やさしい手で


「お疲れ様。今日は大変だったね」
「山崎さんこそお疲れ様です」


お互いを労って、コップをこっつんこ。
ふたりでふふふって笑ってお酒を口の中に運ぶ。
体に染み渡っていく感覚が心地よいのは、今日が大変だったからかな。


「下着は返してもらった?」
「なんとか返ってきました…」
「貸してくれって言われたときはどうしようかと思ったよ。備品があってよかったね」


自然と話題になるのは昼間のこと。
総悟くんの嫌がらせにも屈せず頑張れたのは山崎さんがいたからだ。
僕ひとりじゃ多分勝てなくて泣いてた。結局あんなことされて勝てた気もしないけど。


「また助けてもらって山崎さんには感謝してます。もはや神様です」
「神様だなんて言いすぎだって」
「山崎さんが困ったときは僕なんでもしますから!ちゃんとお返しさせてください」
「そんなの一緒に呑んでくれるだけで全然いいよ」
「や、山崎さん……!僕お酌しま…っあ、ごめんなさい!」


もうお酒が回り始めたのか手元が狂って、うっかりこぼしてしまった。
慌てて手元にあったタオルでごしごしと拭けば、嘲笑うように残された跡。
せっかく誘ってもらったのに、ちゃんとできない自分のこういう所が嫌になってしまって謝るばかりだ。
うっすら涙さえ滲ませながら、山崎さんの方を向く。


「あの、本当にドジでごめんなさい…」
「……っ」
「山崎さん…怒ってますか……?」
「っええ!?あ、うん!大丈夫だから気にしないで!」


山崎さんの目線は僕の首。
しっかりと向けられたその視線にかあっと顔が熱くなる。もしかして今使ってたタオルって首にかけておいたやつじゃない?なんのためにタオルかけといたんだよ。
またやらかしちゃったじゃないか!


「あ……あのさ、聞いていいのかわかんないけど、首元のそれって…」
「む、虫刺されです…?」
「それにしてはちょっと数が多いんじゃないかなー…なんて」


踏み込んでくる山崎さんはもはや定型文となった虫刺されの言葉に納得していないみたい。
そんな心配そうに見つめられたら申し訳ないし、山崎さんにだったら話してもいいかなって思っちゃう。だって僕の神様だし。
なんてお酒で少しふわふわした頭で着流しを少し崩した。


「隠してもわかっちゃいますよね。実は総悟くんがふざけて僕につけたんです」
「痕って……これ、噛まれてるじゃん」
「今日すごく機嫌悪くて噛まれちゃいました」
「うえ、痛そうだな。こういうのってどれくらいで消えるんだろ。血行を良くするといいんだっけ」


ちょっと試してみてもいい?なんて言葉に、考えるより先に頷いてしまった。
山崎さんを見つめれば、にっこりと微笑んでくれる。
それに安心して僕も笑い返せば、ゆっくりと僕に伸ばされた手が首をふにふにと揉んでくる。
その優しい手つきが気持ちよくて、もっとして欲しくなって、目を瞑って素直に受け入れた。


「どう?いたくない?」
「ん……あ、きもちいいです…んっ、山崎さん上手ですね」


頭がぽわぽわとしてきてしまう。
山崎さんが触れるところがあったかくて、思わず眠ってしまいそうなほど。お酒のせいかな。


「胸元も、すごいね」
「……ひあっ…」
「ごめん…!」
「っいえ、変な声出してすみません。きもちくて、だめみたいです…」
「本当?気持ちいいなら良かったけど…じゃあもう少しだけ続けてもいい?」
「んっ…山崎さんがよければもっと、してほしいです」
「うん、いいよ。なまえくんだけ特別ね」


今日の疲れを溶かしてくれるような手が気持ちいい。
僕についた痕を消すためにしてくれてるというのに、すっかり気が抜けてしまってされるがままだ。
こんなによくしてもらっちゃっていいのかなぁ。
山崎さんといると安心しちゃうのがいけないのかもしれない。

気づけばいつの間にか手際よく引かれたお布団に横になってて、僕はそのまま眠ってしまった。
山崎さんの声を遠くに聴きながら。

 

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はじめ