※男主に冷たく当たる高専夏油×めげずにアタックする男主←未来から来た離反軸の大人夏油
僕は夏油くんのことが好きだ。同級生の夏油傑くんを初めて見た時に恋に落ちた。それまで恋なんてわからなかったけれど、頭の中が夏油くんでいっぱいになって好きって感情を初めて理解した。そこから意識して貰いたくてよくある手法を取り入れた。褒める、ボディタッチ、好きな物を僕も好きになる、そしていっぱい笑うこと。でもモテる夏油くんにはあからさまでバレてしまっていた。
「君って私のこと好きだよね?」
「んぇ?!す、好きだよ!」
「それ友達としてじゃないよね」
「……うん、好き。夏油くんのことが好き!」
「悪いけど男とは付き合えないかな」
この時の胸の痛みは忘れない。無理だなんてわかってることだったけど淡い期待に夢見ていた。でも一度振られたくらいで諦められるような恋じゃない。僕にとっては初めての恋だから。
「だから今後は友達としてよろしくね」
「夏油くんが好きって言ってくれるまで諦めないもん!」
「……困ったな。まぁ好きにしたらいいさ」
次の日、朝から夏油くんについて行ってにこにこ笑う。きっと犬だったらしっぽを振っているほど。夏油くんは気まぐれに僕にかまってくれてたまにお菓子をくれる。たった一粒の飴であまりにもはしゃぐ様子を五条くんと硝子ちゃんは僕を「クソ犬」「わんこ」と呼ぶけど気にしない。これは愛着を狙った作戦だった。
「夏油くん大好き!」
「知ってる」
「好き好き好き!」
「ふふ、君にしっぽが見えるよ」
好きって言い続ければいつか根負けして僕と付き合ってくれるかもしれない。好きを重ねる度に愛で溢れている気がして口癖になるほどに呟いた。好きって言われたら誰だって悪い気はしない。五条くんも硝子ちゃんも好き。夏油くんは特別な好き。僕はみんなが好きだった。それから数ヶ月、今は夏油くんに呆れられている。
「おはよ!夏油くん好き!」
「おはよう。今日もうるさいね」
「夏油くんの隣にいると元気出ちゃうもん!今日もかっこいい前髪だね!」
「はいはい。飴あげるから黙りなね」
カラコロと口の中で飴を回す。夏油くんがくれる飴も同じ味が増えてきた。五条くんいわく選ぶのがめんどくさいから大容量パックを買っていたらしい。マンネリってやつなのかも。だから硝子ちゃんにアドバイスを求める。今この教室には僕たちしかいないから秘密の会議を決行だ。
「BLってやつ?なんか流行ってるよねー」
「びーえる?」
「そ、つまりボーイズラブ。わんこのことだよ」
硝子ちゃんの友達が言うには男の子同士の恋愛マンガが流行っているらしい。それを参考にと携帯で調べたいろんなワードが並ぶけれど頭の中にはハテナが浮かぶ。でもここから夏油くんを落とすヒントが生まれるかも。
「その壁ドンってやつ、練習してもいい?」
「あとでタバコ買えよ」
壁際に立ってくれた硝子ちゃんに向けて手を出す。ドンッと教室に響く音と近くなった距離。僕はいつもと違う光景にドキドキしちゃうのに硝子ちゃんは顔色ひとつ変えない。
「ぼ、僕のものに、なりなよ…?」
「全っ然ときめかねぇ。わんこ下手くそすぎ」
「ごめん、僕には向いてないのかも…」
「場所代わりな。こうやんの」
今度は僕が壁を背にして硝子ちゃんを見つめると、そのまま思い切り顔の真横にドンッと手をつく。わかってたのに思わず心臓がドキドキしちゃった。
「私のものになりな」
「硝子ちゃんかっこいい…こんなの好きになっちゃう…!」
「フッ、抱いてやろーか?」
「ひぃんっ♡」
硝子ちゃんは悪ノリして顎クイまでしてきた。こうすれば夏油くんも僕にドキドキしてくれるかもしれない。しかし新たな作戦は突然現れたターゲットによって呆気なく失敗する。
「何してるの?」
「うわ、めんどくさいの来ちゃった。わんこあとは一人で頑張りな」
夏油くんは僕たちの姿を凝視した。さすがの僕でもこの体制は勘違いされるって分かるほどで、硝子ちゃんは巻き込まれる前にそそくさと逃げた。
「今度は硝子に手を出したの?」
「ち、ちがうよ!僕が好きなのは夏油くんだけだよ!硝子ちゃんには練習に付き合ってもらっただけでなんにもしてない!」
