轟焦凍
焼き肉が終わって解散の流れになると、万癒は轟を呼んだ。
「轟、ちょっといいか?」
「なんか用か?」
万癒がごそごそと取り出したのは髪紐だった。それに首を傾げていると、万癒が説明してくれた。
「おまえに貰ったおにぎり、私だけじゃ消費しきれねぇからエッジショットたちにおすそ分けしたんだ。その時の礼だってエッジショットから送られてきたんだよ」
「……ああ、あの時の」
「おまえたちのことは話してねぇけど……あの礼だっていうんなら、受け取るべきはおまえだろ」
「いや……あれはおまえにやったもんだ。やったもんをどうするかはおまえに任せるし……エッジショットたちにやったのはおまえなんだから、受け取るのもおまえで合ってると思う」
「そうかぁ……? じゃあ、私が受け取っとくぞ。といっても髪紐なんだけどな……私の長さだと使えねぇ」
「俺の長さでも無理だったぞ」
「それはそう」
なんで髪紐なんだろうな、と目の前で紐をぶら下げる万癒に、轟はもしかして、思った。
「髪、伸ばしてほしいんじゃねぇか?」
「はぁ? 長いとめんどくさいんだけどな……手入れとか。乾かすのも時間かかるし」
「そうか……でも俺は、医刀は長いの似合うと思うぞ」
「そうかぁ?」
「エッジショットがどういうつもりで渡したかわかんねぇけど……俺は、髪伸ばした医刀も見てみたいって思う」
「…………おまえ、なんか恥ずかしいこと平気でいうよな」
「そうか?」
「そうだよ」
万癒は心中でこの暴走天然轟号が、とごちた。沢山話そうとしているというだけあって、多分深く考えずに思ったことをぽんぽん言っているのだろう。万癒じゃなければ、もしやこいつ私に気があるのかと思われても仕方なかった。
「おまえ、もうちょっと自分の面の良さは自覚しろよ? じゃねぇといつか恨まれそうだ」
「!? 恨まれる……!?」
「素直なのはいいことだが、誰にでも好意的なことを言うと勘違いされるってことだよ」
「? 好きなやつと話してんだから、好意的なのは当たり前じゃ――」
「はいそれ。軽々しく好きなやつとか言わない。それが恋愛的なものだって誤解を招いたりするんだよ」
「恋愛……」
「……おまえにはまだ早そうだな。言葉ってのは難しい。一言にもいろんな解釈の仕方がある。おまえは少し人より素直で、言葉が足りてねぇ。誤解されやすいから気をつけな」
「そう、なのか……気をつける」
素直に頷いた轟に「素直でよろしい」と万癒は笑った。
轟は何かを考えるような素振りをして、聞いてもいいことなのか迷っているように見えて、万癒は先を促した。
「何か私に聞きたいことがあるのか?」
「聞きたいこと……っていうか……話したいことなら」
「いいぞ。なんか深刻そうだな。場所変えるか?」
「ああ……聞いて気分のいいものじゃねぇと思うから……その方が助かる」
「ほう? ならそうだな……しょうがねぇ、お前の部屋か私の部屋だ。選べ」
「じゃあ俺の部屋で」
そうして轟の部屋にて話をすることになる。
轟の話したいこととはいったい――。
「――そんで話ってのは?」
「……父親に……医者になるために生み育てられたってやつ……」
「ああ、あれな。それがどうした?」
「俺も……親父にオールマイトを超える為に……生まれ、育てられたんだ」
「おまえの父親って……エンデヴァーか。NO.2の」
「ああ。あいつは自分じゃオールマイトを超えられないと悟ると、金でお母さんの親族を丸め込み、無理やり娶った。お母さんの氷の個性を欲しがったんだ。そうして……半冷半燃の子を望んだ」
「……なるほど、おまえか」
「ああ」
万癒は個性婚というのに思い至った。確か超常社会から第二、第三世代で問題になった結婚だ。
それから話される、轟の火傷の経緯や虐待のような日々、なぜ轟がこの話をしたのか万癒はある程度を察した。
「つまりおまえは……私も父親を憎んでるんじゃないかって心配したんだな?」
「……ああ」
「それに関しての答えはNOだ。私は父さんを尊敬こそすれ、憎んだことは一度もない」
「なんで……」
「なんでってそりゃ、憧れちまったもんはしょうがねぇだろ」
万癒の答えに轟は目を見開く。まんまるになっていてちょっと可愛かった。思わずフッと笑ってしまった万癒に轟が不思議そうな顔をした。
「確かに父さんの教育はスパルタもいいとこだった。でもな、私にとって父さんは……おまえにとってのオールマイトだったんだよ」
「オールマイト……そりゃ、すげぇな」
「だろ? あの人はどこまでも医者だった。どんなに危険な場所でもそこに患者がいるならすっ飛んでいって、どんなに絶望的な怪我でも治しちまうんだ。私もあんな医者になりてぇって思ったんだよ」
「……医刀は、ずっと親父さんの背中を見て育ってきたんだな」
「そうだよ。あの人は私を連れまわしてたからな」
懐かしいものを思い出すように目を細めた万癒に、轟はもしかしてと思い、おそるおそる尋ねた。
