私も、

「あなたがいてくれてよかった。よくここまで保たせましたね・・・・・・・

最寄りの病院に運ばれて、ナイトアイはまた処置を受けていた。万癒が病院まで繋いだ命だった。けれど、でも。


「よくやったさね、レディ・パルフェ」
「……救えなきゃ、意味ねぇよ」

声が震えていた。拳を痛いほど握りしめて、泣くのを我慢した。
万癒は果たせなかった。ナイトアイを救えなかった。ナイトアイは……おそらく明日を迎えることができない。ヒーローを救うために生まれたレディ・パルフェの、初めての失敗だった。

そのまま万癒は踵を返す。まだ仕事が残っている。クスリを解明して、そして、消失弾を受けた通形を診て、戻して、そして緑谷に……そこまで考えて、涙が零れそうになるのをぐっと堪える。
泣くのは今じゃない。まだやるべきことが残っている。レディ・パルフェの仕事は、まだ……。







「医刀、無理してないか」
「何がですか」
「働きすぎだ。少し休め」
「これくらい平気です。救命にいたときの方がずっとしんどかったので。あの頃に比べれば全然です」
「……」

体質に恵まれていない万癒にとって、それは本当のことだった。絶え間なく急患が押し寄せ、治療する日々。脂質が尽きるのも珍しくなかった。その頃に比べればなんてことはない。だからこそ……救えなきゃいけなかったのに。


「気休めにしかならないだろうが……ナイトアイのことはおまえの責任じゃない」
「……」
「むしろよくやった。ここのお医者さんも言っていただろう、ここまで保ったのが奇跡だと。おまえは奇跡を起こしてくれた」

相澤の言葉にも万癒は何も言えなかった。むしろ、唇を引き結んで、ぐっと溢れそうな何かを耐えていた。


「正規の活躍をおまえも、緑谷もしてくれた。俺の信頼をおまえたちは見事に取り戻してくれた」
「……っ」
「よくやってくれた。ありがとう」

それを言うと相澤はその場を後にした。気を遣ってもらったのだ。
万癒はずるずると身体を蹲らせ、嗚咽を溢す。
言えなかった、言えなかった。先生、もしあの時先生がいなかったら、緑谷は……緑谷は……生きててくれたかな――。







学校へ戻っても、色々と調査が立て続けにあり、万癒たちが寮に戻ったのは夜だった。
そして寮に帰ると、A組のみんなが出迎えてくれた。ずっと待っててくれていたのだ。


「帰ってきたァアア!!! 奴らが帰ってきたァ!!! 大丈夫だったかよォ!!?」
「ニュース見たぞおい!!」
「大変だったな!」
「まァとにかくガトーショコラ食えよ!」
「お騒がせさんたち☆」
「皆心配してましたのよ」

凄い勢いだった。ニュースで死穢八斎會が取沙汰されており、そこで万癒たちもインターン生として参加していることから、気が気でなかったのだろう。


「おまえら毎度凄えことになって帰ってくる。怖いよいいかげん!」
「無事で何より」
「ブジかなあ……無事……うん」
「お茶子ちゃん梅雨ちゃん万癒ちゃん〜!」

葉隠に麗日と蛙吹共々抱きしめられて言葉に詰まった。
飯田が皆に落ち着くように言って、あれだけの事があった後だから、身体だけでなく心もすり減っているはずで、静かに休ませてあげようと進言した。でもそれに待ったをかけたのは緑谷だった。


「飯田くん、飯田くん」
「ム」
「ありがとう。でも……大丈夫」

緑谷はもう前を向いている。通形の個性を戻すクスリを創るのは……万癒ではできなかった。頼みの綱はエリちゃんで、そのエリちゃんも個性の制御に大変な苦労をするだろうことも想像に容易かった。
そして、ナイトアイも……ナイトアイの見た緑谷の死という未来は変えられたが……それを変えたのは緑谷だった。万癒じゃない。