「あの体制で練習?キスでもしてたのかい」
「な……!壁ドンの練習してただけ!」
「壁ドンねぇ、それってこういうの?」
夏油くんが僕に少しずつ近づいてくる。そのまま後ろの壁に手をつかれて夏油くんに閉じ込められると、あまりにも近い距離に声すら出せなくて目をそらした。それが気に食わなかったのか顎を掴まれて無理やり目線を合わせると、そのまま夏油くんの顔が近づいて吐息がかかるほどの距離に、キスされちゃうかもって期待して目を瞑った。
「するわけないだろ」
「いた…っ!」
「いつも思ってたけど、君の好きって私だけじゃないんだね」
夏油くんは僕にデコピンして教室を出ていく。五条くんも硝子ちゃんも好きだよ。でも夏油くんの好きは特別なのに。小細工は通用しないってとっくに分かってたんだから、やっぱり僕は素直にアタックするのがいいのかも。また明日も頑張ろうっと。
「夏油くん!このあと一緒に出かけよ?デートしようよ!」
「しない」
「クソ犬出かけんの?ついでにアイス買ってきて」
「わんこ、煙草も」
「パシリにしないで!今夏油くんとデートの話してるの!前に話してた映画がやっててね、」
「……はぁ」
授業終わり夏油くんを捕まえてデートに誘った。でも僕が話しかけるとため息を吐いて去ろうとする。きっと倦怠期ってやつ。廊下まで夏油くんを追いかけて後ろから腕を組もうとすれば押しやられて僕はしりもちをついた。夏油くんはハッとした表情をしていたからきっとわざとじゃない。
「いてて、バランス崩しちゃった。今日の夏油くんはご機嫌ななめ?」
「いや……」
「僕と楽しいことしよ!ここにチケットもあることだし映画行こうよ!」
「行かないよ。他の人でも誘いな」
「でも前に夏油くんがこの映画面白そうって言ってたから…」
「君は私が言ったら何でも良いって言うの?それとも自分の意思はないのか?」
「違うよ、僕は夏油くんが好きなものがいいなって…」
「もういい。私が馬鹿だったよ」
伸ばした手は振り払われる。いつになく真剣な表情で告げられたのは拒絶の言葉。追いかけたらもっと嫌われてしまいそうで、諦めて教室に戻れば五条くんと硝子ちゃんは僕の様子を見てからかう。いつもなら励ましになる言葉も今日はうまく受け止められなくて、いい子になれない自分が嫌になった。
「う……っ」
「わんこ?もしかして泣いてる?」
「泣くなよクソ犬。傑が冷たいのなんか最近ずっとじゃん」
「つめたい……っ、なんでぇ…」
「ちょっと五条、これ以上泣かすなよ」
夏油くんのことで泣いたのは初めてだった。気持ちを押し付けるなんてダメだってわかってるのに、初めて知った感情の行き場がないから諦められなかった。振り向いて欲しいからって言い訳をして間違った選択肢を選んでる。でもどうすればいいかわかんないよ。夏油くんの正解が見えたらいいのに。
「俺今日任務ねーからさ、桃鉄やろーぜ!朝まで耐久99年!」
「だるいから私はパス」
「おい硝子も振られたクソ犬慰めてやれよ」
「まだふられてないもん!」
半ば無理やり五条くんに部屋に連れ去られて、乗り気じゃないままコントローラーを持たされる。こないだみんなでやったときはあんなに楽しかったのになって思い返して、またぐずぐずと涙が出てくる。
「いつまで泣いてるわけ?お前に貧乏神くっつけてもっと泣かしてやろーか」
「いやだぁ…!」
「こっちこそいやなのねーん」
普通に遊ぶのは変な感じだった。すぐる社長を1位にするためのプレイしかしたこと無かったから、夏油くんの言う通り自分の意思ってなかったのかもしれない。きっと五条くんと硝子ちゃんも嫌だったよね。せめて今からは自分を変えようとゲームに集中して、五条くんと話をしながらくるくると画面が変わる度、少しずつ僕の気持ちも落ち着いてお腹が鳴った。五条くんからも同じ音がするから思わず一緒に笑って、カップラーメンを食べながらゲームを続けた。
「お前さ、傑のこと諦めねーの?」
「諦められないよ。だって好きなんだもん」
「好きっつーけど別に本気じゃないっしょ?俺とか硝子にもよく言うじゃん」
