これにて閉幕
あれは戒めだ。リカバリーガールとも話したことだが、今後あんな怪我を治す気はなかった。治療すれば、治癒すれば治せるなんてそんな甘い考えでいられたら困る。医者もヒーローも万能ではない。起こせる奇跡には限りがあるものだ。
緑谷はちょっとくらい、自分の気持ちを理解したらいいと思う。治すために医者はいる。でもそれは……治してもらう前提でいられると、ふざけんじゃねぇぞこのクソナードとぶっ殺したくなる。言わないけれど、きっと万癒はずっと怒っていたのだと思う。
緑谷の手術に合わせ、万癒と常闇の試合は後回しにされていた。手術が終わるとその足で会場へと赴き、すぐに試合を開始しようとする万癒に、常闇が気遣わし気な表情を向けた。
「悪いな常闇、随分待たせた」
「いや、医刀こそ大義を為したばかりだろう。無理はないか」
「まさか。こちとらフライトドクター時代に馬車馬のように働かされてんだぞ。こんくらいでへばるわきゃねぇだろ」
「逞しいな、お前は。ならば全力で行かせてもらう!」
「手心は無用。かかってこいよ、
攻防一体にして、常に2対1という数の有利を取れる常闇に対し、万癒はすぐさまどデカい反射板を創造した。騎馬戦で発覚した黒影の弱点を突きにいったのだ。太陽の光を反射させ、黒影の弱体化を図るが……やはり太陽光では完全に弱体化ともいかなかった。
「万癒めっちゃえぐい! 俺がニガテなのわかっててやってくる! ヒドイ!」
「黒影、それが勝負というものだ」
「悪ぃなぁ……こちとら手段はそう選ばない
「ヒッ、顔怖い!!」
「(悪鬼……)」
万癒のギラついた視線に黒影は泣き言をこぼす。それでも果敢に挑み、万癒も冷静に創造した鉄パイプで迎撃する。その動きに観客席で見ていた爆豪が目を細めた。
「あいつ……
「え、そうか?」
「黒目の時もそうだったが――」
「あ・し・ど・み・な!!」
「医者が人体を熟知してンのは当然とはいえ、あんなバカでかい鉄の塊を人に向けんのに躊躇がなさすぎる。あの身のこなし、相当場数踏んでんな」
「それどんな状況だよ……お医者さんでしょあの人。エレガントヤンキーってやつ?」
「割と口悪いけどね……」
そんなことを話している間も、万癒はボコスカやっていた。「もっと攻めて来いよ!! 黒影!!」と煽り散らしながら。黒影はちょっと泣いていた。太陽光の反射と万癒の覇気に押され気味だった。
万癒のその姿はどこか活き活きとしていて、相澤は相手が黒影なのをいいことに、ここぞとばかりにストレスをぶつけているなと冷静に分析していた。
万癒は黒影しか見ていないように見えた。だから、気づくのに遅れた。体重をかけ、勢いのまま黒影を吹っ飛ばした万癒が、常闇に近づいていたことに。
「
「!? ……っ」
『おっと常闇膝をついた!! なんだぁ!? なんか常闇に刺さったぞ!?』
「ぅ……っ」
「フミカゲ!!」
『ね、眠ったあああ!? あれ麻酔か!?』
「医者だからできる芸当だな。黒影しか目に入っていないようで、しっかり常闇に近づく機を伺っていた。随分冷静だよ」
『カーーッ、クールだねぇ』
「医刀さんの
途中で保健室から戻ってきた緑谷は、騎馬戦のときの万癒の発言に合点が行った。それと同時に、やっぱりすごい人だと思う。言葉は悪いが、いつだって冷静だ。冷静に状況を判断し、警戒を怠らず、逆に油断を誘う。万癒はいつだって大人だった。同い年だけど、自分たちの何歩先も行っている人。それが緑谷の医刀万癒への認識だった。
万癒が放ったのは麻酔針だった。通常の麻酔とは違い、万癒が安全かつ即効性にこだわって改良したもの。常闇を落とせば終わりに見えたが、黒影は常闇を心配しつつ、それでも動いていた。完全に独立した個性なのだろう。
「ミッドナイト先生、この場合どうなんだ? 黒影を倒さねぇとなんねぇってんならボコすまでだが」