「アホ面」
「ん? なになに……うぉっ!? あ!!」
「……上鳴」

少し遠くにいた爆豪が、近くに寄って来た上鳴を足蹴にし、万癒の方へ飛ばした。
「何で!?」と混乱した上鳴だったが、万癒の顔を見ていろんなことを察した。


「万癒! 俺わかんねぇとこあんだ!! ちょっと教えてくれよ!!」
「は、」
「上鳴さん!? 医刀さんはお疲れです、代わりに私が――」
「万癒がいい!! 万癒じゃなきゃダメなんだって!!」
「おまえ……」

呆気にとられる万癒の腕を引き、万癒の部屋に向かっていった。


「え、上鳴って……やっぱそういう?」
「まぁそうじゃね? 医刀にべったりじゃん」
「あれ脈あると思う?」
「ねぇんじゃね。だって医刀だぞ」
「それな」

そうやって瀬呂たちが話しているのを聞いていた轟は頭を悩ませていた。


「なぁ、脈って……不整脈のことか?」
「不整脈ぅ? いやそれとは違うぞ」
「……そうなのか」

じゃああの不整脈は……ただの不調だったんだなと轟は結論付ける。あれから不整脈は収まっていた。多分、秘密の共有で緊張していたんだろう。そう一人納得する轟を爆豪が呆れた顔で見ていたのは誰も知らない。







「さぁ万癒! どんとこい!!」
「……何が」
「何がって……泣くの我慢してっしょ」

万癒の部屋に強引に入ると、上鳴は膝を突き合わせてどんとこい、とパシンと膝を叩いた。
泣くのをずっと我慢していたのを察せられて、なんで、と呟く。何で、おまえは……分かるんだ。


「ぐっとさ、唇に力入れんの。そんで、拳を握りしめてる。瞬きはあんまりしない。それが……万癒が泣くの堪えてるときの顔」
「……なんで」
「俺は泣いてる万癒知ってっから。だから分かるよ。ずっと我慢してるのも、立ち方わかんないのも」
「っ」

立ち方が分からない。また万癒は分からなくなってしまった。零れた涙に、上鳴がまたいつの日かと同じようにハンカチを差し出してくれた。
「悩みは一人より二人だろ」そう言って上鳴がまた楽観的に手を差し伸べてくれた。


「わかんないんだ……私はっ、全部を救える体質じゃない……! だから、せめて多くを救おうとヒーローになろうとしたっ、人を救うヒーローを救けられたなら、きっと私はずっとたくさんの人を結果的に救けられるはずだからっ……!」
「うん、そうだね。万癒はずっと救けるために頑張ってる」

上鳴の肯定と優しい相槌にボロっと涙が零れた。頑張ってる……頑張ったんだ。でも、でも――。


「ナイトアイを救えなかった……!!」

今も手に残っている。あの生暖かい血も、臓器の感触も。目に焼き付いて離れない、あの死相も。
最善は尽くした、持てる力の全てを費やした。手術オペレーション適応外のイレギュラーだってちゃんと対応できた。でも、それでも……ナイトアイは救えなかった。


「生きてたのにっ、ちゃんと生きててくれたんだ……!! 生きてさえいてくれれば救えるはずだった、なのに、それなのにっ……どうして私は救えなかったんだ……!!」

父ならば、きっと救えた。絶対に救ってみせた。父の背中が遠ざかっていく。そう在りたいと願い歩んで来ても必ず実を結んでくれるわけじゃない。起こせる奇跡にはその個々で限りがある。


「万癒……」
「緑谷もそうだ! あいつまた、また無茶して、それしかなかったのも分かってる! でも、でも、私はナイトアイの処置をしていて……手が離せなくて、緑谷を……後回しにした……! 先生がいなきゃ、緑谷もっ……緑谷も、あの人みたいに・・・・・・・っ私は何も、何も救えてっ」

