カニ鍋
12月初旬の日曜日。雪が降っていた。その日は……爆豪と轟の仮免補講最終日だった。
「医刀ー! なんかすげぇ量クール便で届いてるぞー!」
「ああ、予定通りだ。問題ない」
「なになに、万癒ちゃん何頼んだの〜?」
「見ていいぞ。中身は全部一緒だ」
どーんと積まれた発泡スチロールの山に、そわそわした様子で葉隠たちが開けた。そして中から覗いたものに思わずと言った様子で歓声を上げる。
「かっ」
「かっ!!」
「「「「蟹だーーーー!!!」」」」
共有スペースに響き渡るその声量にみんなぎょっとして駆け寄って来た。
「え!? 何々!? 蟹!!?」
「医刀蟹頼んだの!?」
「ああ。これで晴れて1年A組全員が仮免持ちだろ? 祝わないとな」
「「「「万癒お姉様ーーー!!!」」」」
「それはやめろ!!」
全力でお姉様呼びは拒否した。八百万が冷静にじっと蟹を見定め、これはと確信を持った様子で万癒にたずねる。
「医刀さんあの……こちらかなりのお値段されて――」
「そんなことはいいんだよ。今まで仕事ばっかで使う時間がなかったからな……経済に貢献しねぇと……」
「ああ……」
妙に遠い目をする万癒に八百万は全てを察した。どんなに稼ごうとも使う時間が取れないなら貯まる一方である。
「いい貢献の仕方だよ。みんなハッピー!」
「あとでエリちゃんも連れてくるけど問題ないよな?」
「もちろーん!」
「じゃあ俺ケーキでも焼くよ」
「いいねいいね! お祝いだ!」
こうして着々とお祝いの準備は進んでいた。
万癒は例のごとく定期健診のためにエリちゃんのいる教員寮まで足を運ぶのだった。
「かに……?」
「そう、かーに」
首を傾げるエリちゃんに、やっぱ知らなかったかぁと内心で思いつつ、両手で蟹のポーズをしてちょきちょき開いて見せる。エリちゃんもそれにつられるようにちょきちょきしていた。
「かに……」
「うん。とっても美味しいんだ。エリちゃんアレルギーなかったし、よかったら今日はうちで一緒に食べよう」
「いいの……?」
「もちろん。ケーキも焼いてくれるって」
「ケーキ……」
ケーキを想像してじゅるりとよだれが垂れたエリちゃんの口をハンカチで拭いてあげる。こういうところは年相応だなと嬉しくなった。
「カニ鍋いいよね」
「通形先輩も食べますか? 十分な量を取り寄せたので来てもいいですよ」
「え、いいの!?」
「ええ、エリちゃんもそっちの方が嬉しいでしょうし。ねー? エリちゃん」
「ルミリオンさんも一緒だと……もっとうれしい」
「エリちゃん……! じゃあお言葉に甘えさせてもらうしかないよね!」
「だって。よかったねー、エリちゃん」
「うん」
嬉しそうな顔をするエリちゃんにやっぱこれが大正解だよな、と万癒も笑う。インターン組とは接することが多いが、それ以外はさほど交流がない。そんなクラスにカニ鍋するぞと放り投げられても、緊張してしまうだろう。
緑谷と通形でエリちゃんの両隣に座ってもらって、その近くに万癒やインターン組が座るのが理想的だった。
「あの……先生は……?」
「相澤先生、ご指名ですよ」
「いや、俺は……」
「カニ……おいしいって……」
「……」
「カニ……」
「……医刀、相伴に預からせてくれ」
「大歓迎ですよ、担任ですし」
にっ、と笑った万癒の顔に、相澤は最初からこのつもりだったのかとため息を吐いた。1年A組全員が仮免を取得したことに対するお祝いである。やっぱり担任にも参加してほしいというもの。あわよくば「よくやった」の一言くらいくれよ、という感じだが……まぁ、相澤だし難しいかもしれない。
何はともあれ担任も無事参加することになったわけだが、肝心のカニ鍋は……予定より遅れることになる。
仮免取得した帰り道、爆豪と轟が事件に遭遇し、それを解決していたところ遅くなったのだ。仮免取得からわずか30分後の出来事であった。
「それじゃ、委員長。頼んだぞ」
「うむ! 今日で俺たち1年A組は全員が仮免を持つセミプロとなった。そのことをとても喜ばしく思う。これからもその責任と自覚を持ち、一人一人が素晴らしいヒーローになれるよう、一層邁進していこう! それでは仮免取得を祝して! 乾杯!!」
「「「「「「乾杯ーー!!」」」」」」
みんなでカニ鍋を囲む。人数が人数だったのでテーブルと鍋を分けてはいるが、みんなの顔が見えるように配置されていた。
「うっめ! 蟹うっめ!!」
「俺には分かる。この蟹めっちゃ高いやつ!!」
「マジお姉様に大感謝」
「お姉様はやめろっ」
「エリちゃんいるからいつもより覇気ないね。万癒先生だ、万癒先生」
「上鳴、からかうなっ」
だが図星であった。エリちゃんの前で粗暴な面はあまり見せたくない。怖がらせたくないのだ。
万癒は不服そうにしながらも、蟹を取って綺麗に身だけを取ると、エリちゃんに渡すべく緑谷に差し出した。
「僕やるからいいのに。医刀さんが買ってくれた蟹なんだし……」
「誘ったのは私だし、蟹も勝手に私がしたことだ。いいから早く渡せ。蟹は黙々と食べるものなんだよ。いくらあっても足りねぇわ」
「……そっか、そうだね。エリちゃん、これ万癒先生から」
「万癒先生、ありがとう」
「……どーいたしまして。たくさん食べるんだぞ」
「うんっ」
エリちゃんに分かるように言うためとはいえ、緑谷に万癒先生と呼ばれたのは大変むず痒かった。ずっと医刀さんと呼べよといった気持ちである。
でもそれはそれとして、エリちゃんは蟹を気に入ってくれたようで、瞳を輝かせて夢中で食べていた。
いつの間にか皆無言で蟹を食べていた。そしてあっという間に蟹を食べきってしまう。「多すぎだろ」と笑われていたくらいなのに、ちょうどよかった。むしろもうちょい入りそうなくらいで、これが砂藤が用意してくれたケーキを大歓迎させるのだった。
美味しそうににこにこして食べるエリちゃんを見ながら、万癒はやっぱりこれで大正解だったと密かに笑った。
──ほら、いくらあっても足りない。だって蟹は……黙々と食べるものだから。