恐怖に勝るもの

あれから万癒はずっと忙しくしていた。相澤らと合流し、救急が駆けつけてからも万癒は同乗し、ひたすら処置に当たった。
林間合宿は……敵のガスによって意識不明の重体が15名。重・軽傷者11名。そして行方不明者1名という結果で終わった。あの日、完全敗北したのだ。


「言ったろ。動けないなんてもんじゃねぇって」
「……うん」

緑谷はあれから二日間、気絶と悶絶を繰り返し、高熱にうなされた。リカバリーガールも来てくれたけれど、何一つ覚えてはいなかった。
その上、自分の腕の症状を聞いて随分驚いていた。あと2、3度お同じような怪我が続けば、腕が使えない生活になる。オールマイトから繋いだ個性は、そういうものだった。

でも、緑谷が救けられた人間はいるのだ。緑谷があの時駆けつけたから、守れた命があった。緑谷は確かに――洸汰くんのヒーローだった。万癒はその手紙を渡すように頼まれて、その思いの詰まった手紙は……紙切れ一枚とは思えないほど、重いものがあった。

身体はぐちゃぐちゃ、退院こそしたが腕を動かすたびに激痛が走る。けれどそれをリハビリのために続けなくてはならない。そんな満足に身体が動かせるわけもない状態で、それでも緑谷は爆豪を救けに行く気だった。
八百万が咄嗟の判断で脳無に取り付けた発信機の存在を知ってしまったから。まだ手が届くと、切島と轟が道を示してしまったから。


「おまえ、行くんだろ」
「やっぱり、医刀さんはお見通しなんだ……」
「そうでしか生きれねぇ患者だからな。おまえは」
「……止めるの?」
「止めて止まるか? 止まらねぇだろ。止めねぇよ」
「……うん」
「その代わり私も一緒に行くけどな」
「うん……えっ!!?」

何でもない事のようにケロッと言う万癒に緑谷は驚いた。
それにあたりめぇだろと呆れた顔で万癒は続ける。


「今のおまえをそのままほっぽりだせるもんか。そこら辺で行き倒れるのがオチだわ。んで面子! 揃って単細胞じゃねぇか!! 普通に止まんねぇなら同行一択だわ!!」
「た、単細胞……!!」
「おめぇも轟も、頭が回るように見えて周りが見えてねぇからな。あと熱くなりやすいだろ。普通に不安しかねぇ」
「熱くなりや……うん、うん……そうだね」
「おそらく八百万も同行を申し出るだろうな……けどあいつは肝心なとこポンコツだ。やっぱ不安しかねぇ」
「そ、そっか……」

万癒は言わなかったが、おそらく飯田も来るだろうなと思う。
襲撃の時飯田には一泡吹かされた。ああいうことも出来るようになっているのなら、飯田は絶対に来る。もしかしなくても止めるのが目的だろうが……止まる奴らじゃないのだから、必然同行しかなくなる。

プロヒーローや警察がすでに動いているのも万癒はわかっていたが、じっとしていられる奴らじゃないのもわかっていた。蛙吹たちの気持ちを考えると、大人しくさせたいところだが……まぁ、止まらないわけで。完全完璧にプロたちが爆豪を奪還してくれるのであれば、緑谷たちも安心して任せられるだろう。
それまでの引率だと、万癒は考えていた。







八百万が創った受信機が示す方、神野区にたどり着くと、敵に顔を知られているため、用心に用心を重ねようというところまではよかった。だが、八百万がそわっとした様子で提案があるとドンキを指さした時、万癒がキレた。


「おめぇ!! そういうとこだぞ!! 緊張感!! ドンキ入りてぇだけだろ!! 何がウォッチマンだ!!」
「つい出来心でっ! すみませんっ!!」
「さっさと創造してちゃっちゃと終わらしや――」
「まぁまぁ! いいんじゃねぇか? これから嫌でも緊張しっぱなしなんだし、今のうちに肩の力抜いとこーぜ!」
「お気楽!!」
「医刀、腹減ってんのか? だからそんなイライラして……わりぃ、今なんも持ってねぇから、買ってくるな」
「は!? おいこら止まれ! このっ暴走天然轟号がああああ!!」
「(わぁ……大変だな医刀さん。ツッコミが君しかいない)」

轟が勘違いして急いでドンキに行ってしまったため、ドンキに行かざるを得なくなってしまった。
そうして夜の繫華街、子どもがうろつくと目立つため、それらしい格好をドンキで調達する羽目になるのだった。クソだわ。
けれど轟が「何がいいかわかんなかったから、おにぎり買ってきた」と袋いっぱいになったおにぎりを袋ごと差し出してきたときには「いや多いんだわ!!」ツッコまずにはいられなかった。「おまえいっぱい食べてたから足りねぇといけねぇと思って……」「それは個性のためな!! 別に大食いってわけじゃねぇんだけど、くっ、ありがとな!!」結局受け取った。轟の善意が眩しかった。素直で良い奴だよ、おまえは。ただちょっと天然なんだよな。







なんとかこうにか、発信機の示すアジトにたどり着いたはいいものの、やはりプロヒーローと警察は先に動いていた。そこにはオールマイトもいて、万癒の予測通り、自分たちがするべきことは何もないのだと、去るだけだった。けれど、誤算があった。そこに巨悪がいた。

――一瞬だった。一秒にも満たず、その気迫だけで……万癒たちに明確に死≠錯覚させた。


「(何だあいつ、何が起きた!?)」
「(一瞬で全部かき消された!!)」
「(逃げなくては……!! わかっているのに――)」
「(恐怖で身体が)」
「(身体が……動かかねぇ……!!)」

たったそれだけで全てが覆る。優勢だったヒーローたちが倒れ伏し、ボロボロになっていた。
逃げなくてはいけない。分かっているのに、恐怖で身体が動かない。それどころか息をするのもやっとだった。爆豪の声が聞こえて、そこに、近くにいることが分かってしまった。
分かってしまったら……三人は動いてしまう・・・・・・・・・


「(あの時身体が動かなくて救けられなかったんだろう!!! 恐いから動けないなんて!!! 目の前にいるんだぞ……僕らにはまだ気付いてないハズだ! じゃなきゃあんな悠長に話してないだろう。こっからかっちゃんのとこまで6〜7mくらいか!? フルカウルで跳べば1秒未満で届く……! その後は……!? 逃げ切れるか……!? どこへ……!? 皆が危なくなる!! どうすれば作戦を……皆と……! とにかく動かなきゃあ……!! ここで動かなきゃ何も――)」
「(おまえが……何を考えているか手に取るようにわかるよ。クソナード極めて頭の中でブツブツやってんだろ。思考なんざまとまってねぇくせに、救けるって気持ちだけで跳んでっちまう。でもそんなのさせてたまるか……!! おまえを、おまえたちを……死なせるわけにはいかねぇんだよ……!!)」

万癒が緑谷を掴み、飯田が轟を止め、八百万が切島を握った。ストッパーとしての役割を遂げたのだ。行かせてはダメだった。行かせてしまったら、先ほどイメージされたそれが現実になってしまうと分かっていた。自分たちが三人を守る。その気持ちは恐怖に勝った。


「(俺が……)」
「(私が……)」
「「「(守るんだ……!!)」」」

――それは、三人が爆豪を救けたいという気持ちと同じだった。


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