技術と芸術

曲も決まったところでバンド隊は殺る気で練習あるのみだった。


「上鳴、走ってるぞ」
「やべっ、わりっ」
「殺る気あんのか! 殺す気でやれや!!」
「わーってるよ!」

爆豪は音楽教室に通わされていたとだけあって、上手かった。バンドの骨子を遺憾なく勤め上げ、更にアレンジも加えられる技量を持っていたが、このバンド隊の中で上鳴は唯一の初心者である。混乱するのも無理はなかった。


「上鳴、落ち着け。走るってことは弾けてはいるんだ。おまえが今やってることより実際はもっと簡単だ」
「万癒……」
「耳郎の歌をよく聞け、耳郎はきっちり音符を殴ってくるから、そこを頼りにして問題ない」
「ちょ、そう言われるとはずいんだけど」
「本当だろ。おまえは耳がいいから狂わねぇ」
「う、うん……」

耳郎が照れたように返事をする。
八百万が気を利かせて少し休憩にしようと水筒から紅茶を出してくれた。そこで休憩を取る傍ら、今更ながらに決まっていなかったバンド名について話を切り出す。


「バンド名は「スパークエレキッズ」なんてどうだ!!」
「夜間葬団」
「俺」
「おまえら主張強すぎだろ」
「じゃあそういう万癒は何てつけるんだよ?」
「あ? A組だかんな……そうだな…… 「Accel」とか?」
「洒落てやがる!」

だがどうもしっくりこなかった。そこで八百万がおずおずと提案する。


「A組全員で臨むという意味を込めて……「Aバンド」というのは……」
「「それだ!」」

耳郎と万癒が思わず声に出して納得した。常闇も上鳴もにこにこした顔をしていたが、爆豪だけは不服そうだった。だが爆豪のネーミングセンスにだけは物申したいところがあるので、ここは折れてもらうことにした。
そうして八百万が配ってくれたお茶で一息吐く。


「ふへー、ホッとするわ〜」
「……ん」

ゆっくり味わっている上鳴と万癒の横で、爆豪が何の感傷もなく一気に飲み干す。


「爆豪、もっと味わえよ。高級なお茶だぞ?」
「茶は茶だろうが! 昨日のヤツより甘ぇ」
「まぁ、さすが爆豪さん。違いが分かりますの? 今日のダージリンはセカンドフラッシュで、昨日のはファーストフラッシュでしたの」
「セカンドとファーストって何が違うの?」
「セカンドが夏に摘んだ茶葉、ファーストが春に摘んだ茶葉ですわ」

そういって八百万が別の水筒から注いだ紅茶を耳郎に渡す。喉を気にしていた耳郎を気遣い、油分が喉の粘膜を保護してくれるミルクティーを差し出したのだった。こういうとこは気が利いてんだよなと万癒はじっと八百万を見ていた。


「医刀さんもミルクティーお飲みになりますか?」
「いや、いい。私はこっちのが好みだ。美味い」
「お口に合ったのなら何よりですわ」
「ん」

ゆっくり味わうように喉を潤している万癒の姿を八百万は優しく見つめていた。体育祭の折に言った通り、八百万は万癒の中に気品を見出していた。口は乱暴な面が目立つが、ふとした所作が磨かれているのだ。生粋のお嬢様である八百万はそういった一面に鋭い審美眼を持っていた。
どれだけライバル視されようと、憧れは消えない。八百万にとって医刀万癒は、とても美しい人だった。

少し離れたところでコードを確認していた常闇が「ん?」と反応すると黒影が出てきて叫んだ。


「フミカゲ、俺もなにかやりタイ!」
「黒影、昨日言っただろう。ステージは眩しい照明が当たる。お前が一番嫌いなところだぞ」
「でも俺だけナニもしてナイ! 俺もヤル!!」
「おまえも1年A組だもんな。そりゃ一緒にやりたくもなるか」
「いーじゃんやれば。三人でギターやる?」

ぽんぽんと参加したいと主張する黒影の頭を撫でていると、軽い調子で誘う上鳴に耳郎と万癒が少し慌てた。


「ギターが三本もありゃベース掻き消えんぞ……」
「うん、さすがにバランスが悪いかな。ベースなら……?」
「いや、細かな指使いは相当練習を積まねばならない。今からじゃとても間に合わないぞ」
「ムウゥッ……でもやりタイ! みんなと一緒に文化祭しタイ……!!」

ギターもベースもだめ、細かい指使いができないなら、キーボードももちろんできない。難しいドラムなんて論外であるし、歌にしても耳郎が完成しすぎている。子どものようにぐずる黒影に困った顔をしていたら、爆豪が「うるせえ!」と一喝した。


「やりてえから騒ぐなんてガキか! ガキはガキらしく何か叩いとけや!」
「……それいいんじゃねぇか?」
「打楽器……あ、タンバリンは? それなら簡単だし、いいアクセントになるかも」
「タンバリン……ヤルー!」
「ちょっとお待ちになって。今創りますわ」

