「ブラウン」
「どうかしたのか? マスター」
「これといったことはない、かな。ただ呼んだだけ」
「なんだそれ」
 夜空は晴れているというのに、浮かんでいる星の数は多くない。綺麗とは言い難い空の下、私たちは今日も今日とて世界帝軍との戦いに身を投じていた。
 日々重なる疲労と、もともと丈夫ではない身体のおかげで、衛生室で休息をとらせてもらっている。
 貴銃士を従えることのできるマスターは自分の他にはおらず、自分が死んでしまえばすべてが無に帰すということもあってか周囲の人は丁重すぎるほど私に優しくしてくれる。
 衛生室にいる他のひとはみんな眠りについたらしく安らかな呼吸音が衛生室にこだましている。
 私はなぜかなかなか寝付けず、ベッドの上に足を伸ばして座り近くの窓から外を見上げていたところ、ブラウンが私の様子を見にやってきた。明日、そしてこれからのために寝れるうちに寝ておかないといけないのに、なんて言ってもブラウンは返事をするだけ。
 会話らしい会話をしないまま少しずつ時間は過ぎていき、先ほどの応答に至る。
「マスター、そろそろ横になった方がいいぞ」
「眠くないんだもん」
「目を閉じていればいつか眠くなる」
「そう、なんだけどね」
 ブラウンに促されるまま大人しく布団にもぐると、足元がひんやりとしていて反射的に少し身震いした。
 目を閉じてみるも眠気が来る気配がしない。どんな明るさの元でも眠ることができる私でも、今日のくすんだ空の明かりだけはなぜか気になってしまい折角閉じた目を開いた。
 それとほぼ同時にブラウンが私の頭を撫でた。それにもびっくりしたけど、なにより、花でも愛でるのかのように柔らかい表情をしているブラウンにびっくりして時がとまったように感じた。
 ブラウンはいつも無表情で、その無表情の中にもたくさんの色があるのがブラウンなのだ。なのに、今のブラウンは柔らかい表情を浮かべている。
 ブラウンも目が合うと思っていなかったのか、表情が固まり手を引っ込めてしまった。ブラウンの手が触れていたのは一瞬だというのに、ブラウンの手が触れていた場所がなんだか寂しい。
「わ、悪い」
「別に気にしてないよ。そのままでも良かったのに」
「えっ、あ、えーと……マスターがそう言うなら。べ、別にマスターに触れたいと思ってるわけじゃないんだからな。マスターを少しでも安心させようと思って」
「うん。わかってる。ブラウンは最初からそうだったよね」
 先程とは違い、少し遠慮気味にブラウンの手が私の頭を撫でる。温かくて優しいその手は、ブラウンが人間ではないことを忘れてしまうような安心する手。
 ここに来るまで一人の時間が多くて忘れていたものを、彼らが、みんなが教えてくれた。慣れない私をいつも傍で支えてくれたブラウン。本当に感謝してもしきれないほどブラウンには迷惑をかけたし、たくさんのことを教えてもらった。
 この日々の中で私はブラウンに恋をした。
 こんな時代の中、間違っているとは思う。
 それでも、恋≠ニいうこの感情を教えてくれたのは紛れもないブラウン。人間と銃。この戦いにも必ず終わりが来て、そうなれば必ず別れなければならなくなる。
 私はちっとも後悔していない。
 この感情の名前を知れたからブラウンと向き合えている気がするもの。
 月のように凛としていて、私を陰ながらに支えてくれる存在。この光は誰にも消させやしないし、消えたりなんかしない。
 月は光源がないと輝いていられないなんて誰かは言うけれど、この世界は光で溢れているから何の心配もいらない。もし、光がない世界になったとしても私がブラウンを照らし続ける。私がいなくなったとしても周りのみんながブラウンの行く末を照らしてくれる。
「ブラウン」
 いつの間にか閉じていた目を開けて、もう一度ブラウンの名前を呼ぶ。
 ブラウンは私の頭を撫でているを止めて私の目を見た。
 恋というのは実に厄介で、忘れてしまいたくても忘れられない不思議な感情。ブラウンの透き通った翡翠色の目を見ているだけなのになんだか頬に熱が集まった気がした。
 ひとつ深呼吸をして、いつもと同じ安心する言葉を言う。
「今日もありがとう。明日もよろしくね」
「ああ。明日もマスターに平和な日々を」
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