「え、そんなに言ってる?」
「無自覚だったのかよ」
特別な好きは夏油くんだけに決まってるけどちゃんと伝わらなかったら意味が無い。重ねた好きが薄っぺらく見えるなんて僕は知らなかった。
「傑もお前のこと好きなんじゃね?多分自分以外に好き好き言ってんのが気に食わねーわけだし」
「夏油くんがそんなに心狭いわけないでしょ。単に僕がうざいから最近冷たいんだよ」
「俺といると露骨に嫌そうな顔してっけど…あ、カード使ってやろ」
「変なとこ飛ばさないでよぉ!」
区切りがついてシャワーを浴びに行っても、また拉致されてゲームの続きをする。五条くんは今日僕を離すつもりはないようだ。いろんな話をしながらゲームをするうちに寝落ちしてた。頭が痛くなりそうなほどの眩しい光に朝だと気づいて慌てて隣の五条くんを起こすと、寝ぼけてるのか僕をぎゅって抱きしめて枕か何かと勘違いしてるみたいだった。
「五条くん起きて!もう朝だよ!」
「んー…」
「学校行く準備しないと…もう僕のこと離してよぉ」
「まだももてつする…」
まだ眠そうな五条くんを揺すって起こしていると、突然部屋のドアが開いた。
「悟!まだ準備出来てないの、か……」
そこには目を見開いたまま動かない夏油くんがいた。きっとまた勘違いされてるってわかったけど、なんて言ったらいいのか言葉が出てこない。夏油くんが僕たちの身体を引き剥がすと、やっと目が覚めた五条くんはニヤリと笑う。
「クソ犬、昨日は楽しかったな♡ふたりっきりになるとあんなに可愛くなるとか知らなかったわ」
「あ、え…っ!?何のこと?!」
「ここに犬なんて居ないだろ。何言ってるんだ」
「やばぁ、朝からめっちゃキレてんじゃん!傑はクソ犬の好いとこも弱いとこも知らないもんなぁ♡知ってんのは俺だけかぁ…♡」
「いいから支度しろ。遅刻する」
五条くんは多分昨日の桃鉄の話をしてるだけ、なのに言い方がいやらしくて夏油くんはあからさまに機嫌が悪くなってた。そこから逃げるようにして僕も部屋に戻って着替えると、寮を出る頃にはふたりは居なくなってた。遅れて教室に向かって先生に怒られる。嫌な一日の始まりだなと思った。でもめげずに休み時間の度に隣に座る夏油くんに声をかけた。もちろん全部無視されてため息すらなく携帯をいじっている。
「夏油くん、返事してくれないと寂しいな。ねぇ無視しちゃやだよ…」
さすがに悲しくなって涙が滲み出す。それでも笑ってめげずに話しかける僕を見ていた五条くんと硝子ちゃんが近寄って来た。
「傑がいらないなら俺がクソ犬もらっちゃおっかなー」
「クズどもは引っ込んでな。わんこは私がもらう」
「はぁー?!硝子より俺の方がクソ犬のこと好きだしー?!」
「あんたが好きでもわんこは私の方が好きだから。残念でした」
「ど、どうしよう……夏油くんどうしたらいい……?」
ふたりが喧嘩し始めたのを助けを求めるように夏油くんを見た。それでも携帯を見つめたまま無関心を決め込んでいて、思わず手を伸ばした。
「あの……!僕は夏油くんが好き……、いっ!」
しんと静まった教室で五条くんが名前を呼ぶ声だけが響いていた。手を叩かれたんだって理解するのに時間がかかって、夏油くんは話したくないから無視してたのにそれでもやめなかった僕が悪い。謝っても表情は変わらなかったから、もう許してもらえることは無いのかも知れないと思ったら怖くなって、痛む手を抑えながら教室を出る。頭の中は夏油くんでいっぱいだった。
時間を空けて午後の体術授業では夏油くんとペアだったけど、手加減して貰えなくて傷だらけになった。おまけに鼻血まで出て、擦って溢れる血に戸惑っていると硝子ちゃんが駆けつけてくれた。
「夏油、さすがに謝ったら?これは無いだろ」
「別に謝る必要ないだろう。それだけ体が作れていないってことだし」
「あ、はは……愛のムチだから嬉しいよ!僕がどんくさいだけだし気にしないで!」
「わんこもいい加減にしな」
「うん、わかってるから…大丈夫だよ…」
ちょっと痛いけど反転術式を使ってもらうまでもない。DV彼氏ってイメージプレイだと思えば大丈夫。まだ全然大丈夫だよ。それよりいつでも笑ってなきゃ。上を向いて零れないようにしなきゃね。