本当、八百万の個性は便利だなと思いながら創造されたタンバリンを見る。黒影はご機嫌な様子でバシャーンと叩いた。これで黒影もAバンドに加わることになったのだった。


「ケッ、俺のジャマだけはすンなよ」
「任セロ!」

言ったそばからバシャーン、バシャーン、バシャーンと遠慮なくならされるタンバリンに爆豪が「うるせえ!」と怒鳴り声を上げていた。
一息吐いたところでさぁ練習に戻ろうと各々楽器を手に取った。黒影も加わったところで変更点も出てくるだろうから。


「常闇ィ!! もっと音粒立たせろっつたろトリ頭!! そんなクソヘニャリフで雄英の奴らの耳ぶっ壊せるんか!? アア!?」
「爆豪、スティック折るの何回目だ。故意にやんのはダメだぞ」
「うっせぇ! 医刀おまえのそれもなんだ!! 粒ばっか揃えやがって! 何の面白みもねぇお綺麗な音だけ出してンじゃねぇぞ!! おめぇのお堅い頭がここにも反映されてンだよ!! もっとアレンジしろや!!」
「あ……?」

正直万癒は何を言われているのか理解していなかったが、同じく粒立ちの意味が分からなかった常闇が耳郎に聞き、万癒も耳郎からもらったレッスンノートを参照した。
何度も繰り返し見たそのノートはまだ新しいというのに、みんなボロボロだった。


「……つまり私のベースは面白味がねぇってことか……」
「医刀さん……あの、私が思うに……医刀さんの音は綺麗すぎるのだと思いますわ」
「綺麗すぎる?」
「技術≠ニ芸術≠フ違いとでもいいましょうか……」
「ああ、そうそれ! 医刀の技術はすごいよ。でも完璧すぎて逆に浮いてるんだ。なんかAIみたいな……」
「AI……それってつまり、不気味の谷ってやつか」

ぱっと閃いたかのような万癒に、八百万以外は何のことか理解できなかった。
それに万癒は注釈を入れる。不気味の谷。美学・芸術・心理学・生態学・ロボット工学その他多くの分野で主張される、美と心と創作に関わる心理現象。ロボットの外観、動きが人間に近づきすぎると、むしろ気味が悪く見えてくる現象のことである。


「なるほどな。わかった、そういうことなら私は上鳴を見習おう」
「え!? 俺!?」
「ハッ、確かに技術から一番遠いわな」
「言い方!!」
「まぁまぁ、頼りにしてるぞー」
「ほんとか!?」
「ほんとほんと」

心のこもっていない万癒のエールに歯噛みしつつも、それでも満更でもない様子で上鳴もギターを弾いた。
教えてくれた爆豪に「ありがとな」と礼を言うとフンッとそっぽを向かれた。相変わらず素直じゃない。
こうしてバンド隊の練習は続くのだった。







「てめェ、やっぱ走る癖直ってねぇんだよ。俺に続けや!!」
「いやおまえが勝手にアレンジすっから混乱すンだよ」
「ああ゛!? おめぇの大好きな医刀に言われたろ! 耳の歌ちゃんと聴いてろ!」
「あーあーあー! 爆豪そういう言い方よくない! よくないよ!!」
「うっせぇ! 言われたくなきゃちゃンとやれ!!」

夜になって練習を終えるも、やはり話題はバンドのことだった。上鳴の走り癖はすぐには直らず、見事に爆豪の怒りを買っていた。
それをため息を吐いて見送りながら、万癒は八百万と耳郎と一緒にいた。


「耳郎さん、ご指導も本職さながらですわ。素人の上鳴さんが一週間でコード進行まで辿り着くだなんて」
「ああ、あれには私も驚いた。この調子で行けば本当に良いものになるし、耳郎のノートも助かってる。ありがとな」
「別にそんな……」

ふと、紅茶の匂いが香る。八百万が高級な紅茶を淹れるのはもはや日常と化しているが、今日のそれは何だかいつもと違ったのだ。


「ってか、今日のお茶良い香り」
「わかりますの!? お母様から仕送りで戴いた幻の紅茶、ゴールドティップスインペリアルですの。皆さん召し上がって下さいまし!」
「マジか。そりゃいいもん送ってもらったなぁ……」
「医刀さん紅茶にもお詳しいのですね……!」
「まぁ……お母さんが愛飲してんだ。その影響で多少は……こんないいもんありがとな」
「いえ! 美味しいものは皆さんと共有してこそですもの!」
「そうか……そうだな」

耳郎は紅茶の良し悪しに関してはよくわからなかったが、意外な共通点に「へー」と感心した様子を見せていた。
最初こそ八百万と万癒の関係にははらはらしたものだが、これで意外とふとしたときに共通点を出してくるのだから不思議なものである。

文化祭の準備はこうして着々と進んでいたのだった。


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