患者見捨てる医者はいねぇ
「おいクソもじゃ。おまえが私のペアか」
「医刀さん!? あっ、8番……!」
「んだその顔は。何か不満でも? 多分このクラスの誰より私の世話になっているおまえが……まさか不満何てないよなぁ?」
「めっそうもございません!!」
「ならよし。よろしくな。……ま、全く頼りにはしていないが」
「あはは……(平気そうだもんな、医刀さん。非科学的なこと信じてなさそうだし)」
補講組は日中の訓練が疎かになってしまっていたため、強制連行されて行ってしまったが、残ったメンバーでAB対抗肝試しが行われようとしていた。
くじ引きで決めた万癒のペアは緑谷で、悪くないなとそれなりに肝試しを楽しみにしていたのだが……事態は急変した。
突如、合宿場に
すでに5組が出発しており、B組も散らばっている。さらに、ピクシーボブが敵にやられた。頭から血を流しているため、すぐに処置が必要な状態だった。
確認した敵は目の前にいる二名、マグ姉と呼ばれた敵とスピナーと名乗る男だけだったが、他にもいると考えるのが妥当だった。突然昇った黒煙。安全なのは先生たちのいる施設くらいだろう。そちらに戻るようマンダレイがテレパスで繋げるが、敵の目的も何もかもがわからなかった。
「皆行って!! 良い!? 決して戦闘はしない事! 委員長引率!」
「承知致しました! 行こう!!」
万癒は動かなかった。動く必要がなかったから。
けれど緑谷は足を止めて、振り返って、マンダレイに何かを知っているというと……どこかに行ってしまった。マンダレイが止めなかったということは、気がかりな何かを為す術を持っているのが緑谷だけということだろう。またぶっ壊れるなよと思いつつ、万癒はピクシーボブから目を離さなかった。
「医刀くん何してる! 早く戻るぞ!」
「行くわきゃねぇだろ! そこに患者がいんだぞ!! せめて回収してからだわ!」
「医刀くん……っ(ヒーローたるもの……救助優先)わかった!!」
ピクシーボブが心配なのは虎とマンダレイも同じだった。二人が意図を汲み、それぞれを相手にしてピクシーボブから距離を取らせた。その瞬間を見逃さず、飯田がエンジンでピクシーボブを回収するのに成功した。
「よくやった飯田! ここじゃ処置するにも邪魔になっちまう! 揺らさねぇのは無理だろうが、なるべく頭は動かさずに距離をとるぞ!」
「ああ!!」
プロたちの邪魔にならないように、自分たちに今できることを。
ピクシーボブの出血がなかなかのもので、施設まで行くのに憚られた。万癒は距離を取ったのを確認し、救護テントを創造してこの場で処置することを決めた。
「医刀、ここでやんの!?」
「ピクシーボブの状態が思ったより悪い。ちゃんと診てねぇで連れてきちまった。私の手落ちだ。ここでやる。おめぇらは先戻ってろ」
「そんな医刀さんっ、どこに敵がいるのかもわからないのに危険だよっ」
「言い方変えっぞ。おめぇらがいてもクソの役にも立たねぇから行けって言ってんだよ。邪魔だ。気が散る」
「医刀くん……わかった! すぐに戻って先生に伝えておく! どうか無事で!」
「ったりめぇだ」
そう言って去っていく飯田に満足すると、万癒は処置に入った。
――恐らく、連合にはブレーンがいる。
連合の主犯格である死柄木弔が、このような作戦を思いつくとは思えなかった。一緒にいた黒霧とかいうワープゲートの奴も違うだろう。今回の襲撃で一緒に来ているのか、はたまた戦闘はからっきしで安全な場所にいるのか……。何にせよ、はやくプロヒーローと合流しなければならない。
らしくもなく襲撃と、未だ把握できぬ要救助者たち……それも見知ったクラスメイトたちが被害にあっているというのが、万癒を焦らせた。今まで友だちなんて作ってこなかった。同世代の人間とこんなに関わることがなかった。そして単独で走り出した緑谷。気がかりばかりであった。
「はぁ……これでよしと……後は先生たちを待って……」
「あ、終わった?」
「お疲れ様、医刀さん」
「は――?」
飯田と一緒に行ったはずの尾白と口田が救護テントの外にいた。
「なんでおまえらがいんだよ!!?」
「いやぁ、さすがに危ないでしょ……」
「でも医刀さんが僕たちのことを心配してくれてるのもわかってたから、飯田くんが――」
「医刀くんは納得しないだろう。かといって、医刀くんが判断したんだ、ピクシーボブをこのまま施設に連れて行くのはリスクが大きい。だから、俺が先行してこの事を先生方に知らせる。それまでの間、医刀くんとピクシーボブを……尾白くん、口田くん、どうか頼んだ。これが今取れる最善策だと俺は思う」
「……あんのクソメガネ……柔軟になりやがって……!!」
ケッと吐き捨てながらも、実際何もなかったとはいえ、もし敵が来ていたら万癒だけで対処するのは難しかった。それも理解しているために短く、それは仏頂面で「……ありがとな」と伝える。「どういたしまして」尾白と口田は苦笑した。まったく素直じゃない。
だがその時、マンダレイからテレパスが届いた。
イレイザーヘッドの名に於いて、A組B組総員戦闘を許可すること。敵の狙いの一つが判明。かっちゃん……爆豪だった。
「(かっちゃんって言ったな……じゃあこの情報は緑谷だ。なんでヤツは敵の狙いを知ってる? いや、考えるまでもなく敵から聞き出したに決まってる。どうやって、なんで……いやそれこそ……戦闘したからに決まってる!! 敵と戦闘したのなら、あの個性なら、また――)尾白、口田」
「なに?」
「どうしたの?」
「ピクシーボブを頼んだ。私は急行する」
「え、ちょ、」
「ピクシーボブの処置は終わって安定してる。急変する可能性も限りなく0だ」
「まって! どこに行くの!? 医刀さん……!」
慌てて万癒の腕を掴む。施設に戻るわけじゃないのだけはわかっていた。危険だと思っての咄嗟の行動だった。
「――患者がいるんだよ。どうしようもねぇ、私の患者が」
そういって尾白たちを振り返った万癒の顔は、なんだか泣きそうだった。その顔を見てしまったら……何も言えなかった。
「患者を見捨てる医者は医者に
掴んだ手が……緩んでしまった。万癒を止められなかったことを、誰が責められようか。
医刀万癒はどこまでも医者だ。どこへだって駆けつけて、治療する医者だ。止められるわけがなかった。