「俺! やれる!! フミカゲの分まで戦う!!」
「(青臭っ)常闇くんの力は一人で二人……黒影の戦闘不能、もしくは場外で医刀さんの勝利とします」
「ヤッター!!」
「上等だ。ぶっ殺し甲斐があって大変よろしい。白黒つけっぞ黒影!!」
「望むところ!!!」
そこから万癒と黒影の血で血を洗うような戦いは20分にも及んだ。
常闇のためにも勝つという黒影の思いは強く、先ほどの何倍も黒影は力を増していた。その結果、万癒の頭に傷を入れ、血を流させることになる。それにやりすぎたと慌てる黒影に「怯むな億すな!! 己が大義の為に全力を尽くせ……!!!」という万癒の発破に影響され、黒影も容赦なく反撃し、結果――。
「はぁ……はぁ……くっ……参った」
「医刀さん降参! 三回戦出場は常闇くん!!」
「はぁ……」
「万癒……!」
黒影を絶えず殴り続けたことで武器がことごとくダメになり、その創造とタイマンの両立に体力も、脂質も保たなかった。
思わず座り込んだ万癒に、黒影が心配そうに駆け寄って「ゴメンネ! 痛かったダロ! ゴメンネ!」と泣いていた。
「気にすんな黒影。私も容赦なくボコスカやっただろ。おまえの方は大丈夫か?」
「俺はヘイキ! 痛かったけど、すぐよくなる!」
「おめぇの身体は便利だなぁ」
「でもあの反射板は怖かった! 俺死ぬかと思った!」
「よく言う……」
そう言いつつも、万癒もあの反射板をもっと創造できていたなら勝敗は違っただろうと思う。あれを他に創造するには脂質が足りなかった。やはり脂質を蓄えにくい体質というのが響いていた。
搬送ロボに常闇が保健室まで送られていくのと一緒に、万癒も保健室にいくことにした。さすがに血まみれがすぎた。
「でも、俺が勝てたのきっと万癒のオカゲ!」
「あ?」
「俺、万癒におっきな怪我させて、どうしようって思って……隙が出来たのに、万癒が発破かけてくれた! だから俺、フミカゲのためにも勝とうってがんばれた! アリガトウ!」
にっこり笑ってお礼をいう黒影に万癒は何とも言えなかった。無意識のうちに敵に塩を送っていたらしい。今回もまた、万癒は趣旨を置いてけぼりにし、私事で動いてしまったというワケだ。
「……どーいたしまして」
それはもう苦い顔で伝える。体質と合わせてこれは万癒の課題だ。
きっと自分は同い年である彼らを無意識に下に見ている。クラスメイトでありながら、自分は導く側の人間だと思っているのだ。それはクラスメイトにも失礼なことで、いつか必ず自分の首を絞めるだろう。
そのためにも意識を改善せねばならないと思うのだった。
余談だが、雄英体育祭は爆豪が優勝した。決勝戦は轟とだったのだが、出したと思ったら炎を引っ込めてしまい、爆豪の納得する試合ではなかったのだ。結果猛抵抗の末に爆豪は拘束され、お立ち台に上ったのだった。
「――でね、万癒が俺に言ってくれたんだ! 「怯むな億すな!! 己が大義の為に全力を尽くせ……!!!」って! 万癒、超カッコヨカッタ!!」
「……そうか、医刀がそんなことを……」
「大義ダッタロ! フミカゲの勝ちだった!」
「…………そうだな」
試合が終わって、家に帰ると黒影が聞いて聞いてとばかりに常闇が眠った後のことを教えてくれた。
常闇にとって万癒は掴みどころのない人だった。疑いようもなく優秀で、医者であることに重きを置いている。口は悪いが、悪い奴ではない。逆に言えばそれしかわからなかった中で、万癒が黒影を奮い立たせたことはわりと衝撃的だった。意外と世話焼きなのかもしれない。
「爆豪には負けちゃったけど、次は負けない! フミカゲが勝つんだ!」
「ああ……」
常闇は万癒に勝たせてもらった≠フだと思う。万癒の真意はどうだか知らないが、万癒が勝てる試合だったのは間違いない。黒影は頑張ってくれた。だが、それでも悔しいと思った。
――次に戦うときは全力で。医刀、お前と戦いたい。