授業が終わって放課後、なんとなく寮に戻りたくなくて出かけた。いつもなら夏油くんの後ろを着いて回っていたけど、この調子なら今日は止めた方がいいに決まってる。きっと明日も明後日も。適当に時間を潰しても頭の中は夏油くんでいっぱいだった。夜になって寮に戻ると夏油くんと五条くんの話し声が聞こえた。
「なぁ、本当はあいつのこと好きなんだろ?」
「男同士なんてありえないだろ。子供が作れるわけでもあるまいし、意味がわからない」
「でもいつもニコニコしてんのは可愛くね?頭悪そうだけど愛着が湧くっつーか」
「それなら悟にあげるよ。朝まで一緒に過ごすくらいには気に入ってるんだろう?どうせ少し優しくすれば今度は君にしっぽを振るさ」
「それって嫉妬?」
「誰が嫉妬なんてするんだよ。寝言は寝て言いな」
僕はもう一度外に出た。自分のした事を後悔しながら暗い道をとぼとぼと歩く。本当はずっと嫌だったんだ。今まで夏油くんのやさしさに甘えていただけで僕って馬鹿だなぁ、これじゃあ友達にも戻れやしない。せめて夏油くんに謝りたくてメールを打った。でもメールはエラーが返ってきた。変わったアドレスは教えてもらっていない。もしかして電話も、と思ったけど着信拒否されてたら今度こそ立ち直れないから確かめられない。もう全部遅かったんだ。滲む視界に足元が見えなくなって僕はその場に立ちすくんだ。
「おやおや、こんな夜中に危ないね」
「……夏油くん?」
顔を上げれば長い黒髪、一重の瞼、そして袈裟姿。同じ声なのに僕の知っている夏油くんとはなんだか雰囲気が違う。目の前の男は戸惑う僕を笑いながら近づいた。
「見ての通り夏油傑さ。君より少し年上のね」
敵かもしれないと焦りだしたときには遅かった。夏油傑を名乗る男はひとり楽しそうに僕を腕の中に閉じ込める。嗅いだことのあるかおりに頭が混乱してひとつの答えを導く。本当に夏油くんなのではないかと。
「君ってこんなに可愛かったんだ!小さいまんまだねぇ、可愛いなぁ!可愛いしか出てこないよ…」
「え、あの…」
「なぁに?戸惑ってるのも可愛い。笑ってるところしか見たこと無かったから新鮮でいいね」
「はなしてください…」
「やだよ。せっかく見つけたのに離れるわけないだろう。もっとよく顔を見せてごらん。ああ、この涙は愛しの夏油くんに泣かされたのかな?」
僕の目元をなぞって頬を撫でる。その手があまりにも優しくて心地がよかった。でも夏油くんはそんな風に僕を触らない。熱のこもった瞳で僕を見ない。話すら僕としてくれないのに。嘘でも縋ってしまいたいと思わせるほど目の前の男は夏油傑だった。
「全部知ってるよ。君が毎日愛を囁くのは本当に私を好きだからってこと。それなのに悟と硝子に嫉妬して冷たくしてごめんね」
「なんで知ってるの…嫉妬って……」
「だって君の好きな夏油くんだからね。私もずっと君が好きだったよ」
欲しかった言葉が今ここにある。でも嘘だ、夏油くんは僕にこんなこと言わない。頭では嘘だってわかってるのに言葉は僕の寂しさを埋めようとしてくる。
「もう二度と寂しくさせないと誓うよ。君のしたいことも全部叶えてあげる。だから私と共に生きて欲しい」
プロポーズのような言葉にうなずいてしまいたかった。今この時に身を委ねてしまえば楽になれる気がした。それでも僕にとって夏油くんはただひとりだから、夢から覚めるように腕の中から逃げようとした。力が強すぎて全然抜けられなかったけど。
「まぁ突然言われても無理があるか。本当はこのまま攫ってもいいんだけど…、せっかくだし私も一緒に行こうかな」
まるで遠足にでも行くかのように楽しそうな雰囲気で僕と手を繋ぐ。選択肢を委ねているようで実際に握っているのは目の前の男だ。このまま帰ったら夏油くんは怒るかな、それとも助けてくれるのかな。
「不安かい?こういうのは堂々としていれば案外大丈夫なものさ。飴でも舐めてリラックスしなよ」
いつもくれるのとおんなじ飴を手渡されて、この人は本当に夏油くんなのかもしれないと僕は思い始めていた。