繊細な心
ハイツアライアンスの中はかなり快適な造りになっていた。相澤に中を一通り案内されると、それぞれ部屋作りに励むことになった。
万癒はずっとあるクラスメイトのことが気がかりだった。部屋作りが終わったらすぐに行こうと思っていたのだが、これが結構難航してしまい、万癒が終わった頃にはお部屋披露大会なるものが始まってしまっていたのだ。
「……私の部屋何て見ても何も面白いことはねぇぞ」
「とかいって見せてはくれるんだよね〜。万癒ちゃん丸くなったよねぇ」
「いや……まぁ、そうだな……どんな部屋でも文句言うなよ」
万癒がお部屋披露大会なるものに応じたのは、これがただの好奇心だけではないと理解していたからだ。寮のスタートがあんな感じになってしまい、皆も早く楽しい日常になるように色々考えているのだろう。子どもはそういうことに敏感だ。それを万癒はよく知っていた。
「わ〜!! すごい!! 図書館みたい!!」
「これ全部医学書ですか?」
「いや、そっちにあんのは個性学だな。んで、向かいにあんのは生物学。反対側のは心理学だ」
「すごいや医刀さん……そんなに幅広く勉強してるんだ!」
「なんか勘違いしてねぇか? これ全部医学と関係あるもんだ。超常社会になった今、どんな個性の患者も処置できなきゃなんねぇし、カウンセリングも医者の仕事の内だ。全部必要なんだよ」
万癒の部屋は図書館と見紛うほど本が所狭しと置いてあった。本棚自体高く大きなものが複数置いてあるのに、それでも入りきれなかったようでダンボールのなかにびっしり本が詰まっていた。
医刀万癒という優秀な医者の影の努力に触れ、八百万は感極まったように尊敬の眼差しを向けていた。万癒はそれが滅茶苦茶鬱陶しかった。
そんな時、上鳴がある物に気付いた。
「万癒さんマジでストイックだよな……って、ギターあんじゃん!!」
「それはベースな」
「え、医刀ベース弾けるの!?」
「弾けるには弾ける」
「あんたも音楽が趣味だったんだ……」
「いや、趣味とはちげぇ。音楽療法ってのがあんだよ」
「やっぱどこまでも医者か!! なぁ万癒さん趣味とかねぇの!!?」
「……強いて言うなら、勉強……?」
「ストイック!!!」
一瞬煙草が頭に浮かんだが、色々まず過ぎて振り絞った答えが勉強しか浮かばなかった。
そんなこんなで万癒の部屋披露が終わって、皆が次の部屋へ行く中……万癒は一人、件のクラスメイトの下へ向かった。
「なぁ、医刀だ。少し、話ができないか――蛙吹」
万癒が向かったのは蛙吹の部屋だった。蛙吹は部屋披露大会に参加しておらず、具合が悪いと言って部屋にいた。具合が悪いのは……自分たちのせいだと万癒は理解していた。
少し待っても蛙吹の返事はなく、それは今話せる気持ちじゃないのだと思い、万癒は出直すことにした。それでも、これだけは伝えようと口を開く。
「蛙吹……ごめんな。おまえの気持ちを無下にした……すまない。今度また話をさせてほしい。もちろん、蛙吹のペースでかまわない。いつまででも待ってるから」
そう伝えて、部屋を後にした。途中で部屋の扉が開くような気配がしたが……知らない振りをした。蛙吹ならきっと声をかけるはずだから。扉から出る勇気が出ても、声をかけられないなら……それは今じゃないということだ。
途中で緑谷たちと会い、どこに行っていたのか聞かれたが「探検」とだけ言って適当に誤魔化した。
でも、緑谷の顔を見ると、イラっとした。おもむろにデコピンをした万癒に周囲が面食らうが「蚊がいた」と平気で嘘を吐いた。「デコピンで!?」と疑われたが押し切った。
心配しているのは自分じゃない。本当に心配してくれた人の気持ちに気付かない緑谷にイラっとしたのだった。
部屋王は砂藤に決まった。振舞ってくれたシフォンケーキが美味しくて、万癒と不参加だった蛙吹をを除く女子の票が集まったのが効いた。万癒はその結果に「部屋王じゃなかったのかよ……」とごちたが、その万癒もアニマルセラピー効果で口田に票を入れていたのだった。動物はいい。
その後、麗日が寝ようとする轟を呼び止め、万癒や爆豪の襲撃に赴いた面々を呼んだ。それに応じると外に連れて行かれ……そこには蛙吹がいた。
「あのね、梅雨ちゃんが皆にお話ししたいんだって」
「蛙吹……もういいのか?」
「ええ」
万癒の蛙吹を気遣うような声と態度は、まぁお医者さんだもんな、とこの時は誰もさほど不思議に思わなかった。蛙吹はゆっくりと話始める。
「私、思ったことは何でも言っちゃうの。でも、何て言ったらいいのかわからない時もあるの。病院で私が言った言葉、憶えてるかしら?」
「ルールを破るというのなら、その行為は敵のそれと同じなのよ」
「……! ……うん」
「心を鬼にして、辛い言い方をしたわ」
