音で殺れ
いよいよ文化祭当日、この日はエリちゃんが来ることもあって万癒も気合が入っていた。
以前一度訪問に来たそうだが、生憎万癒は校舎の方で練習していたこともあり、会うことが叶わなかった。エリちゃんは直接自分を救けてくれた通形と緑谷に特に懐いているらしく、緑谷も随分張り切っていた。
本番を控えた朝、そわそわと落ち着かない上鳴を八百万が落ち着くように呼び掛ける。
「明鏡止水。落ち着きましょう上鳴さん」
「明鏡止水」
「そういうおまえらもすげぇそわってるぞ」
もちろんその種類は違うが。八百万は緊張で、常闇は中二的な四字熟語にそわっただけである。万癒はあまり緊張していなかった。幼い頃から、学会などで大勢の人に囲まれることには慣れていたので平気なのだ。場数である。
爆豪も様子が違ったが、緊張にもいろいろある。間違いなく高揚だろうと爆豪らしいなと思うのだった。
「つか爆豪、Tシャツ着なよ。つくったんだから」
「素直に着るタイプじゃあねぇな」
思わず苦笑する。Aバンドはオレンジを基調にバンド隊と演出隊、ダンス隊で衣装をまとめていた。ダンス隊のものは華やかだったが、バンド隊と演出隊はAと大きくプリントされたTシャツを着ているのだった。
「後で頃合いを見て上鳴に突撃させよう」と小声で耳郎に話すと、「医刀もいい性格してるよね」と笑われた。
そして見事に上鳴は爆豪にTシャツを着せることに成功したわけだが、八百万は本番を控えた今でも緊張しっぱなしで、必死に人を掌に書いては飲み込んでいた。
「おい八百万……緊張しすぎだろ。おまえピアノの発表会とか出たことないのか?」
「ありますけども、本番前はいつもこんな感じで……」
「そうか……ならほら、これ見ろよ」
「え……? フフッ! それは反則ですわ……!!」
八百万に見せたのはスマホに入っている上鳴のアホ面だった。気づいたら一緒にいることが多いからか、ベストショットがたくさんあった。八百万の笑い声に気になって来た耳郎にも見せてやる。
「ブフォッ!! ごめ……ウチっ、この上鳴だけは……!!」
「え、なになに何盛り上がってんの? 俺も見せて〜!」
「ブッハッ本人来た……!!」
まさかの本人が自分から駆け寄ってきたことに耳郎の腹筋は限界を迎えた。八百万も耐えきれないといったように口を押えて笑いを堪えようとして……堪えきれていなかった。
上鳴がひょこっと万癒のスマホを見ると、そこに映っているアホな自分にぎょっとした。
「え!? ちょ、万癒それ俺じゃん!? いつの間に!!?」
「おまえが事あるごとにアホになるからだろ〜」
「俺の肖像権は!?」
「私が撮るのはダメなのか?」
「っ……ダメじゃないです!!」
「なら無問題だな」
例えアホ面であろうとも、好きな人のスマホのフォルダに自分がいるのは悪くなかった。悪くないどころか……いいと思ってしまった。そう、例えアホ面であろうとも。
尻に敷かれている様子に爆豪がきちぃなと言わんばかりの顔で見ていた。もっとおまえ頑張んねぇと無理だぞと思う。何がとは言わないが。
そしていよいよ本番である。天幕越しに「ヤオヨロズー」のコールが聞こえてくる。熱狂的なファンがすでにいるらしい。
「随分熱烈なラブコールだな、八百万」
「茶化さないでくださいましっ!」
「万癒ここは対抗しねぇの?」
「するわけ――あ?」
するわけねぇ、と言おうとしたそばから、何か聞こえてくる。「オネーサマー!」これは、もしかして……もしかしなくても――。
「ハッ、呼ばれてンぞ、オネーサマ」
「やっぱ私か!! 何だほんとにお姉様って!!」
「お姉様……」
「おまえまでそわんな! 私はおまえのお姉様じゃねぇ!!」
「はっ、はい!」
八百万が心なしか残念そうにしている。いやおまえまだ諦めてなかったのかよ。なんだほんとにお姉様って、と思っていると、上鳴が爆弾を投下した。
「でもでも、爆豪とか轟と絡んでる万癒って、お姉ちゃん感あるよな? 姉弟みてぇ」
「「誰が姉弟だって!!?」」
「阿吽の呼吸……」
「ねーちゃんとかねェわ! 百歩譲って俺が兄だ! 誕生日は俺のが早ェ!」
「いやおまえ兄って感じじゃねぇだろ……」
「あ゛!? そういうおめェは正真正銘の妹だろうがよォ!」
「ちょっと! もう始まるよ! 待機して!!」
幕が上がる。一瞬で頭を切り替えて、観客全員音でぶっ殺すために今、最高のステージを――!!
「いくぞコラァアア」
爆豪の爆発的な掛け声と爆破、ツカミはド派手に。音を粒立たせる。
「よそしくおねがいしまァス!!」
音も、ダンスのキレも、演出も、数え切れぬほど練習した中で今が一番輝いていた。
緑谷と青山のパートが終わり、人間花火が成功するとそろそろだと万癒は思った。サビが来る。もれなく全員ブッ殺し、笑い方を知らない女の子を笑顔にさせるサビが――。
「サビだ、ここで全員ブッ殺せ!!」
ド派手に決めたサビ、各々個性を活かして観客の度肝を抜く。歓声が聞こえる。ボルテージが上がる。
「おおおおおおなんだこいつらああ」
「楽しみたい方ァア!! ハイタッチー!」
「ダイヤモンドダストじゃあ!!」
「上鳴!! 医刀!!」
「はーい」
「オーケー」
「空中ギター!」
絶縁マントを創造し、上鳴が発電する中で背中合わせに掻き鳴らす。その音はもう不気味の谷なんかじゃなかった。技術と芸術の狭間。魂の籠った音が奏でられていた。
光を屈折する性質を持つ葉隠が発光し、素早い芦戸が浮いた観客を瀬呂のテープで固定していっていた。飯田はひたすらロボットダンスをし、峰田のダンス隊女子によるハーレムパートでブーイングが起きていた。
そして、盛り上がる歓声の中で、耳郎は――。
「Yeah! I’ll Be!!」
全力で楽しんでいる耳郎のアドリブは最高潮の盛り上がりを見せた。
爆豪は本番前にアドリブを加えないように耳郎に言われていたため、「おめーがするンかい」と言わずにはいられなかった。
でもそうして、そうやって観客をブチ殺した音は……エリちゃんにも確かに響いていた。
「わあぁ!!」
笑った。笑い方を知らなかった女の子が、笑ってくれた。文化祭は、Aバンドは大成功だった。