「親父さんがその……殉職した日って……」
「私もいたよ。危険だからってプロヒーローに止められたのに、あの人……振り払って向かって、そのまま逝っちまった。ありえねぇよなぁ……プロヒーロー5人の制止振り切ったんだぜ。火事場の馬鹿力にもほどあんだろ」
「それはすげぇ……そんで、親父さんはきっちり救けたんだよな」
「ああ。きっちり救けた。あの人は決して患者を死なせない。そんな人だから……そんな医者だから……私もそう在りたいんだ」
「! っ医刀……!!」
轟ががしっと万癒の手を掴んだ。突然のことに面食らう。轟の表情はかなり切羽詰まったものだった。
「なっ――」
「死ぬな!」
「……は?」
「死ぬな医刀! どんなに立派でも、死ぬのはダメだ!!」
「あ!?」
「確かに親父さんは立派だったかもしれねぇ、でも医刀は遺された側だろ。だったら遺された側の気持ちだってわかるはずだ! 死ぬのはダメだ……!! 医刀が死んだら……俺は悲しむぞ……!!」
「ちょ、」
「俺だけじゃねぇ! 緑谷も飯田も……八百万なんて干からびちまうくらい泣くと思うし、とにかくみんな悲しむ……!! だからだめだ!! それだけはダメだ!!」
また……早合点されたらしい。どいつもこいつもほんと人の話を最後まで聞かねぇなと、万癒は怒りより呆れが勝った。それとも自分はそんなに誤解を招きやすい言い方をしているのだろうか。その可能性も無きにしも非ずかもしれない。
「心配しなくても、死なねぇよ……」
「ほんとか……」
「ほんとだ」
「ほんとにほんとか」
「ほんとにほんとだ」
「ほんとにほんとにほん――」
「本当だって言ってんだろしつけぇわ!!」
流石にキレた。そんなに自分は信用がないのだろうかとげんなりする。そんなに目立った怪我をしている方ではないというのに、これはいかに。まるで扱いが緑谷のようで不服だった。
「わ、わりぃ……でもおまえ、患者を救けるためならどこへでも行きそうだ」
「それはそうだな」
「やっぱり……」
「死なねぇよしつけぇ!! 私は死なないし患者も救ける! そう言ってんだ!!」
「なんだ……それならいい」
ようやくほっと息を吐いた轟に「いい加減放せ」と掴まれた手をあげる。それに轟が「わりぃ」と言ってようやく解放された。こいつ距離感もバグってやがんのかと万癒は轟への認識を少し改めた。言葉だけじゃなく、態度も紛らわしい奴。
「だから……心配なら無用だ。それに、おまえが思ってるほど悪い人でもない」
「……5歳で医学部出たんだろ……十分スパルタだと思うが……」
「それはそう。2つで読み書きを完全に理解させ、3つで医学書を片っ端から暗記、6つには医師免許を取らされたからな。スパルタなのは間違いない」
「それって……虐待――」
「待て待て待て! いいか落ち着け。確かにスパルタではあるんだが、私もそれを望んでたんだよ。早く医者になりたかった」
「だが……いくらなんでもやりすぎだろ」
「そんくらいしねぇと今の私はいねぇんだよ」
「……それはそうだが」
万癒は言葉を間違わないように、慎重に選んだ。ああだこうだ言うより確実に伝わる言葉。正直これは言いたくなかったけれど、誤解されるよりいいと思い、口を開いた。
「おまえに……私のとっておきの秘密教えてやるよ」
「秘密?」
「誰にも言うなよ」
「? わかった」
「……医師免許を取った日、父さんが「よくやった。頑張ったな」って笑って頭を撫でてくれたんだ」
「……え」
「この思い出は今でも私の宝物だ。父さんは私をちゃんと見て∞愛して∞信じて≠ュれてた。だから……私は父さんが大好きなんだ」
そういった万癒の表情は、いつもの澄まして大人びたものと違い、ともすれば実年齢より幼い、少女の微笑みだった。
偉大な父を敬愛し、大好きだという万癒。子どもの万癒がそこにはいた。
「父さんみたいな医者になる。そこに患者がいるならどこへでも駆けつけて、必ず救う。それが私の
「……そう、なのか」
「心配させて悪かったな。でもこの通り大丈夫だ。おまえの方はまだ色々大変だろうが……なりたいもんとやらを見つけたならもう大丈夫だと思うぞ。それを見失わないようにな」
「ああ……ありがとう」
「じゃ、この話は終わりってことで。改めておまえと話せてよかったよ。またな」
「ああ……また」
万癒が出て行った後も、轟は半ば放心状態だった。
「そ、それはもう……まるで女神のような……私の語彙力ではとても表現しきれませんわ……!」
轟の脳裏に、いつかの八百万が称した万癒の微笑みに関しての感想が浮かんだ。
ずるずると壁に背をもたげ、滑り落ちて……くしゃりと髪を掴む。
「ありゃ女神っつーより……天使じゃねぇか……?」
そう思うと白衣の天使という宛名が浮かんで、なるほど確かに天使だと思う。ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ。それに轟は「不整脈……やべぇ」と項垂れるのだった。