蛙吹の声が震えていた。麗日が慰めるように、励ますように「梅雨ちゃん」と肩に手を置いた。
勇気を出して、蛙吹は自分の気持ちを話そうとしていた。
「それでも皆、行ってしまったと今朝聞いて、とてもショックだったの。止めたつもりになってた不甲斐なさや、色んな嫌な気持ちが溢れて……何て言ったらいいのかわからなくなって。皆と楽しくお喋りできそうになかったのよ。でもそれは悲しいの。だから……まとまらなくっても、ちゃんとお話をしてまた皆と楽しくお喋りできるようにしたいと思ったの」
「――……」
「梅雨ちゃんだけじゃないよ。皆すんごい不安で、拭い去りたくって、だから……部屋王とかやったのもきっと、デクくんたちの気持ちはわかってたこそのアレで……だから責めるんじゃなくまたアレ……なんていうか……ムズいけど……とにかく、また皆で笑って……頑張ってこうってヤツさ!!」
裏切った信頼は、先生たちだけじゃなくて、クラスメイトの信頼も裏切ってしまっていたこと。自分たちの行動で傷ついてしまった人がいたこと。それでも、また皆で頑張ろうと気遣ってくれたこと。ちゃんと話をして、楽しくすごそうとしてくれたこと。
それに真っ先に切島が踏み込んでいった。
「梅雨ちゃん……すまねえ!! 話してくれてありがとう!!」
「蛙吹さん!」
「蛙吹、すまねぇ」
「梅雨ちゃん君!」
「あす……ゆちゃん!」
「ケロッ」
駆け寄って梅雨を囲む面々に、一歩引いたところに万癒はいた。
万癒は色んなことを考えていた。保護者気取りだった頃の自分ならば、きっと無理やりにでも止めていただろう。傷つくと分かっていたから。でも自分は変わってしまった。変わってしまっていたことを、今ここで嫌でも実感した。
そして結果論でしかないが、行かせなかったなら……爆豪を救出できなかったかもしれない。でも、それでも……万癒は蛙吹らが傷つくと分かっていて、それを蔑ろにしたことに改めて衝撃を受けていた。
カウンセリングも医者の仕事だ。なのに、私は――
「万癒ちゃん」
「! なんだ、蛙吹」
「さっき部屋に来てくれたでしょう。ありがとう。私本当は嬉しかったの。万癒ちゃんが私の気持ちに気づいてくれて」
「……蛙吹」
「あの時お話できなくてごめんなさい……」
「そんなのはいいっ、私が悪かったんだ……おまえが苦しむと分かっていたのに……私は……すまない、蛙吹……すまなかった……!」
頭を下げた万癒に今度は蛙吹が歩み寄って、「頭を上げてちょうだい」と優しく声をかけた。
「私、仲良くなりたい人には梅雨ちゃんって呼んでほしいの。私……万癒ちゃんにもそう呼んでほしいわ」
「っ……梅雨ちゃん」
「ええ、万癒ちゃん。これからもそう呼んでちょうだい。私、あなたともっと仲良くなりたいわ……」
蛙吹の目に水の膜が張って、こぼれ落ちていた。蛙吹は許そうとしてくれていた。仲良くなりたいと、仲直りの言葉を吐いてくれた。それを聞いて、熱いものが胸の奥底からこみあげてきた。声が、震える。
「……ああ、私もだ。梅雨ちゃんっ」
万癒は少しだけ泣きそうだった。この瞬間、蛙吹が自分よりずっと大人に見えた。思わず鼻を鳴らした万癒に、轟が「やっぱおまえ繊細だな」と口にしたことで、「どこがだ……!!」ブチギレた万癒により、なんだか少しいつもの雰囲気が戻って来た。
「繊細だろ。周りのことよく見てる。だから、人の気持ちに敏感なんだと思うぞ」
「は……」
「……そういえば医刀さん、怒っても素直だよね。自分の悪いところはすぐ認めるし……」
「は……?」
「ええ……医刀さんは誰に言われずとも、過失を自認してらっしゃいます……」
「あ……?」
「うむ、初めての戦闘訓練でも立派な心掛けだったが……状況設定を加味した授業という点で猛省していたな……」
「ああ、八百万と派手にやったときも、八百万に謝れば済むのによ……わざわざクラスの奴らが集まってから謝ってたもんな……」
「おい……」
「万癒ちゃん、教室で揉めたから……みんなにももう大丈夫って知らせるためにしたんだと思ってた」
「ええ、私もそう思うわ。本当に万癒ちゃん、気遣い屋さんね」
万癒は何言ってんだこいつら、と未知の生物と遭遇したような心境になっていた。
なんか微笑ましい目で見られている。あからさまにキラキラした視線も飛んでくる。極めつけに、緑谷に「医刀さんって……優しい人なんだね」とか言われて……ついに万癒は限界域に達した。
「好き勝手言ってんじゃねぇぞクソ野郎ぉぉおおおお!!!」
万癒の叫びが響いたが、誰も怯えやしなかった。むしろ照れ隠しのように思われてしまっていて、万癒はマジふざけんなと荒れるのだった。目じりに浮かんだ滴もその勢いで吹き飛んだ。
まぁ、でも……蛙吹が「ケロッ」と笑っているのを見たら……わりとどうでもよくなってしまったけれど。