手が震える。レディ・パルフェの手から二つの命がこぼれ落ちるところだった。もし、相澤がいなかったら……ナイトアイを諦めて緑谷の方を対処するべきだったのでは。でも、ナイトアイを諦めたりしたらそれこそ緑谷たちの心に影が差してしまう。どうしたらいいのかわからない。
心も体もバラバラになっていくようだった。息が荒い、思考もまとまらない、自分が今何を言っているのかもよくわからなかった。ダメだ、ダメだ。分かってるのに落ち着けない。それを止めたのは……上鳴だった。


「ゆっくり息吸って。大丈夫、大丈夫だから」
「かみ……なり、」
「大丈夫、絶対大丈夫」

万癒の背を優しく撫でて、落ち着かせる。上鳴はずっと「大丈夫」と口にしていた。万癒の瞳が揺れる。


「何が……大丈夫なんだ……なにも、私は救えなかったのに……」
「それは違うっしょ」
「は、」
「現場で沢山のヒーローたちを治したのは万癒だよ。ほら……ここに載ってる」

上鳴が見せてくれたのはネットニュースだった。「ヒーローにして医者!? ヒーラーヒーローレディ・パルフェ」と題されたそれは万癒の、レディ・パルフェの活躍について触れられていた。単独で患者を救うために進んだことや、その後戦線復帰したヒーローやインターン生についても、万癒の処置の正確さ、その器量について記されている。
そしてその中には――


「……あ。あの時の……ベテランの警察官……」
「「良いヒーローになる」って、お墨付き! 何も救えなかったとかそんなこと絶対ないって! だってレディ・パルフェだぞ!? 万癒はすげぇんだって、俺らは知ってる!!」

上鳴が視線をおびただしい本棚に向けた。万癒の努力の粋。
頭の中で木霊する。良いヒーローに、ヒーローに。


「私も……ヒーローになれるか……? 誰かの心に安寧を齎せる……ヒーローに、なれるか……?」
「何言ってんの! とっくに万癒は俺らのヒーローだよ!」

その眼には一切の曇りがなかった。上鳴は本気で言っている。楽観的で、軽いノリで……ずっと。


「どんな大怪我しても、万癒なら救けてくれるって思ってる。いやこんな風に当てにされんのも嫌だろうけど!? でもそんくらい信頼してる!」
「でも、緑谷を――私は、」
「それだってたらればじゃん!? 今回はちょっと色々タイミングとか悪くてあれだったけど、は絶対救けるよ!」
「なんで、信じられんだ」

――救けられないかもしれないのに。
いつか緑谷が救けるために遠くへ行く想像ばかりしてしまう。手の届かないところ、手の施しようがないところに。それが怖くてたまらない。
でも上鳴はどこまでも明るく、あっけらかんと言い放つ。


「だって医刀万癒は……そこに患者がいるなら、救うためにどこへだって飛んでいく。そういう人じゃん?」
「っ」
「だから大丈夫だよ。万癒は賢いから、そうならないようにどうしたらいいか、もう分かってるはずだよ」

上鳴がぽんと万癒の頭を撫でた。その手の大きさも、温もりも……全然違うのに、父が撫でてくれたときのことを思い出した。


「よくやった。頑張ったな」


――分かってる、分かってるよ、父さん。どうしたらいいか、そんなの、そんなものは……これしかないって。


「次は……絶対に遂行してみせる……!!!」

そんなものは頑張るしかないんだ。がむしゃらに、どんな相手でも、どんな時でも、どんな状態でも、必ず救けられるように己の術を磨くしかあるまい。


「それでこそ、医刀万癒だよ」

屈託なく笑った上鳴に万癒はまた救われた気持ちだった。
いつだって上鳴が起こして、万癒を立たせてくれる。万癒にとって、上鳴こそが多分――。


「ありがとう、ヒーロー上鳴……」

医刀万癒は前を向く。今度こそ遂行するために。
どんな絶望的な傷も治せるように。もう誰も、死なせないために。
レディ・パルフェは再び歩き出すのだった。


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