おにぎり
「バイスタンダーのつもりか、レディ・パルフェ。何故来たのだ」
「(げ……)今はレディ・パルフェじゃなくて、ただの通りがかりの医者。医刀万癒だ。何故も何も、そこに患者がいるなら行くのが医者だろ」
「あくまで答える気はないか」
「答えただろ。それ以上でも以下でもねぇよ」
「おまけに口まで悪くなっている……まだ礼儀を弁えていたはずだが」
「あれは職場体験で世話になる立場だったからだよ! 今はヒーローと医者だ! なんなら戦いが終わった今私の方が偉いぞ!!」
「……そうか、では万癒先生、頼みます」
「(ぞわっ)その万癒先生ってのやめろ!!」
エッジショットに案内されるがまま、患者のもとに駆けつけるのはいいが、小言がうるさかった。おまけにわざとらしく万癒先生など呼ばれてぞわっと背筋が粟立った。
だがエッジショットの方が上手である。「ただの通りがかりの医者なのだろう」とじっと見られて何も言えなくなった。ほんとにこいつムカツク。
「これで全員か?」
「ああ、後は……俺たちが守れなかった人々だけだ」
「……そうか」
神野の悪夢、その死傷者数は相当な数だった。エッジショットは人体をよく把握している。その個性で万癒も目を瞠るほど適切な処置をしてみせた。万癒が患者に当たっている間、他の患者を保たせたのはエッジショットだった。
エッジショットは職場体験の折に、人々に安寧を齎すことが本質で、ヒーローは
別にこんな結果になるのは初めてではないだろうが、それでも悔しいだろうなと思う。万癒も、出来ることなら全員救けてやりたかったから。
「職場体験の時と比べて……大分変ったな」
「……は? 私が?」
「ああ、かつてのおまえは医者らしい人間だった」
「はぁ? 私は今も医者だが?」
「人間味が増したということだ。あの時のおまえなら……ここにはいなかったはずだ」
「……」
それは緑谷が聞かないからだ。止めても止められない。轟も切島もそうだった。
でも、改めて考えてみると……もし、アメリカにいる頃の自分なら……轟と切島はともかく、あの状態の緑谷を行かせることは絶対にしなかった。それこそ強制的に眠らせて行けないようにしただろうと思うと……苦虫を嚙み潰したような思いだった。
「私は……甘ったれになってるってことか?」
「……それは甘さでも、弱さでもない。いつかおまえにも分かる時がくる。その時は戸惑わず、拒絶せず、受け入れることだ。それはおまえを苦しめるだろうが……強くもさせるものだ」
「……意味わかんねぇ」
「今はそうだろうな」
エッジショットの話は相変わらずよく分からなかったが、もう用は果たした。
轟にもらったおにぎりが入った袋を、それごとエッジショットに渡す。
「おにぎり」
「差し入れだ。お疲れさん」
「……そうか。感謝する」
「……? なんか嬉しそうだな?」
「そう見えるか?」
「ああ、見える」
「……おまえは繊細な質らしい」
「あ? 誰が繊細だって!!?」
ここでもまた繊細呼ばわりされたことに対し、万癒はものすごくイラっとした。自分のどこを見てそういわれているのか全く分からない。八百万の件ではぐちゃってしまったが、元来自分という人間はわりとメンタルが強い方だ。メンタルがぐちゃった経験など片手で数えても余るほどだ。
にもかかわらず、轟といい、エッジショットといい、自身を繊細呼ばわりしてくるからムカついてしょうがなかった。
「おまえは悪い方に考えすぎだ。繊細なのは悪いことではない」
「いやだから、私と繊細って言葉は結び付かねぇんだわ!!」
「……今のおまえには何を言っても逆効果だろう」
「おい、残念なものを見る目で見てくるな! あんただって大概分かり辛ぇ言い方してっからな!?」
「だが、俺の意図はある程度伝わっている。万癒、おまえは賢い人間だ」
「それはそう!! 私は頭がいい!!」
「……そういうところは年相応だ」
「今バカにしたろ……そういうのはわかんぞ……!」
「自信を持つのは結構。だが慢心するなよ」
「してねぇよ!!」
ぎゃんっと吠える万癒に、やれやれとばかりにエッジショットがため息をつきそうな顔をした。
万癒は八百万への宣言以降、文字通り血の滲むような努力を続けていた。よく使う器具の分子構造を理解するのはもちろん、日々の脂質を蓄える食事。新しい術式を頭に叩き込んだりなどものすごく努力していた。慢心ではなく、これは実を伴った自信でしかなかった。
エッジショットはそれもまた若いと思いつつ、万癒を警察に護衛させて家に帰らせた。
車に乗り込むときに、「礼は今度だ。楽しみにしていろ」とぽんと頭を撫でられ、秒で叩いた「いらねぇよ!!」それは轟からのもらい物である。礼なら轟にしろと言いたいところだったが、万癒は通りがかりの医者として来たのだ。ぐっと飲み込んでぐぬぬと唇を引き結んだ。
その後もエッジショットは万癒を送る警察官に、くれぐれも頼んでいった。おまえは私の保護者かよ。「じゃあな」と言われてもフンっとそっぽを向いて返事をしなかった。エッジショットは万癒のその態度にため息でもつきそうな顔をしたけれど「俺は随分懐かれているらしい」あり得ないことを言い出した。「はああ!? んなわけねぇだろ!!」万癒が言い返すと、エッジショットは気にした風もなく、さっさと車を出させてしまった。「おいこら! 話は終わってねぇぞ!! 待てや髭面あああ!!」万癒が車から身を乗り出してブチギレるのを同行している警察官が「危ないから座りなさい!!」と引き戻していた。
「動いているのはおまえの方だ……そういうところは年相応だな」
万癒の乗った車が遠くなるのを見ながら、エッジショットはそんなことを呟いていた。口元はマスクで隠れて分からなかったが、その瞳は案外優しい光を宿していたのだった。