こぼれた好きの行方は2

※男主に冷たく当たる高専夏油×めげずにアタックする男主←未来から来た離反軸の大人夏油



高専の警報はならなかった。やっぱり僕の隣にいる人は夏油くんなのかもしれない。簡単に中へ入り込んだ本人は「ほらね」とけろりとした態度で歩み進める。道を示さなくても迷わず僕の部屋の扉を開けて、中に入ると嬉しそうな声が聞こえた。慌てて口を押さえた夏油くんはそれでも喜びを隠せないようで、きょろきょろと部屋の中を歩き回る。懐かしいだけかと思ったらこの部屋であることに意味があったらしい。

「もう遅い時間だから、静かにしないといけないね」

自分自身を宥めるように呟くとベッドに座って僕を手招く。しかし今更になって夏油くんが僕の部屋にいることと、連れて来てしまったことで感情はまぜこぜになって立ち止まった。

「後悔してる?」
「ちょっとだけ。このあとどうしたらいいのかなって」
「明日また考えればいいよ。せっかくだし今日は一緒に眠ろう」
「一緒に?!僕は床で…」
「いいからおいで」

ゆっくり近寄ると夏油くんは僕をやさしく包む。ふたりでベッドに沈む日が来るなんて、夢なら戻れなくなってもいいとさえ思った。でも大人になっているはずの僕ではなく、この僕に会いに来たのには何か訳があるんだろう。知りたい気もするけれど未来を知ることが怖かった。夏油くんのこの服装だってよくわかんないし、知らない方が幸せだったりしてね。

「君と一緒に眠れるなんて嬉しいな。起きても離したくないや」
「……僕も離さないで欲しい」
「そんなこと言っていいの?ずっとだよ?」
「夏油くんだからいいよ」
「ずいぶんと信用してくれるんだね。悪いやつかもしれないのに」
「でも僕の知ってる夏油くんなんでしょう?だからいいの」

夏油くんは目をぱちぱちして困ったように笑う。笑い方も一緒だ。やっぱり夏油くんなんだと思ったら途端に恥ずかしくなってぎゅっと目を閉じた。夏油くんの言葉を全部聞かないふりして、そのうち聞こえてきた柔らかな吐息と服越しの体温に身体がじんわりと熱くなった。見上げるといたずら笑う目があって身体が跳ねた。

「起きてるよ」
「もう寝たと思ったのに…」
「それは君を抱きしめる口実さ。それとも抱きたいって言われたかった?」
「だ……っ!」
「しないよ、今日はね」

大人の夏油くんってなんだかずるい。膨らませた頬はふにふにと揉まれるうちに元通り。眠れなくなった僕たちは小さな声で会話する。みんなで朝までゲームして授業中に寝ちゃって怒られたこと、硝子ちゃんとの壁ドンの練習がキスしてると思ってびっくりしたこと、五条くんが僕を抱き枕にしてて焦ったこと。夏油くんが懐かしむそれらはつい先日の出来事で、あの時知らなかった答え合わせは僕にとって都合が良い話ばかりだった。嫌われたわけじゃなかったと思ったら溢れた気持ちは涙となって頬を伝う。

「よかったぁ…僕のこと嫌いじゃないんだ」
「嫌いなわけないよ。君がみんなに愛想を振りまくから不安はあったけれど」
「ごめん、でも僕は夏油くんだけが好きだよ」
「知ってる。私もずっと好きだったよ」

やっと思いが伝わった。涙が止まらなくて夏油くんの服を濡らすけど、それにかまうことなく抱きしめる力が強くなってまた嬉しくなる。好き、夏油くんが好き。大好き。言葉にできないほどの思いを胸に、僕は安心していつの間にか寝てしまっていたようで、眩しくなった部屋でしぱしぱする目を擦った。目の前に夏油くんがいることにびっくりして寝ぼけた姿を笑われて、つられて僕まで笑ったけれど時間を見て飛び起きた。遅刻ギリギリに焦って準備する僕を応援する夏油くんに、隙を見てここを出るなり、部屋にいるなりして欲しいと伝える。その答えとして「すぐバレるだろうけど」と呟いていた。部屋を出た瞬間、五条くんと夏油くんもちょうど部屋から出てきたところだった。小さな声で挨拶だけして視線を逸らすと歩幅を遅くしたのに、五条くんは嬉しそうにこちらへ近寄った。

「傑の残穢びっちりついてんじゃん。結局仲良くなったのかよ」
「どういうことだ」
「だってこの残穢…おいお前、昨日何してた?」

ふたりに問い詰められて俯く。夏油くんの言った通りだった。昨日あれだけ抱きついてたんだ、それも朝まで。本当のことを言っていいものか悩んで唇を噛んでいると、近くの扉が開く音がした。

