なぞる痕は


どうにか日中の任務を終えたところで、また問題はやってくる。そう、お風呂問題が。
首はともかく、さすがに胸元についた歯型は虫刺されなんてのは無理で、うまい言い訳も思いつかない。
いっそ総悟くんがつけたと言ってしまっていいのだろうか。なんて、あの雰囲気を簡単に片付けられるほどの度胸があったらよかったのに。


せめてもの思いで人気のない時間を見計らってお風呂に入ることにした。
どうか誰にもばれませんようにという、僕の切実な願いが通じたのか大浴場には誰もいなかった。
その隙に急いで体を流し終えて、さっさと立ち去ろうとした途端、がらりと目の前の扉から嫌な声がした。

「お、今日遅ぇじゃん」
「なんでこんな時間にいるんですかぁ……」
「それはこっちの台詞だって。てかお前それって…」

あと少しだったのに!
やっぱり運がなかったのか、また原田さんに見られてしまったじゃないか。

「うっわ、どぎつい歯型」

目をぱちぱちさせて下を向くと、僕についた痕をなぞる原田さんの太い指。

「へっ……ちょ、何触って…」
「もしかしてなまえってドM?」
「そんなわけないです!原田さんには関係ないですよ!」

段々と怪しくなる手を思わず叩いてしまった。やばい仮にも上司なのに。
そんなことすればもちろん怒られてしまって、簡単に僕の両腕をまとめられてしまう。さすが隊長なだけあって力が強い。

「おいおい、お行儀悪いぜ。そんなふうにされるともっと見たくなっちまうよなぁ」

身をよじって抵抗したけど、腕を掴まれてたらやっぱり適うはずもなく。
じろじろと向けられた視線が恥ずかしくて、というかこの体制になんだか変な気分にさせられてしまう。

「やっ……みないで…」
「ん?じゃあ触って確かめねえとな」
「っ……ひゃあ、っだめ…ですってばぁ」

また原田さんの指が僕の胸を掠めて、変な声が出てしまう。
それに気を良くしたのか、今度はぷっくりと膨らんだ乳首を弾かれる。
何度も弾くように動かされて、どうしても漏れてしまう声を笑われるたび、やっぱりわざとやらしいことをされてるんだって気づいた時には原田さんの顔が近づいてた。

「んっ、はぁ…も、やめっ」
「お前、可愛すぎだろ」
「う、あっ……は、らださ……」

あと少しで唇が触れてしまいそうな距離にびっくりして思わず、目を瞑った瞬間だった。
脱衣場から聞こえてきた他の隊士の声に我に返った僕は、掴まれていた手の力が弱まったのをいい事に、その場から逃げ出した。
後ろから僕を呼ぶ声がするけど無視だ。もうしらない!原田さんのばか!

タイミング良く入ってきてくれた隊士たちに心のなかで感謝しつつ、急いで着替えてその場から離れた。
首からタオルをぶら下げてできるだけ見えないようにきっちりと。
もうあんなへまはしない。噛まれたりもしない。だから早くこのどきどきが治まって欲しい。
あれ?なんでどきどきしてるんだろ…


廊下をバタバタと歩きながら、どうしても思い出してしまうのは先程の出来事。
見られただけでも失敗なのにあんなに…ち、乳首を…うわぁ変な声出ちゃったし…うう、恥ずかしい。
火照ったほっぺたを両手で抑える僕は、まさしく乙女のようなポーズでその場に立ち止まる。
あれって、もしかして、キスしようとしたのかな。どうして原田さんまで…?最近みんなおかしいよ。

「なまえくん?」
「ひゃ…っ!」

また人の声にびっくりして振り向くと、部屋からひょっこりと顔をのぞかせる人。
そうか、ここ山崎さんの部屋の前だ。

「ずっと部屋の前にいるから気になってさ。あ、よかったらどう?」

お酒の瓶を見せながら言われたら、頷いてしまうに決まってる。
呑んで忘れるのもありかもなんて。


 

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はじめ