ここから始まる、

「なぁ万癒! 待って、待ってって!」
「……」
「待てって言ってんだけど!!」
「……んだよ、うるせぇな!!」
「(顔怖っ!!!)」

ついてくる上鳴を無視していた万癒だったが、ついに腕を掴まれ舌打ち混じりに睨みつけた。
あまりの迫力に万癒さん、もしかして人殺したことあるんじゃ、とありえない想像をしていまった。さすがにそれはない。上鳴も誰よりも医者であることにこだわっている万癒であるため、ありえないなとブルブル首を振った。


「なんか悩みあんじゃねぇの? 俺、相談乗るよ」
「……悩み?」
「そ。じゃねぇとヤオモモにあんなこと言わないっしょ。緑谷とかなら……まだ、分かるけどさ」
「……」

そういえばあそこには緑谷もいたなと思った。教室を出ていくときに、万癒に何か声をかけようとして結局何も言わなかった。多分、何て言っていいのかわからなかったんだろうと思う。クソナードだもんなと万癒は内心で鼻で笑った。


「仮に悩みがあるとして、おまえに話して何か解決すんのか?」
「それはわかんないけどさ、一人で悩むより二人で悩んだがいいと思う。それに話すことで消化できるものがあるかもしんないじゃん!」
「……楽観的だな。おまえは悩みがなさそうだ」
「うっ……でもでも、俺あんまいつまでも抱えてるタイプじゃないからさ、逆に消化は手助けしやすいかもしんないよ!」
「……」
「やるだけやってみようぜ! 飯と一緒だ! 俺たちまだマック止まりだし!? 心理療法? ってやつ試してみようぜ!」

上鳴は明るく近くにあったファミレスを指した。
マックにいったとき、上鳴に少しだけ自分のことを話した。それから、八百万と耳郎にも。万癒は先ほど自分が引き起こした騒動を思い出し、やっぱりこのままじゃいけないよな、と上鳴の提案に乗ることにした。







「――で、どうしてああなったん?」
「……前話したろ。創造には脂質を使うって。そんで私はその脂質を蓄えにくい性質タチだって」
「うんうん、聞いた聞いた。万癒さんは大っ嫌いなもんを個性使うために頑張って食べてるんだよな」
「まぁ、それはいい。問題は……いや、これは問題じゃねぇ……八百万も創造に脂質を変換するってことだ」
「あ、そうなん? 大きなもん創るのに時間かかるとしか知らなかったな。へぇ、じゃあそこは万癒さんと同じってわけだ!」
「……」
「あ、ゴメン」

同じと口にした瞬間、万癒の目がギラついた。地雷を踏んだのを理解し、すぐさま上鳴は謝った。
万癒は気を取り直すようにため息をつき、再び話し始める。


「私は……八百万みてぇにあんなぽんぽん出せねぇ。体質に恵まれてねぇから、私が創れる数にはかなり限りがあるんだよ」
「……たしかに、ヤオモモ大砲だの盾だのシートだの、結構色んなもん創るよな。個性把握テストのときとか無双してたし」
「ああ。以前から少なからず意識はしていた。でも、あくまで学生にしてはやるなっていう目で見てただけだった。耳郎の言う通り……私はおまえたちを見下していた」
「ちょちょ……耳郎だってそこまで言ってないだろ? ただ俺たちのこと、こう……保護者的目線で見てたっつーか」
「物は言いようだな。私は体育祭で常闇と戦うまで、それ・・を自覚していなかった」
「常闇?」
黒影ダークシャドウが言っていた。私に発破をかけられたから勝てたと。無意識だった。あいつ・・・みたいに悔しいって感情からじゃなかった・・・・・・・・・・・・・・・

上鳴はあいつが誰かもわからず、疑問符を浮かべていたが、聞いても万癒は答えてくれなかった。答えたくないのだろうと思い、上鳴はそれ以上聞かないことにした。
万癒は息を吐いて、ここからが本題だと意を決して口を開く。


「これじゃいけねぇと思ってた。おまえたちにも失礼だし、いつか自分の首を絞めると分かっていたから。だが……中間テストで八百万と同率1位だって知って……物凄い衝撃を受けた」
「それは俺もだよ。万癒がぶっちぎりだと思ってたから、ヤオモモすげぇ! って思ったし」
「……私は2つで読み書きを完全に理解し、3つで医学書を片っ端から暗記し、6つには医師免許を取った」
「ブッ!! いやヤバ過ぎね!!? 完璧超人じゃん!!!」