「や、若人たち」

ふたりが一気に殺気立つ。敵じゃないなんて言っても聞く耳を持たないから、ふたりの前に立って少しでも止めようとしたけれど邪魔なだけ。

「そんなに敵意を向けるなよ。悟なら視えるだろう?私も本物の夏油傑だって」
「たしかに残穢は傑ので間違いなかった。呪力も同等、なんなら今よりも強い」
「お前は誰だ。どうしてここにいる」
「私は君だよ、夏油傑さ。可愛い恋人がいじわるされているようだからね、代わりに私が貰いに来たんだ」

恋人の言葉を裏付けるように、こちらに近づいた夏油くんに抱きつかれてほっぺたにキスされた。ま、まだ恋人じゃない……!たしかに夏油くんが好きだけど心の準備ができてないよ!熱くなった顔を手のひらで隠すと笑い声が聞こえる。

「マジ?そっちの傑もクソ犬のこと好きなのかよ」
「あんなのと一緒にするな」
「素直じゃないなぁ、だから本当に欲しいものが手に入らないままなんだよ」
「なんだと?私はお前とは違う」

夏油くんは眉間に筋が浮かぶほど怒りを顕にしていた。でもそれは僕の扱いではなくてプライドを傷つけたからだと思う。大人の夏油くんは嫉妬して冷たくしてたって言ってたけど、本当に僕が好きなら手を差し伸べてくれるんじゃないかな。突き放すような言葉はやっぱり僕の知ってる夏油くんで好きなんて言葉とは程遠かった。今にも喧嘩しそうな雰囲気の真ん中にいる僕は五条くんに目で助けを求める。

「……とりあえず夜蛾セン、呼ばね?」


***


夜蛾先生も頭を抱えてた。硝子ちゃんはよく分からない袈裟姿にゲラゲラ笑って写メをいっぱい撮っていた。本当に本人なのか疑っていくつか質問してみてもプラスアルファで答えてしまうし、すべて僕たちの記憶のまま並べられていく。さらには五条くんが見た上でなら間違いないだろうと、暫定の文言は取り払われた。そして授業どころじゃなくなった教室で、五条くんと硝子ちゃんはまだ夏油くんを質問攻めにしている。

「夏油はなんで未来からきたの」
「なまえが好きだから来ちゃった」
「マジなわけ?」
「もちろんマジ。この子のことを大切にしたいと思っているよ」
「わんこ、もうこっちの夏油にしとけば?」

指を指す硝子ちゃんに苦笑いした。頷くことなんてできないのに。窓際でそっぽ向いたままの夏油くんに聞こえてしまうもの。当たり障りの無い言葉でどうにかやり過ごせば、それを寂しがるように僕を抱きしめるのもまた夏油くんだった。

「てか未来のクソ犬はどうしてんだよ?もしかして若い方がいいとか?」
「愛があれば年齢なんて関係ないからね」
「お前いつの間にロリコンになったんだよ」
「大人になれば君もわかるさ」

僕はロリではない!と訂正する間もなく話題は次に移っていく。なんとなく濁されたように感じたのは気のせいかな。夏油くんが好きを重ねる度にいつもみたいに好きって返せない僕をふたりは茶化してくる。遠くから聞こえるため息を無視できなかったから。

「ということで、とうぶんはなまえの部屋にお世話になろうかな。服はそこの私にでも借りればいいか」
「嫌だけど?さっさと元の世界に戻ったらどうだ」
「こっちの傑くんはご機嫌ななめかい?困ったねえ」
「悟も硝子もおかしいと思わないのか?追い出した方がいいに決まってるだろう」

面白がっているふたりからは同意を得られなくて、教室から出ていった夏油くんを慌てて追いかける五条くん。続いて硝子ちゃんも「何かあったら連絡しな」とだけ言って居なくなってしまう。ポツリ残った僕達は顔を見合せた。

「まだまだ子供だね」
「でも本当に帰らなくていいの?特級だから僕にかまってる暇ないんじゃ…」
「なまえも一緒に来てくれるかい」
「それは…」
「こっちの世界の私が好き?」

僕は迷っていた。夏油くんのことは好き。でもきっと結ばれることはないんだと思う。燻った思いを灰にしてしまうなら、いっそのことこの手を取ってしまいたい。それでも今までの僕を作り上げたのは今の夏油くんだから簡単には決められない。たとえ同じ夏油くんだとしても。

「私は君のためなら何でもするよ。たくさん甘やかしてあげるし、食べたい物も行きたい所も全部付き合ってあげる。どうしたらなまえは私を好きになってくれる?」

魅力的な言葉に目眩がした。夏油くんがそこまで言うほどの価値って僕にあるのか不安になるくらいに。未来のことは知らないけれど、今の僕に優しくすることで何かを償っているのだろうか。それとも夏油くんは過去をやり直したいのだろうか。

