係に思えてしまう。僕のエゴでこんなにもしがみついて本当にいいのかな。

「何でそんな所に座ってるの」
「夏油くん……」

突然開いた扉から甘い香水の香りが漂う。いつもと違う雰囲気に戸惑いながら、ベッドへと向かう夏油くんについていく。

「舐めて」
「うん……」

制服を寛げようとするといつもと違うにおいが混じっていて手が止まった。何度もこの行為をしたから気づいてしまう。

「不完全燃焼なんだよね」
「え……」
「やっぱり好きな子にはやさしくしたいからね。その点君は助かるよ」
「それって……」
「さっき見てただろう」

頬を一筋の涙が伝う。僕はキスさえしたことが無い。わかっていたつもりだったんだ。こんなに尽くしても届くことはない。

「何泣いてるの」
「………僕じゃだめ?僕も夏油くんにやさしくされたい」
「君はただの男狂いだろ。悟のでも喜んでたじゃないか」
「ち、ちがうよ!僕は夏油くんとしか…したくなかったよ……」
「いいから早くしてくれないか」
「でも、」

僕の手は動かない。キスをするほど好きな子の後に、僕が求められているのは余った熱の処理でしかない。同じ行為のはずなのに、こんなにも身体は近くにあるのに、どうして夏油くんの心に届かないんだろう。

「……もうわかったろう。これで終わりにしよう」
「い、嫌って言ってない…!」
「そんなに泣いてたら嫌って言ってるようなものだろ。もう君の負けなんだよ」

ついに僕は折れてしまった。何度も見た部屋を出ていく背中。夏油くんはもう僕のことを見てくれない。



ここ最近の記憶があんまりない。眠れなくなってからいつもぼんやりしてるように思う。頭にかかったもやはずっととれなくて僕の思考を制限する。誰も来ない部屋は広くて涙が出ちゃうから、くまのぬいぐるみを抱いてすみっこに座る。この子はゴミだから僕とおんなじ。僕なんかと同じでごめんね。でもひとりぼっちは寂しいから一緒にいてね。

日中は登校しても保健室にいることが増えた。ただでさえ鈍臭いのに体術の授業は見学ばかりになったし、夜蛾先生も何か言ってたけど覚えていない。みんなが帰ったあと教室に置いたままの鞄を取りに戻った。ひとりぼっちの教室に僕なんかいてもいなくても変わらないんだと思った。学校に行って、戻って、朝を迎える。その繰り返し。夏油くんがいないとこんなにも僕の世界は色褪せてしまう。

ぬいぐるみを抱いていることを忘れるほどぼんやりと、飲み干した水の代わりを求めに自室から出る。夜暗くなった廊下を少し歩いて自販機の近く、そこには夏油くんがいた。

「夏油くん……」

久しぶりにちゃんと姿を見た。久しぶりに名前を呼んだ。思わず漏れた声から僕に気づくと、急いで去ろうとするから思わずその裾を掴んで引き止める。振り払われない手を都合よく解釈して紡いだ言葉はやっぱり諦めの悪いものだった。

「ごめんなさい……っ、やっぱり終わりにしたくないよ…おねがい、またがんばるから……そばにいさせて」

僕は泣いてすがった。また繰り返すだけなのに、それくらい限界にいたんだ。

「私は君が嫌がることをたくさんしてきたんだ。それも忘れたの?」
「夏油くんになら何されてもいいよ。嫌なことなんてない、全部受け入れるから……」
「どう考えても許される理由なんてないだろ」

僕に見せてくれた夏油くんは全部本当だよ。僕だけにそんな顔を見せて、少しいじわるになって囁く言葉も、その目にうっすら滲んだ涙だって、本当の気持ちがここにあるって知ってるのに。

「私が……、私は嫌いだ」

その言葉に夏油くんは解放されたいんだってやっと気づいた。積み重ねてきたものは今を越えることはなくて、僕が終わらせない限り夏油くんはずっと縛られる。それならせめて最後に言葉が欲しい。それを何度も噛んで麻薬のように痛みを甘く鈍らせるから。

「あのね、最後にお願いがあるの」

夏油くんは不思議そうに僕を見つめる。

「嘘ってちゃんとわかってる。本気にしないから、これでちゃんと諦めるから、最後に夏油くんに好きって言われたい」
「……そんなの言えるわけないだろ」

僕はもういい子じゃないから勝手に夏油くんの身体に寄り添った。言葉がもらえないなら体温だけを上書きするよ。夏油くんと僕とぬいぐるみ。ほんの一瞬だけ叶わない世界を覗いた。

好き、好きだった。本当に好きだったよ。

何も言わずにぬいぐるみを押し付けて、そのまま行き場もないのに高専を飛び出して夜を彷徨う。内履きのせいで少しずつ痛む足に、今になって理解が追いついた僕は感情がぶつかりあう。

いつか好きになってくれると思ってた。優しく囁いて、その目を見つめて口付けて、めいっぱい抱きしめてその香りに包まれたかった。あの体温を独り占めして、夏油くんだけの僕になりたかった。

「夏油くんと一緒になりたい…」

夢見たいつかは来ない。その現実にあふれた涙を拭うため立ち止まって目を瞑る。瞼には夏油くんの姿が焼き付いていて
、目を開けたら現実に戻ってしまうから帰れない。その瞬間に突然鳴ったクラクションと白い光が僕を襲った。



僕は目覚めると道路のすみに座っていた。ここから動くのはなんだか億劫で、ただ車や人を眺めている。道路に置かれた花やペットボトルもずっと見てるだけ。体を丸めてじっとしているとたまに見覚えのある制服が通る。それだけはどうしても気になって通る人に尋ねるようになった。でも誰も答えてくれない。何度助けてって言ってもいじわるな人ばっかりで無視される。黒くなった身体にも気づかないまま何度も縋った。引き止めるように手を掴んで、足を掴んで、そしてまた目の前に手を伸ばして掴む。

「迎えに来たよ」





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はじめ