上鳴が飲んでいたドリンクが火を噴いた。おまけに顔芸まで披露してくる上鳴に「落ち着け」と万癒は冷静にテーブルナプキンを差し出した。「わりっ」と謝って片づける上鳴が続きを促す。


「私は……医者になる為に生まれ、育てられた人間だ。それに一切の不満などないし、そう在りたいと思っていた。そうやって歩んできた自分に差し迫る頭脳を……まさか、同い年の学生・・・・・・がもっているなんて思わなかった……」
「……ショックだったんだ?」
「……そんなもんじゃねぇ……八百万のあれは……私じゃ……っ」
「!?」

万癒の瞳に水の膜があった。上鳴は慌ててポケットからハンカチを取り出し、万癒に差し出した。


「おまえ……ハンカチとか持ってんのか、意外だ」
「女の子が泣いてるときにないと困るじゃん?」
「……相変わらず、おまえは軽いな」
「うっ、でも今役に立ったからいいっしょ!?」
「……そうだな」

笑ってはくれなかったけれど、ハンカチは受け取ってもらえて、使ってもらえたからいいやと上鳴は思う。
万癒は少し落ち着くと「悪い、取り乱した」と言って続きを話した。


「八百万の創造は、分子構造を理解することで創造に至っている」
「……分子構造?」
「例えば、何かを創るにしても頭の中で「必要なパーツを列挙」、「素材選び」、「組み立て」、「モノによっては塗装」という工程を経て創造してんだよ」
「……やばすぎん!!?」
「ああ、やばいよ。あいつは……私より、頭がいい……」

唇を噛んで、拳を握りしめる万癒に、上鳴はそうか、と納得した。
今まで子どもだと思っていた人間の中に、自分より優れたものを見つけてしまって、万癒はどうしたらいいかわからなくなっているのだ。でもその肝心の八百万は、どういうわけか体育祭明けから随分後ろ向きで、おまけに万癒のファンである。そりゃぶつかるわなと上鳴は少しだけ笑った。


「じゃあ万癒さん、初めての挫折か〜」
「……は?」
「いやだってそうじゃん? 初めて医刀万癒が誰かに負かされた日みたいな感じじゃん?」
「……は?」
「じゃあお祝いしないと!! ファミレスってケーキもあんだよね!」
「あ、おいっ」

上鳴は万癒の制止も聞かず、ワイヤレスチャイムを鳴らして店員さんを呼ぶと、万癒の意見など聞かず、三種類あるケーキを全部頼んでしまった。ツッコミどころしかない。


「おまえ……」
「あ、俺のおごりね! いやぁ、目出度いなぁ」
「何が目出度いんだよ何が。目出度いことなんざないわボケ!」
「ええっ、そうでもないっしょ? 俺バカだからよく言われんだけど、若いうちにいっぱい失敗した方がいいんだって! 大人になって初めて挫折すると、すげぇ後に響くんだってよ。転び慣れてねぇから起き方もわかんないんだってさ」
「……小児科医の言葉かよ……」
「お。お医者さんにもそういうのあんだ?」
「……子どもがよく怪我してくるだろ。でもその分治りも早ぇんだ。それは、怪我をすることで痛みを知るためだ。そしてその内、他人の痛みも理解できるようになる」
「いい言葉じゃん。じゃあ万癒さんは他人の痛みの分かる人に一歩近づいたわけだ。よかったじゃんね!」

どこまでも前向きな上鳴に、おまえさては底なしのバカだろと内心で思う。でも、嫌なバカではなかった。
空いていたからか、上鳴が頼んだケーキはすぐに来て、万癒は初めての挫折を祝われることになってしまった。


「じゃあ、万癒の挫折を祝して! カンパーイ!」
「……かんぱい」

もはや乾杯ではなく完敗であったが。
それでも、万癒は少しだけ立ち上がれた。転んだままだったのを、上鳴が無理やり「起き方わかんない? こうするんだよ」と引っ張ってきた。本当に変なヤツ。

他人の痛みが……自分も少し分かるようになったのだろうか。
でも、とりあえず……八百万には謝ろうと思う。きっと八百万は、自分の方が悪かったというだろうけれど。


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