「名前呼んでくれたからそれでいい。それに好きって言ってくれたの嬉しかったよ」
「他には?もっとおねだりしてごらん」

僕は首を横に振った。好きな人がいればそれで満たされるのに、これ以上何を欲しがることなんて考えられなかった。

「じゃあ私がしたいことを叶えさせて。君とデートがしたいんだ」
「デート?」
「こっちには長く居れないからね。色々行きたいところはあるけれど、それは一緒に帰ってからの楽しみにとっておこう」

脳裏に浮かんだのは映画館だった。任務の帰りにまだ雑談くらいはしてくれてた頃。あの日はそうだ、この映画が面白そうだねって話をしたんだ。そしたら夏油くんも気になってるって。それでチケット買ったんだ。断られちゃったけど。

「今ってあの映画やってる?気になってるんだよね」

あの日とリンクした会話に記憶を塗り替えられるような感覚がした。ポケットに手を入れて少し折れたチケットに触れる。いいのかな、僕が夏油くんとデートしても。

「それに私たちの仲を見せつけた方が、あの子も素直になると思うよ」

断る理由なんてなかった。チケットを差し出せば夏油くんはにっこりと笑うから、あの時見たかった光景を噛みしめた。

「そうと決まれば今から行こう!シャワー浴びて準備しようか」

夏油くんは僕の手を取って寮までひとっ飛び。シャワー室に押し込まれるまま浴びて出ると姿が見えなくなった。てっきり隣で浴びてると思ったのに。少し不安に思いながらひとり自室に戻って一番好きな服に着替えた。夏油くんの好みを知っても男には限界があったから、せめて隣にいても違和感のないような黒基調のシンプルな服。今まで着る機会のなかったそれにようやく袖を通して、ワックスを手に取って鏡を見つめる。そこにはあからさまに緊張した僕がいた。突然いなくなるなんて五条くん達に捕まってるのかな。それとも僕とデートしたくないのかな。

「お待たせ」
「っ、…夏油くん?!」
「おや、ずいぶんとかわいい格好してくれたね。嬉しいなぁ」
「急にいなくなるからびっくりした…」
「不安にさせてごめんね。さすがにあの姿は目立つから。それに初めてのデートだし」

夏油くんは先ほどまでの袈裟姿ではなくカジュアルなスーツ姿だった。僕がシャワーを浴びてる間にひとっ飛びしてもろもろ済ませたのだと言う。いつもゆったりしていた服の印象しか無かったからギャップもあるのに、キッチリしすぎてないところに夏油くんらしさが出ていた。大人の男性って感じでこの人の隣を歩くんだと思ったら途端に釣り合わない自分が恥ずかしくなる。

「やっぱり行かない!かっこよすぎるもん!」
「なまえもかわいいよ。それって私のために着てくれたんだろう」
「そうだけど…でも夏油くんの好みってこういうのじゃないでしょ?」
「私の好みはなまえだよ。だから機嫌直して?デートするの楽しみにしてたんだ」

夏油くんをじっと見つめると、さっきまでの不安も全部吹き飛んでしまう。なんて単純なんだろうって思うけど、本当は僕だって楽しみにしてたもの。

「見惚れちゃった?」
「もう!」

いたずらに笑う夏油くんを置いて部屋を出ようとすれば、慌てて後ろから追いかけてくる。ふたりで部屋を出ると夏油くんは僕の手を握った。ふわり香る香水の匂いと合わさって、いつもの廊下が特別な物にすら見えて自然と笑みがこぼれる。

「デート楽しみだね」
「デートぉ?」

後ろを振り向けばそこには五条くんと夏油くんがいた。慌てて繋いだ手を離そうとしたけれど、ぎゅっと力が込められていて握ったまま。見せつけた方がいいって言ってたからわざとなんだと思う。

「手まで繋いで超仲良くなってんじゃん。傑どうすんの?このままじゃ取られちまうけど」
「うるさいな。この子は偽物で代用するしかないんだよ」
「嫉妬かい?なまえは私の方が好きなんだって。残念だったね」
「お前に言ってない。そいつ何するかわかんないのによく一緒にいられるね」

夏油くんの言葉にまた一喜一憂するくらいなら、今だけ夢を見たっていいじゃないか。もしこのまま高専に残ってもきっと何も変わらない。本当は僕だって優しくされたいもの。

「ご機嫌ななめの夏油くんには関係ないもん。早く行こう」
「ふふ、なまえは私が貰うね」

自分の言葉で遠ざけるのは怖かったから言葉を借りた。だって本当に嫌ならそうやって見つめるだけじゃ終わらないよね。

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はじめ